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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【番外篇・アークレア外伝Ⅰ】
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◆案内人、誕生ス



 シロこと、白原禍子がアークレアに転生したのは、齢五つの頃である。

 大好きだった父が事故で亡くなり、母は彼女を伴い実家へ戻ることにした。

 幼い禍子は、間違いなく不幸の絶頂にいた。

 あるいは高さで言うなら、奥底の方が度合いを示すに適しているだろうか。

 父ともう逢えないという事実が、死を理解する前の子供にはとても受け入れがたく。

 大好きな母が泣き崩れ、日々憔悴する様は、子供心を深く抉り。

 祖父母の家で住むことになったことで、幼稚園の友達とも離れ離れにされることが悲しかった。

 そう、禍子は、あの時、全てを失っていたのだ。

 五歳の童女は、世界に一人取り残されるような孤独の中に居た。

 母が、車を運転していた時のことだ。

 暗い顔をした母がハンドルを握る横で、助手席の禍子は車窓から空を見ていた。

 にわかに、それが斜めっていったのを、よく覚えている。

 衝撃。

 浮遊感。

 天が地に。

 地が天に。

 母が、何か叫んでいた。

 走っていたのは、どこだったか。

 とにかく、落ちた。

 身体が振り回されそうになるが、それを阻止したものが二つ。

 急速な動きに、シートベルトの緊急ロック式巻取り装置が反応。

 ベルトの引き出しを停止することで、着用者を護ろうという機構が役目を果たす。

 そして、母。

 即座に、であったと思う。

 母は、禍子を護るように、覆いかぶさるようにして、抱きついてきた。

 痛みは、無かった。

 音が、遠かったように思う。

 視覚は、左方向の視野が失われ、右は辛うじて機能していたが、霞んでいた。

 熱いと、温かいが、同時にあった。

 熱いは多分、火だ。

 炎上する、車からの。

 温かいは、血と体温だ。

 母と、自分の。


『――嗚呼、なんて、可哀想なの』


 目が覚めたら、そこは森の中にある神殿だった。

 母が隣にいなければ、きっと泣き出していただろう。

 母の方が先に泣きながら、自分を抱きしめてきたので、禍子は逆に呆気にとられる程度で済んだ。

 そこで、当時の案内人だった、生命の雫亭のマスターに、二人は拾われる。

 説明を受け、よくわからなかったものの、ともかくマスターは言った。

 新しい名が必要だ、と。

 禍子のいた日本では、子供を厄災から護る為に、敢えて負のイメージを持つ字を名に入れるという風習があった。

 厄災は幸せを喰らおうと世界を彷徨し、頑是無い子供を付け狙う。

 しかし、既に厄災を持っている者には見向きもしない。

 名前に厄災を思わせる字を忍ばせるのは、子供の幸せを願って行うことだった。

 成人したら、同じ音のまま、違う字に変えるのだ。

 禍子は、でも、自分の名前があまり好きじゃなかった。

 だって、かわいくない。

 子供にとって、それは重要だ。

 だから、母は本名の幸子[こうこ]からコウコとしたのに、娘の禍子は苗字からシロとした。

 それから二人は、しばらく生命の雫亭で厄介になる。

 マスターは基本的に口数が少なかったが、時によく喋った。

 彼は、妻子を自身の過失で失い、哀しみに暮れて街を歩いている時、交通事故に遭ったのだという。

 直接聞いたのではなく、ある日、母が語っていた。

 母はシロを大事にしていたが、それとは別で、マスターとも親密になっていた。

 それが、別に、嫌だったわけではない。

 父は笑顔が絶えない優しい人だった。

 マスターは表情が堅く滅多に笑わなかったが、やはり優しい人だった。

 母もシロもそれなりに戦える力を持って転生したが、母もマスターもシロに戦わせることに消極的だったので、シロはちょっとつまらなかった。

 やがて母が案内人を引き継ぎ、マスターはマスターに専念することが出来るようになる。

 やがてとはいうが、一年も掛からなかったと思う。

 その頃には、シロもなんとなく、自分が前にいた世界と違う場所にいると理解していたが、子供にはどうでもいいことだった。

 母が笑っている。

 マスターも、店の客も、優しい。

 自分は、いつかアニメで見たような魔法を、使えるようになった。

 楽しい。

 幸せ。

 父さんがいないのは、やっぱり、たまに寂しくなるし、泣いてしまうこともあるけれど。

 この世界は、幸せになれる世界だ!


