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37◇黒の英雄、捕食ス




ルキウスの言ったことを思い出す。

「もうご存知かもしれませんが、僕やトワは、色彩属性を有していません」

 幸助は一瞬、それに驚いたものの、すぐにとある記憶が思い起こされ、納得した。

 初めて、クウィンと逢った時のことだ。

 彼女は言っていたではないか。

 ――『魔法属性、『黒』。色彩属性に逢うのは初めて、わたし』、と。

 それはつまり、彼女以外に色彩属性持ちがいなかったということ。

「……やはり、ご存知でしたか。僕は『蒼』、トワは『紅』を拝命してこそいますが、それはモチーフとなった英雄には遠く及ばぬ、国家の思惑による襲名なのです」

 ダルトラは現在、戦争中だ。

 そうでなくても、神の子を抱える国家を自称している。

 神が率いた英雄を揃えていると、他国にアピールすることは確かに重要と思えた。

 ルキウスもトワも来訪者で、それぞれ『水』と『火』の自然属性持ちだったが、その扱いが卓越していた故に、英雄と祭り上げられたのだという。

「ですから、軍内部や一部の貴族家には、僕のような者を偽英雄と呼ぶ者もいます。それはある意味で正しい。僕は『蒼』を持っていないのですから……。しかし、英雄に求められるのは、象徴としての価値です。偽英雄だろうと、国家を勝利へ導き、民草を救うことが出来るのなら、そこに真物との差は無い。そう考えます。そして僕にも、トワにも、その力は、在る」

 熱弁を振るい、高揚した想いを鎮めるように深く呼気を漏らすと、彼はこう結論した。

「シロさんという女性を、僕は知りません。ただ、この短い間に、多くの者に愛されていると理解出来ました。来訪者だって、僕にとっては救われるべき民草に違いないのです。その危機を知り、駆け付けることが出来る立場にありながら、それを実行に移せない現状には、忸怩たる思いを禁じえません。ですからせめて、君に力添えをしたい。

 僕の『力』を、君に分与します」


 ――時は戻り、現在。

「……なんだぁ、これは?」

 ライクは訝しむように、視線を巡らせた。

 『黒』き、箱である。

 幸助と、ライクを包む、箱型のフィールド。

 地面も、壁面も、天井さえ、蠢動する『黒』によって構成された、死刑場。

 地面から、『黒』が湧き出る。

 ライクの側にだけ。

 砂浜に立つ幸助が、浅瀬に足を沈めるライクを見守るような、構図。

 ライクが僅かに顔を顰めた。

 瞬間、全身に『暁』を纏う。

「なるほどなぁ! 『黒』の能力は『併呑』! 遠距離から私の魔力を飲み込み、力を削ろうと言うわけか! 確かに考えてみれば、貴様があの時私の腕だけを喰らったのは妙だった。より大規模にして、全身を呑み込むのが正答。何故やらなかった? 違うよなァ? 貴様は出来なかったのだ! 未熟故にッッ! 【光暁】すらも複数展開しなければ防げぬというのだから、私を一度に喰らえるわけがない! 故に活動範囲を狭め、長く『黒』に触れさせようと策を講じた! だがしかし! 愚かだなぁ。貴様は外にいるべきだった! そうすればまだ、私の力を多少は喰らうことも出来ただろう! しかし、これにて終幕だ、消えよ慮外者ッッ!」

 【光暁】だ。

 光熱の、雨。

 その数、優に百を越すだろう。

 箱の中を、埋め尽くす勢いだ。

 幸助は、それを見て、微笑んだ。

「――【黒喰[こくう]・白拵え[しろのこしらえ]】」

 漆黒の斬撃が、光熱の豪雨を迎え撃つ。

「愚かな! 貴様の『黒』など、我が『暁』に……比べれ、…………ば、かな」

 接触は、一瞬。

 拮抗は、無し。

 勝者は、『黒』。

 より正確には、『白』を内に含んだ、『黒』。

「有り得ん有り得ん有り得ん、貴様何をした! 今のはクリアベディヴィア卿の『白』であろう! よもや、この箱の外に待機させているのか! 恥を知れ卑怯者! 騎士の決闘に他者の水差しなど、貴様には矜持というものがないのか!」

