41◇黒の英雄、試行ス
幸助は【黒纏】と【黒葬】を並列発動。
『黒』に宿る能力は『併呑』。
自身のレベルに応じて許容量は変わるが、基本的にどんなものをも呑み込む。
そして、時としてその特質を己がものとする。
【黒纏】は、『黒』を纏うことが出来る。
【黒喰】は、『黒』を飛ばすことが出来る。
【黒葬】は、『黒』を伸ばすことが出来る。
【黒迯夜】は、精神汚染というステータス異常と引き換えに、レベルを無視した『併呑』を行うことが出来る。
その身に『黒』を纏った幸助。
右手には『黒』によって形作られた大剣――以前は直剣だったが、英雄のステータスからこの方が適しているとして変更した――が握られている。
まるで、彼の影が深淵に繋がっているかの如き、異様。
泉の如く湧き出る『黒』は、勝負の相手――パルフェンディへ向かって進軍する。
「あらあら、なんて穢らわしい魔法かしらっ! わたくしの優雅にして優美にして雅趣極まる『斫断』魔法に、断たれて浄化されるがいいですわッ!」
『斫断』とは、確か断ち切るを意味する単語だ。
おそらく、『光』を極めし英雄がその属性を『燿』と名乗ることが許されたのと同じ。
彼女は『切断』を極限まで、人の域を超えて活用出来るが故に、『斫断』を名乗っている。
瞬間、彼女を呑み込もうと大挙して押しかける膨大な『黒』が、断たれた。
一直線に、幸助まで向かって。
まるで、モーゼの海割りのように。
いや、モーゼでさえ手を差し出すというモーションがあった筈だ。
彼女は直立不動。
幸助は舌打ちを漏らし、受けて立つこと選択。
なにせ背後には、馬車がある。
クウィンなら『無かったこと』に出来るだろうが、自分の喧嘩によって生じた諸々を他人に押し付けることはしない。
幸助は空いていた左手を動かす。
まずは五本指を立て、地面と平行になるよう、中空に直線を描く。
左から、右へ。
これによって、五本の直線。
次に、それと交差させるように、上から下へ。
この際、親指だけは曲げておく。
これによって、四本の直線。
完成した瞬間、それは色を持つ。
『黒』と『白』を縒り合わせて作られた、九字だ。
「【黒葬・白拵え九字切り】」
幸助は瞬時に、パルフェンディの『斫断』を、『切断』をそのまま飛ばすものと推定。
本来なら、幸助が来訪すぐに使用していた【悪神断つ刃と成れ[スラックラー・ヘイズ]】のように、切れ味を爆発的に上昇させるなどの補助魔法として使われるのが『切断』だ。
他の魔法と組み合わせることで、真価を発揮する属性である、というのが通説。
それが、パルフェンディの場合は違う。
彼女は『切断』そのものを、魔法として飛ばしているのだ。
幸助の【黒喰】と似ているが、厄介なのは不可視かつモーション不要という部分。
なるほど対人戦において、ここまで面倒な相手も中々見られない。
しかし、表情を歪めることになったのはパルフェンディの方だった。
不可視であろうと、『黒』を裂いたことから軌道は読める。
そして展開した防壁によって、それは、どうにか『併呑』することが出来た。
先に『黒』を割ったことも関係あるだろう。
進みながら、少しずつ『斫断』は捕食されていたのだ。
「…………おほほ、一応は英雄ということですわね。この程度、防いでくださらないと話になりませんもの。いいこと? 今のはあくまで小手調べであって」
「ごちゃごちゃうるせぇな。もう攻撃していいか?」
パルフェンディは気を悪くするかと思えば、逆だった。
自身の行いを恥じるように頭を振り、次の瞬間彼女が浮かべたのは。
獲物を前にした獣のような――凄絶な笑み。
「…………いいですわ、わたくしも本当は、戦うことが――大ッッッ好きですものッ!」
幸助は目眩ましに【黒喰】を放ちながら疾走。
展開を続ける【黒葬】は徐々に彼女の周囲を囲んでいる。
何度『斫断』で斬り裂かれ、その部分の魔法が消えようと、繋ぎ直せばいい話だ。
幸助は試しに、かつて『暁の英雄』に使った『三秒注視したものを発火させる』魔法【我が瞳に燃えろ[クラレス・フィルノ]】を組み上げ、発動させた瞬間、不発に終わった。
違う。
発動してから効果を発揮するまでの刹那に、魔法式が『斫断』されたのだ。
「舐めるのはやめていただきたいですわっ! どこぞの愚か者ではあるまいし、英雄に下級魔法が通じる道理が無いでしょう! それとも、教えて差し上げなければそんなこともわかりませんの! なんて、なんって愚かッ!」
口では蔑みつつも、彼女の口角は吊り上がっている。
おそらく、察したのだろう。
幸助は少年時代、人並みに冒険と戦いに憧れていた。
今、その世界を謳歌している。
彼女と同類でこそないかもしれないが、類似品であることに違いは無い。
彼女が殺し合いを楽しむのなら。
幸助は戦いを楽しんでいる。
「先程の無礼、謹んでお詫び申し上げる。これにて許して頂きたく――【黒葬・潤飾旅団】」
プラスの修行に付き合う日々の中、自身の修練を怠っていたわけではない。
自分を、この世界で、大切に思ってくれる人がいる。
だから、死ねない。
先程エスタが言っていたように、身の程を弁えて行動すべき。
だがそれは、自分の限界を決めつけて諦めろ、という意味では本来、無い筈だ。
