4◇復讐者、傾聴ス
アークレア。
シロは“地球”に相当する言葉と言ったが厳密には違うようだ。
アークレアとは、広大な一大陸全土を示す呼称というのが正確らしい。
アークレア大陸には十一の国家がある。
シロが言うには「面倒臭いからなんかファンタジー風と思ってくれればいいよ」とのことだが、幾つか質問を重ねて得た情報を纏める限り文明はそれなりに発達しているようだ。
それなりというか、これは幸助が生きていた世界との決定的な差異なのだが、この世界は科学が進んでいない。
魔法があるからだ。
言ってしまえば、科学というのは疑問や問題を解決する為に試行錯誤し手段を得るものだが、この世界の人間はそれらを全て魔法で解決してしまう為、科学の発展する余地が無かったのだという。
だから、進んでいる部分は元の世界より進んでいる癖に妙なところで中世っぽい部分を残していたりして、元の世界を知る幸助からすれば、歪に映るだろうということだった。
進んでいるものの例として、言語。
幸助は当然ずっと日本語を喋っている。
案内人ということだからシロがそれを喋れるのは不思議ではないが、驚くべきことに彼女以外の人間も、街を行き交う人々全員が、日本語を口にしていた。
というのは幸助の主観に過ぎず、正しくは都市に配備された魔道具から発せられる翻訳魔法によって、どんな言葉を口にしようとそれを聞く者の理解できる言語に変換してくれるらしい。
だから例えば幸助が日本語で喋っても、相手の鼓膜に届くのはその人物の慣れ親しんだ言語、ということになる。
これは元の世界にも無かった。
魔道具の起動に掛かる金は税金で賄われているという。
用途のよくわからないものに金を支払うより“どんな人間とも言葉が通じる”という特典に金を支払う方が、気持ちとしては納得できる。
無論、それにしか使われないわけではないだろうが。
逆に、あまりに進んでいないと思う部分。
神殿は森にあり、幸助はシロ先導のもと街まで来た。
ちなみに朝だった。
大きな街門をくぐり、目の前に広がったのは、石造りの街。
大陸一の王国・ダルトラが王都――ギルティアス。
五重に覆われた城壁と、六十万近い臣民を抱える大都市だった。
地面は石畳が整備されていて、近くには商人だろうか、御者が馬車をゆったり走らせていたり、主婦らしき妙齢の女性が井戸で水を汲んでいたり、近くの噴水で子供達が戯れていたり、民家の前にある花壇を弄る男がいたり、なんだか傭兵めいた重装備のグループがいたりする。
「確かに、ファンタジーという言葉がしっくりくる」
だが現実だ。
「ふふ、まだまだ入り口にすぎんのだよ~」
シロは両手を広げながら、スキップし始める。
こちらは普通に歩いているので距離がどんどん開いてしまうが、幸助は気にしない。
案内人なのだから、見捨てたりはしないだろう。
気になるのは周囲からの視線だった。
やはり、現代的なファッションは此処では浮いてしまうようだ。
原始時代をモチーフにした作品にスウェットを着てる奴がいたら違和感がとんでもないことになるように、この世界ではジーパンにパーカーは妙な格好に分類されてしまうのだろう。
それでもすぐに目を逸らされるあたりは、慣れていることが窺える。
シロが酒場の看板娘になれるくらいなのだから、身元不明の来訪者にもそう厳しくない世界なのかもしれない。
シロは何度か幸助を待つために立ち止まったが、やがて面倒くさくなったのか手を掴んだ。
「きみ、マイペースすぎないかなー」
「お前程じゃない」
他人のことを考えて動く人間が、男なら誰でも目で追ってしまうような巨乳を街中で豪快に揺らしたりはしないだろう。
幸助の今の精神状態だと、彼女の快活さは少々鬱陶しい。
「普通こういう時、唯一頼れる相手の機嫌を損なうべきじゃないと思うんだけど」
少し不機嫌そうに彼女は頬を膨らました。
幼い仕草だが、不思議と媚びた感じはしない。
あくまで自然体だからだろう。
「その程度で機嫌を損ねるような奴なら、来訪者の案内人なんて面倒なこと、やる筈がないだろ」
「……なるほど、確かに」
にひひ、とシロは笑った。
何故か、嬉しそうだ。
よくわからん奴だ、と幸助は思った。
最初からずっと、彼女の性格を掴みかねている。
どういう対応が最適か定まらないので、少々面倒臭い。
三分程歩いただろうか。
彼女が酒場らしき場所の前で立ち止まる。
看板に樽の絵が描かれているから、多分そうだろう。
「ここが、あたしの職場兼宿泊先だぜ!」
「宿屋も兼ねてるのか」
「二階部分がね」
合理的かもしれない、と幸助は思った。
酒を呑むと眠くなる。
そこにベッドがあれば、酔っている人間なら金を払ってでも飛び込みたくなる、のか。
あるいはもっと俗っぽい理由、つまり引っ掛けた異性とすぐさま“やる”のに最適、とか。
樫――といってもこの世界の植生は不明なのでそれっぽい木材というのが正確か――の扉をシロが軽々と開け、中に入っていく。