 ……よくもまぁ、ここまで自分を棚に上げて理屈を捏ね上げるものだ。

 まぁ、疑うのも、無理は無い。

 幸助が、ライクにレベルで劣っているのは事実。

 【黒迯夜】はレベルを無視した捕食を可能にするが、それも無限とは限らないし、仮にそうだとしても頼りきりにすれば精神汚染値が悲惨なことになるだろうことは明白。

 だから幸助は、力を借りた。

 いや、ルキウスの言ったように分与。

 つまり、分け与えてもらったのだ。

 ライクの驚愕は止まらない。

 奴は幸助に接近戦を挑もうとして、失敗する。

 既に腰下まで上ってきていた『黒』が、氷のように凝固したのだ。

 そこには、『蒼』――正確には『氷』だが、その威力は『蒼』に匹敵する――が混ざっている。

「…………グラムリュネート卿の、力」

 そしてライクは、更にあることに気付いた。

 箱の規模が、少しずつ、縮小しているのだ。

「なんだ……貴様、何をした!」

 ようやく、その表情に恐怖が混じる。

「教えるのと、教えないの、どっちがお前にとって苦痛かな。なるべく嫌な方を教えてくれ」

「……調子に乗るのも、大概にしろッ!」

 卑怯とはどこにいったのか、背後から光条が迫る。

 それはしかし、幸助に触れる前に、全て燃え上がった。

 そののち、『黒』に呑み込まれる。

「『火』……否、私の魔法を燃やすなど、シンセンテンスドアーサー卿レベルの遣い手で無ければ……――ッッ! き、貴様、もしや――いや有り得ん! 有り得る筈が無い!」

「なんだよ。ちょっとお前の声聞くの楽しくなってきたから、教えてくれよ。何が有り得ない」

 ライクは顔面に玉汗を浮かべ、表情を引き攣らせた。


「――喰ったのか、英雄の力を」


「正解」

 幸助は、出来の悪い生徒を褒めるように、厭味ったらしく笑みを浮かべる。

 幸助の捕食は、頻度は安定しないが、被捕食物の特性を我が物にすることが出来る。

 例えば、『黒の英雄』は悪神の一部を喰らい、『暗の英雄』になった。

 悪神は死んでいないのに、悪神の力を行使している、とも考えられる。

 つまり、対象が死なずとも、捕食による能力獲得は起き得るのだ。

 では、肉体・魔法の一部というのは、どこから獲得可能性を得るのか。

 結論から言えば、本当に些細なものでもいいのだ。

 だから幸助は、英雄達の魔法を何度も喰らい、もっと直接的に――毛髪を呑み込んだ。

 そして、得たのだ。

「俺は俺だよ。ただ、みんなのおかげで、ちょっと『黒』『白』『蒼』『紅』『神癒』の英雄になってるだけだ」

 ライクが、絶句した。

 彼にしたら、考えられぬことだろう。

 自分の力を誇りに思う彼にとって、他の英雄達が、幸助に与えるなど、埒外の出来事。

 ルキウスは、善意。

 エルフィは、好奇心。

 トワは、気まぐれ。

 クウィンは、友誼。

 理由は異なれど、誰も異を唱えなかった。

 幸助が、自分達の力を取り込み、強くなり過ぎることに。

「…………有り得ん。神より賜りし力を、他者に与えるッ? 自らを幸福にする為の力を他人が使うッ? 考えるだけで虫唾が走るわッッ!」

 ジュッ、と、シロが受けたのと同じ位置に、光条が走り抜ける。

 幸助ではなく、ライクの腹部だった。

「それが聞きたかったんだよ。虫唾が走るだっけ? ごめんな、言い忘れてたけど、もう『暁』も手に入れちゃったんだ。どうぞ嫌な気分に浸ってくれ」

 ライクはそれでも、幸助を殺そうとした。

 魔法を発動しようとした。

 しかし、不発に終わる。

 箱は既に、人一人分の幅しかない、通路と化していた。

 彼の足元を固めていた『黒』を、解除する。

「『黒』は喰うものを選べるんだ。利口だろ? もう、お前の魔力は食い尽くした。でも大丈夫だぞ? 肉体面の機能は落ちてない。ほら、殺し合いの、続きをしよう」


「――わ、私の負けだッッ!」


 ライクが、どういうわけか、土下座した。

「数々の無礼、謝罪する! 誠に申し訳なかった! 二度とこのようなことはしないと誓う! どうか、どうか許していただけないだろうか!」

「無理」

 幸助はライクの頭を蹴り上げた。

 彼の身体が吹き飛び、『黒』い壁に叩き付けられる。

 同時に、壁から触手が伸び、彼の全身を拘束する桎梏となった。

「お前の性格は分かってるよ。クウィンに脅されて屈したように、俺のことを自分より強いと認めたから媚びただけだ。申し訳無いなんて思ってない。俺や、クウィン以外の前で、また同じような振る舞いをする。俺、思うんだけどさ、取り返しのつく問題と、つかない問題って、やっぱあると思うんだよね。人殺しが更生出来ないとか、そんな極論は言わないよ。誰かを傷つけるとか、殺すとかじゃなくて、考え方の部分だ、どうしようもないのは」