物事の違いを見極めることを指す。
自分には何が出来て、何が出来ないのか。
他の人間と何処が、どう違うのか。
それを正確に探求し、知ることで、人は、以前まで気付くことの出来なかった選択肢の存在を、捉えることが出来るようになる。
魔法に、頼るのではないのだ。
俺の魔法だ。
俺の思う通りに動け。
俺に従え。
彼女を囲っていた『黒』から一斉に、黒い人型が登場する。
人体模型を、黒く塗り潰したような、不気味な存在だ。
彼らは全員が、湾刀を片手、あるいは両手に握っている。
以前呑み込んで置いた湾刀を、黒で作り上げた兵士に持たせているのだ。
その数、三十。
「――この数の人型を操るなんて人間には出来るわけがありませんわっ! ……あなたもしかして、傀儡持ちを喰らったのですわね?」
ソグルス。
死者を操る外道を喜して進んでいた魔物――『火』迷宮ゼストの守護者。
奴のスキルを、幸助は使える。
それを、『黒』と混ぜたのだ。
生命力を分与することである程度の自律行動を可能にした傀儡。
『黒』で構成されているから傷はすぐに塞がり、加えて半端な攻撃なら『併呑』する。
「鬱陶しい――ですわ!」
彼女は全方位に『斫断』を飛ばしたようだ。
傀儡達が下半身と上半身で、断たれる。
幸助は、その時既に、疾駆していた。
傀儡が切り落とされたことにより、彼女の『斫断』、その形状を知る。
刃だ。
柄の無い、刃としてそれは発せられている。
めちゃくちゃに、極小の『切断』が乱舞しているわけではない。
断面は綺麗で、一度に一方向にしか『切断』が生じていない。
故に、幸助は頭部が地面に触れるのではないかと思う程の前傾姿勢で『斫断』を突破。
彼の頭上を通り過ぎた『斫断』が、後方でおそらく木だろう、何かを斬ったようだ。
「おほほ、なるほどそうきますのね! 自ら敵の懐へ潜る、その意気や良し! ですけれど、実力の伴わない突貫は死を招く蛮勇となりましてよ!」
彼女の『斫断』は、今のところ幸助の『黒』よりも卓越しているようだ。
ライクとの初戦と同じである。
つまり、だからなんだ? という話。
彼女の『斫断』を【黒葬・白拵え九字切り】で防ぐ。
真っ向から防ぐのではなく、斜め方向に受けていなす感覚だ。
これならば、強度で劣っても、逸らすことは出来る。
今の自分に、出来ることで。
勝利を掴め。
「くっ、ですが甘く見ないでくださいまし! わたくしは英雄、剣術も嗜んでおりましてよ!」
おそらく、『斫断』で形作ったものだろう。
真っ向から斬り結べば、幸助の直剣などすぐに断たれる。
彼女が腕を振るった。
横薙ぎの一閃。
剣という形にしたことで、モーションが生まれる。
幸助はそれが直剣に触れる瞬間、消した。
「なっ――」
武器の放棄など、するわけが無いと思ったのだろう。
彼女の斬撃は空を切り、衝突を前提に込められたエネルギーに彼女の体が流された。
そこで幸助は腰に差した不壊の宝剣――【黒士無双】を抜く。
彼女の首に向かって、振るう。
彼女は咄嗟に『斫断』を展開するが、砕け散ったのは宝剣ではなく――『斫断』。
「…………不壊の、宝剣」
パルフェンディが、失念していたとばかりに表情を歪めた。
そう、最初から、この絵を描こうと幸助は動いていた。
決して壊れぬ剣なら、『斫断』にも対抗出来るだろう。
けれど、幸助の接近を警戒された筈だ。
彼女が幸助の『黒』を軽んじていたからこそ、今の攻防は成立したのだ。
そして、幸助の剣が、彼女の首元で、止まる。
「軍事力としては知らないが、今日の喧嘩は俺の勝ちだな」
彼女から戦意が消えるのを確認してから、幸助は剣を鞘に収める。
「……もし、わたくしが宝剣の使用を予期していたら、どうするおつもりでしたの?」
「予期してたら俺を近づける意味が無い。『斫断』を砕ける剣を持った奴は、遠くから封殺するべきだ。近づけた時点で、それは無いってことだろ?」
ぱたんと、パルフェンディは地面に膝をついた。
「……お見事、と言わせていただきますわ」
戦闘狂と言えど、いやだからこそ、戦いの勝敗を悟る能力には長けるのだろう。
彼女は言い訳することなく、負けを認めた。
「あぁ。だからってわけじゃないけど、俺とクウィンが友達だってこと、理解してもらえると嬉しいよ」
振り返ってクウィンに勝利を報告すると、彼女は憐れむように幸助を見た。
その表情の理由を、幸助はすぐに知ることになる。
「ナノランスロット様」
呼ばれたので、再び彼女へ視線を戻した。
「あぁ、なんだ?」
彼女は立ち上がり、胸の前で手を合わせ、頬を染めながら、言う。
「先程までの度重なる無礼、失礼な言動、深く深く謝罪致しますわ。どうか、なにとぞ、ひらに、ご容赦を願いますの」
「……いや、気にしてないよ。でも、馬車の前に飛び出すのはよした方がいい。怪我をしないんだとしてもやっぱり危ないし、馬車側は損害を被る」
「お優しい……きゅんっ」
恋に落ちる時に発せられそうな音を、彼女が口にする。
幸助は、自分が何か間違えたのではないかと思い始めていた。
が、もう遅かった。
「わたくし、今後ナノランスロット様を――おにいさまとお呼びさせていただきたく思いますわ!」