手を繋いだままなので、幸助も即座に続いた形だ。
どうにも格好がつかないというか、アホらしい入場方法だ。
瞬間、むわっと押し寄せるものがあった。
酒気と蛮声、そして嬌声だった。
アルコールの匂いと、男と女の声ということだ。
店内はそれなりに広く、長いカウンターと多くのテーブル席があった。
満員とはいえないが、四割以上は埋まっている。
「もしかして、この世界の人間は、暇なのか」
「あはは! それについても、後で説明してあげる!」
幸助とシロを見た人間達が、口々に声を挙げる。
「シロが男に触れるなんざ珍しいじゃねぇか! そいつでアリならオレはどうだ!」
「おっ! 来訪者か! 二ヶ月ぶりぐらいだな! 兄ちゃん! お前どこ出身だ!」
「ちょっと待て……そいつのステータス、やばくねぇか」
「あ? どれどれ…………はぁああああ!? こんなんアリかよ!」
騒がしくてよく聞き取れないのも多いが、なんだかやけにこちらを見ている者が多い。
酒の肴が無いのかもしれない。
シロによってカウンター席へ案内される。
両隣が空いていて、気が楽だ。
「あなたが、今回の来訪者さん?」
と声を掛けてきたのは、シロと同じ衣装に身を包んだ二十代半ば程の女だった。
やけにグラマラスで、特に目元と唇が色っぽい。
目立つ外見的特徴を更に挙げるなら、巨乳だった。
その大きさたるや、シロをも超えている。
身長は女性にしてはそれなりに高い。
赤い髪を後ろで一つに結んでいた。
相手がどんな人間でどんなことを考えているかは、見た目から推察出来る。
幸助には、咄嗟に人の目立った特徴を探してしまう癖があった。
敵か味方か、使えるか使えないか、関わるべきか否か、すぐさま判別出来るように。
「まぁな。ところで、来訪者っていつもこんな騒がれるものなのか?」
「まぁ、そうね。アタシもそうだけど、この酒場にいる人間は、大体あなたと同じ来訪者だから。いえ、元いた世界が違うことも多いから、同じとは言っちゃいけないのかしら」
「この国の人間じゃなければ、全員等しく外国人だろ。来訪者も同じでいいと思うけどな」
幸助の言葉に、女は満足気に頷いた。
「いいわね坊や。ここの男は、女の意見を受け入れられない狭量な男が多いんだけど、そうならないでくれると、お姉さん嬉しいかも」
「覚えておくよ。あんたの機嫌をとって、得るものがあるかはわからないけどな」
彼女はその艷やかな唇に、ほっそりとした指を当て、実に悩ましげに首を傾げる。
「んー、イイことしてあげるってのは?」
彼女の口から出た冗談に、幸助は微かに笑んで、応じることにした。
「そりゃどうも。名前を知る前からセックスの約束なんて、光栄だね」
女はクスりと、こぼれるような笑みを浮かべる。
その時だけは少女みたいに見えるものだから、不覚にもそのギャップに見惚れてしまう。
「そうね、まずは自己紹介よね。ヴィネルネよ。ヴィーネって呼んでくれると嬉しいわ」
「俺は…………クロ。クロって呼ばれても別に嬉しくないが、そう呼んでくれ」
シロにそう名乗れと言われ、逆らう理由も無いので従っているだけだ。
「面白い子」
「エロイ女」
タイムラグ無しで返すと、彼女は悲しげに眉を伏せた。
「ひどい、こっちは褒めたつもりなのに」
一々男の情感を刺激する仕草に仕上がっているのは、わざとなのかそうでないのか。
どちらにせよ、此処の客達は大変だろう。
熱を上げる者も、多いのではないか。
今の幸助としては、単に美女だなと思うだけだ。
「こっちも褒めた。男からしたら、最上級の賛辞だ」
「そういうことにしておくわ」
「その方が幸せだと思う」
もう一度、ヴィーネは笑った。
それから客に呼ばれ、注文を取りに向かう。
手を振られたので、軽く振り返した。
男によってはそれだけで勘違いしてしまいそうな程美しい笑顔が一瞬、向けられる。
「あたしより優しくしてないかねきみ~」
気付けばカウンターを挟んだ向こう側に、シロがいた。
こちらの頬を、白魚の指でぐりぐりと抉るようにつつく。
「美人を相手にすると、大抵の男は少し優しくなるもんだ」
「うーん? おかしーな~? 此処にもとびっきりの美人がいるんだけどなぁ?」
「へぇ」
「つめたっ……ちょっと傷ついたよあたし」
「それより、説明は」
「ていうか、何飲む?」
訊かれたので、答えることにした。
無視したところで話が進むことは無いと、先の体験から学んでいる。
「オレンジジュース」
「可愛いねー。ま、無いけど。ここ酒場だし」
「ミルク」
シロは意外そうな顔をした。
「お酒呑めないの?」
「思考が鈍る」
一転納得するように手を打ち、頷く。
「あー、今から説明受けるからか。真面目くんなんだ?」
「お前よりはな」
「つめた……氷かよきみ」
目を細めて責めるように見てくるが、幸助の態度は変わらない。
