43◇霹靂の英雄、叩頭ス
パルフェと出逢った、翌日の夕方頃のことだった。
早めに迷宮攻略を切り上げた幸助・クウィン・プラスの三人。
判断屋に寄った後、プラスが帰宅。
クウィンも帰宅だが、彼女の場合は後でまた顔を合わせることになる。
そう、今日は英雄会議当日だった。
英雄会議は、王城にある会議室を使って行われるのだという。
王族の目に触れることは無いが、だからといってだらしない格好で赴いていいわけもなく。
英雄は原則礼装を着用し参加すべしという暗黙の了解があった。
幸助は、家を建てられるくらい金が掛けられた黒の礼装に着替え、階下に降りる。
常連客達が「よっ、英雄殿!」とか「服に着られてるんじゃねぇか、英雄殿!」とか言ってくるので「うるせぇな、捕食しちまうぞ!」と言い返すと店内がドッと沸いた。
テーブルを布巾で拭いていたエコナが「そ、そんなことないです! お似合いです!」と言ってくれるので心が癒やされる。
シロは厨房にいるようで、姿を見かけない。
他には黒髪サイドテールツンデレ給仕娘・クララが働いていた。
「……黒い服が格好いいと思う時期、男にはあるわよね……特に小さな子供。アンタ幾つだっけ?」
「俺が選んだんじゃないからな?」
と、そこで幸助の耳が、ある音を拾った。
車輪が、石畳の上を走るそれは、走行音。
蹄の音が付属しないので、魔動馬車だ。
イコール、来訪者か貴族の運転手つき。
店の前で止まるとなれば、幸助の迎えだろう。
来訪者には転生時のステータス補正というものがある。
幸助は他人よりそれが大きいので、五感も強化・鋭敏化されているのだった。
しかし、予想は外れ。
馬車には既に乗客がおり、その人物が、馬車から降りて入店した。
男だ。
歳は、四十から、五十まで届いているかもしれない。
幸助の知識で言えば、ラテン系、というのが近いか。
彫りが深く、目鼻立ちがくっきりしている。
体格もがっしりしていて、百九十センチ程の身長と合わせると、いっそ壮観だ。
クロムイエローの毛髪はオールバックにされており、トパーズの瞳は生気に満ちている。
男は、毛髪と同じクロムイエローの――礼装を身に纏っていた。
「ほほぉ、此処が生命の雫亭か。活気を見るに、生命の泉亭でも通じるかと思うが!」
がっはっは、と自分の冗談に自分で笑ってから、男は幸助に目を留めた。
子供みたいに目を輝かせて、ずんずんと近づいてくる。
『暁の英雄』ライクの例があるので、幸助はやや警戒した。
「おんしが当代の『黒の英雄』か! 若いのう! その身空でアークレアに来るとは、さぞ過去生を苦しんだと推察する! だが、おんしはそれでありながら、英雄となった! 聞いておるぞ、こちらに来てから大して日も経っておらぬというに、既に数々の武功を上げ、善行を重ねておると! いや、素晴らしい! おんしのような者の登場を、乃公は心より喜ばしく思う! あぁ失礼した。勝手に訪ね、勝手に捲し立てしまい申し訳ない。
――乃公はリガルグレイル・ブロシウスアンリース=ドンアウレリアヌスだ! 同じ英雄同士、リガルと呼んでもらって構わぬ。代わりというわけではないのだが、おんしをクロと呼ぶこと、許可願えるか」
「あ、あぁ、こちらこそ、お逢い出来て光栄、です。リガルさん」
リガルは、がっはっはと笑いながら幸助の両肩をバンバン叩き、気の良い笑顔で言う。
「いい、いい。先に生まれたくらいで大きな顔をするつもりはない。英雄同士と言ったであろう、友にするように喋るといい。無論、おんしさえ構わなければ、だがな」
幸助は、柔らかく苦笑した。
「……助かるよ。育ちが悪い所為で、敬語が苦手でね」
「面白いことを言う! 真に育ちが悪ければ、そもそも仮初とはいえ他者に敬意を表すことも出来まいて」
「かな。……ところで『霹靂の英雄』が、此処にどんな用向きで?」
そう。
礼装からバレバレだが、彼は英雄だ。
これで、亡き『暁の英雄』含めて、幸助はダルトラの七英雄を制覇したことになる。
面識がある的な意味で、だ。
彼は握った右手を、皿にした左手に打ち付けて、「おぉ、そうだ!」と笑った。
視線を、マスターに向ける。
「おんしがご店主で相違無いか?」
マスターは、重々しく頷いた。
グラスを磨く手が止まることは無い。
「そうか。ではもう一人、ワイト・ホワイト=ティアイグレインという女子はおるかね? いや、シロ、という名の方が通りが良いのだったか?」
「へ? あたし? 今誰か呼んだ?」
丁度厨房から出てきたシロが、カウンターの向こうにいるマスターに、並ぶ。
幸助は眉を顰めた。
リガルと、二人に接点が見つけられない。
シロを見たリガルは、優しく微笑んだ後、悲しげに表情を歪めた。
「『霹靂の英雄』ともあろう者が、このような寂れた酒場の店主と給仕娘に、どのようなご用件か」
英雄を前にしてこのクールさ。
さすがマスターである。
幸助のそんな感心は、すぐさま驚愕によって塗り替えられる。
リガルは腰に手を回し、そこに引っ掛けていた革袋を掴むと、カウンターの上に置いた。
「…………これは?」
音からして、金だろう。おそらく、金貨がびっしりと詰まっている。
「先に申しておくが、こんなもので赦されようとは思っておらぬ。だが、人間が謝意を見せる方法は、そう多くない。あくまでその一端と受け取ってもらえれば幸いだ。そして、此処から見せる無様も、その一環に過ぎぬこと、念頭に置いて頂きたい」
そう言って、リガルは、土下座した。
定期的にモップがけしているとはいっても、多くの人間が土足で踏み歩くことで清潔とは言えない木製の床に、頭を叩きつけた。
「此度、『暁の英雄』ストライク・ストラノス=キルパロミデスが、生命の雫亭及びおんしらに掛けた多大なる迷惑! 王室を代表し、乃公が謝罪しに参った!」
店内が静まり返った。
『暁の英雄』、つまりライクだ。
幸助に恥を掻かされたことを憤った彼は、シロを誘拐し、マスターや客を傷つけ、店を荒らした。
幸助との再戦の為だけに、無辜の人々を害した。
あぁ、国の恥だ。
そう、謝罪やらなにやらが、あってもいいと言われれば、その通りかもしれない。
けれどまさか、それを、国の象徴たる英雄が自ら店に赴き、行うとは夢にも思わない。
「この頭、民の傷ついた魂を癒やすには些か軽すぎるが、それでも下げぬわけにはいかぬのだ。英雄にあるまじき行いに手を染めた奴を、本来なら乃公が討伐するべきだった! それすらも、英雄となって間もないクロに任せる結果となったのは、ひとえに乃公の無力故だ! 何の申し開きもせぬ! それでも言わせて頂きたい、まっこと――申し訳なかった!」
幸助は、この日、知る。
この世界に、本物の英雄が、いるということを。