 それも、長くは続かなかった。


 ライクだ。

 来た当時から、嫌な奴だった。

 とにかく生意気で、説明を受けるやいなや自分が特別だと気付いたのか、傲慢に振る舞った。

 母が何かを言っても、自分よりレベルが高いくせにステータスが低い奴の戯れ言など耳に入らんと言って嘲笑した。

 迷宮に行くと飛び出した彼を、母は追いかけた。

 マスターも同行しようとしたが、母は「大丈夫」と微笑んで、一人で行ってしまった。

 行って、二度と帰って来ることは無かった。

 ライクは悪びれもせず一人で戻ってきて「あの無能は死んだ」と言った。

 マスターがライクに掴みかかり、返り討ちに遭う。

 他の客達も怒ってくれたが、結果は同じだった。

「母さんを返して!」と叫んだ瞬間、頭の中で火花が散ったような感覚に襲われる。

 殴られたのだ。

 テーブルを破壊する勢いで飛ばされ、シロは何が起こったのかしばらく理解出来ず、それから、大泣きした。

 結果、それが被害を大きくさせることになる。

 子供にまで手を出したライクに、再び皆が立ち上がる。

 最終的に、酒場はボロボロとなり、魔法技術のおかげでどうにかなったものの、それでも三日は営業出来ない状態になった。

 何も悪く無いのにマスターがシロに謝る。

 何度も何度も謝る。

 それが嫌なので、シロは笑うことにした。

 もう謝る必要ないよと、態度で示すことにした。

 シロが案内人を継いだのは、十五になってからだ。

 渋るマスターから、強引に立場を譲ってもらった。

 マスターの助けにもなりたかったし、母の仕事を引き継ぎたかった。

 ライクのような者も、たまにはやっぱり、いる。

 けれど、来訪者は皆、前世で不幸だったものだ。

 自分が最底辺にいるような気持ちで、他人に優しく出来る者は、少ない。

 それでも、だんだん、皆、心を溶かしていく。

 本来の優しさを取り戻していく。

 この世界で笑顔になっていく。

 案内人は、間違ってない。

 ステータスなんて、関係ない。

 幸せになるべき人を、幸せにする、とっても! 素晴らしい仕事だ。

 でも、やはり、心の奥底に、ライクの嘲笑がこびりついて、離れない。

 それを打ち払うように、頬をパタリと叩く。

 ぴょこぴょこと、つま先立ちを繰り返す。

 小さな頃から、大人たちの話に混じったり、テーブルの上に置かれたものをどうにか見てやろうと繰り返した結果、癖になってしまったのだ。

 今は、乳が揺れて、昔より違和感がある。

 でもそれも、慣れる。慣れた。

 毎朝の日課。

 神殿の確認。

 シロは驚いた。

 少年がいる。

 自分の首を、斬ろうとしている。

 黒髪に、黒い瞳。

 細く引き締まった肉体は、百七十後半程か。

 相当に戦闘慣れしていることが窺える。

 その瞳を見て、シロは戦慄した。

 この世の厄災を一身に受けでもすれば、あんな目になるのだろうか。

 闇を煮詰めたような、深淵に繋がっているのではと思わされる、昏い光を湛える彼は、紛れもなく不幸だった。

 きっと分かっていない。

 きみはもう死んでいるよ。

 死んだから此処で、新しい命を貰ったんだよ。

 なのに、すぐ死ぬなんて、だめに決まってるじゃん。

 これから、いくらだって、幸せになれるのに。

 シロは咄嗟に魔法を使った。

「【砕け散れと命ずる[ヴォルカー・ウォン]】」

 そして少年が首を掻き切ろうとした瞬間、その刀身が粒子と化す。

「――――ッ!?」

 少年は砕け散ったナイフではなく、即座にシロへ目を向けた。

 状況判断能力がずば抜けている。

 そうしなければ生きていけない状況に、長く身を置いていたのだろう。

 なるべく呑気に、敵意が無いことを示すために明るく、シロは言う。

「いやー、自殺に迷いが無いねーキミ。でもやめとこうか」

 その少年、黒野幸助が。

 幸せにするべき少年が。

 まさか、自分を幸せにしてくれるなんて。

 その時のシロは、思いもしなかった。



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