「客に文句つける気か?」
「いやぁすごいね~、一銭も持ってないくせに客気取りか~、おみそれしたわ~」
言いながら、声音はどことなく楽しそうだ。
程無くしてミルクがやってくる。
ちゃんとと言うべきか微妙なところだが、容器が木樽ジョッキだった。
酒が並ぶ棚を見ると、他にグラスなども置いてある。
「あと、これ」
そう言って彼女が何かをカウンターの上に置いた。
二個の円が、一本の線で繋がっている。
コンタクトレンズケースに酷似した物体だ。
「コンタクトレンズケースじゃないよな」
現代寄りの品が出てきたことで、幸助は訝しげに問う。
「まぁ、合ってるよ。君の知ってるコンタクトレンズではないけどね」
それを、ただ無意味に見せたというわけではないだろう。
「付けろって?」
「付ければわかるよ」
「なにが」
「あたしがきみを気に入ってる理由、とか」
「俺、気に入られてたのか?」
気付かなかったな、と苦笑する幸助。
「興味ない人間には、触らないんだ、あたし」
彼女は屈託の無い笑みを浮かべて、こちらを真っ向から見つめる。
「確かに客が言ってたな、そんなこと。ちなみに何処がお気に召したんだ」
「二つあって。一つは冷静なところ。普通もっと焦ったり怖がったりするんだよ。案内人に怒鳴ったり、逆に過剰に縋ったりする。それが普通で、そういう人達の為に案内人はいるけど、きみは違った。きっと、あたしがいなくてもきみはこの世界に適応出来たんだろうなって。そういう人は初めてだったから、ちょっと面白くて気に入ってる、かな」
「あとの一つは?」
反応らしい反応も返さずに続きを促す幸助を見て、シロは苦笑しながらも答えた。
「さっき客達がさ、ステータスとも言ってたの聞こえた?」
「あぁ、ゲーム用語を現実で言われると、違和感がすごいなと思ったが」
「ゲーム用語っていうか……きみの元いた世界、きみの知識に照らしあわせた結果、きみにとってのゲーム用語に翻訳されただけだから、それはきみの問題であってだね」
「きみきみうるさい。つければいいんだな? 後から何か要求されることは?」
彼女は悪戯っぽい笑みを貼り付け、口をすぼめながら言う。
「チューとか?」
幸助は鼻で笑った。
冗談だとは分かったが、あまり面白いとは思えなかったからだ。
「先に断っておく」
「つめた……」
ケースの材質はプラスチックに近い。
ということは、作る技術があるのだろう。
開けると中には透明の液体と、そこに浸るコンタクトレンズがあった。
少なくとも見た目に妙な点は無い。
指先に乗せ、装着する。
二つ目を入れた瞬間、視界に文字が展開された。
それ自体は知らない文字であるのに、何故か読めた。
何故かではない。
翻訳魔術は識字にも影響するらしい。
『新規登録を行います』
から始まり、なにやら文字が連続で流れる。
面倒臭いので先に進めるよう念じたら、進んだ。
魔法、いくらなんでも便利過ぎるだろと幸助は複雑な気分になった。
これでは科学なんて要らないではないか。
使用する側ではなく開発する側には相当の苦労があるのかもしれないが、それにしたところで利便性が高すぎる。
しばらくして『登録完了』の文字が浮き、『登録者情報を確認します』と表示が出ると、こう続いた。
【名前】クロ 【レベル】1 【クラス】■■■
【ステータス】
生命力258(158) 魔力876(850)
膂力299(285) 体力300(285) 持久力98(50)
技力400(395) 速力267(250) 知力289(200)
運命力Unknown 天稟Unknown
【状態】健常 【経験値】0
【スキル】
◆先天スキル
『セミサイコパス』Unknown/『オートリフレクション』SS+/『リザーブチャーム』S+/『ヒーローシンドローム』Unknown/『ヒストリカルシンギュラリティ』SSS/『ラックルーラー』SSS/『ナイト・オブ・ナイツ』AA/『フルストレングス』AAA+/『レアファイドラテラルシンキング』SS/『黒[???]』Unknown
◆後天スキルⅠ
『空間識』SS/『状況判断』SSS/『適応』SSS/『知識』A/『速読』B+/『対心的苦痛』S/『対身的苦痛』SSS/『社交性』A+/『読心』SS+/『膂力補正』SS/『体力補正』SS/『持久力補正』SS/『技力補正』SS/『速力補正』S/『知力補正』A+/『危機察知』SSS/『取捨選択』-SS/『正義感』S/『酷薄』S/『深慮即断』SSS
◆後天スキルⅡ
◆後天スキルⅢ
【魔法】
◆適性魔術属性『黒』
【加護】
『トワの祈り』――生存率極度上昇
【呪い】
『罪咎の業』――精神汚染進行率極度上昇
【功賞】
『因果応報の理、実現』――実行者補正(全ステータス少量上昇)
【装備】
『異界の装飾具一式』――補正無し
一読し。
取り敢えず、幸助は呟いた。
「無駄に長い」