「ま、待ってくれ! 本気だ! 本気の謝罪だ! 出来ることならなんでもする! シロにだって謝罪する!」

「じゃあ、シロの母親を生き返らせろ。今すぐに」

「――――」

「出来ないの? なんだよ。お前のなんでもって、しょぼいなぁ」

「そ、それ以外の部分で、誠意を見せる! 私財を全て渡してもいい! か、考えてもみてくれ、ここで私を殺して何になる! 私は英雄だぞ! 国家の発展に多大なる貢献を示した! と、ところが貴殿はどうだ。前途有望な身とはいえ、まだ一つの迷宮を攻略したに過ぎん! ここで私を殺せば、王室の覚えも悪くなると考えるがッ?」

「へぇ、俺の為にも、見逃せって?」

「あ、あぁ。加えて、個人的にも、今後貴殿に手を貸すと誓おう! そ、そうだ、生命の雫亭に奴隷がいた。あんなクズ共に手が出るとは思えぬので、貴殿の所有物であろう? 私はギボルネの侵攻にも協力していてなぁ、ど、奴隷商ともツテがある。貴殿が望むなら、どんな美姫でも探しだして差し出す! アレは貧相なガキだったが、成熟したギボルネの女はいいぞぉ? 雪国育ちだからか、肌が透き通るように白く、大半が美貌の持ち主だ! むろん、どう使ってもらっても構わぬ。私も何体か壊したが、業者が綺麗に片付けてくれるから問題は起こっていない! ほ、他にもあるぞ! 魔法具はどうだ! 私には国家へ奉上せず保管している魔法具が十六あってだな、貴殿さえよければすべて――」

「もういい」

 それを、ライクは許しと受け取ったようだ。

 媚びるような笑いを湛えて、安堵の息を吐く。

「一つ、お前の誤りを正そう、ライク」

「あ、誤り? 貴殿が言うのなら、至らぬ点は直そう。誓う」

「ルキウスは、お前の行いを王室に報告した。そして、軍上層部と、お前を除く全英雄に連絡をし、決を採った。いい加減、あの問題児を処分すべきか否か、ってな」

「…………」

 ライクの顔から、血の気が引いた。

「俺も参加させてもらったよ。で、『暁』は俺が継承するから、戦力低下は問題無いと言ったら、みんな納得してくれた。だってそうだろ? 『暁』より、『黒』の方が、神話にも載ってるし、アピールとしても絶大だ」

「…………あ、……あ、……アァ……」

「で、お前の討伐許可が下りたよ。だからな、お前を殺しても、誰の心証も悪くならないんだ。だから、例えば、こうしても」

 右足を、光熱の刃で切り落とす。

「こうしても」

 左足を切り落とす。

「誰にも怒られないし、誰もお前を助けてはくれないんだ」

 ライクは、叫び声を上げなかった。

 それだけ、絶望が大きいのだろう。

 目から滂沱と涙を流し、多量の汗を浮かべ、よだれすら垂らしながら、ライクは命乞いをする。

「……頼む、クロ。許してくれ」

「こういう時、俺は、逆の立場だったらってのを想像して、答えを出すことにしてるんだ。お前言ってたよな、俺の四肢を斬り落として、口にシロの子宮を突っ込むって。あれ、冗談じゃなかっただろ? 本当にしようとしてただろ? 喧嘩なら、ここまでしないよ。決闘なら、あぁ、許してもいいさ。でも、お前、違うよな? これ、殺し合いだよな? 決着の付け方って、片方の死しか、有り得ないよな?」

 幸助は、シロのことを思い出し、これ以上の問答を中止とした。

 壁の一部分が開ける。

「俺、もう出るよ」

「……ゆ、許して、くれるのか」

「いや、ゆっくり喰う。空間が少しずつ狭まって、『黒』がお前の肉を少しずつ齧るように捕食するんだ。ちなみに『神癒』でお前の脳機能を一部鈍麻させた。だから痛みによる気絶も出来ないし、痛みを和らげる類の脳内物質も精製されない。命が尽きるまで、苦しみを楽しんでくれ。それが俺からお前へ送る、罰の中身だ」

「ッ!? 待ってくれクロ! 私は役に立つ! 絶対に損はさせない! これからはダルトラではなく貴殿個人に忠誠を誓う! だから!」

「なぁ、ライク」

「な、なんだッ? なんでも言ってくれ」

「俺たちに三度目の人生って与えられると思うか?」

「………………」

「もしもう一度転生したら、復讐しに来てくれ。

 お前を二度も殺せるなんて、考えただけで、幸せだから。

 だから、さ。

 もういいよ。

 今回は、ここで死ね」

 幸助は満面の笑みを浮かべ、『黒』を閉じる。

 最後に見たライクの絶望した顔を見て、ほんの少し、気が晴れる。

 妹の仇を殺した時と、あまり変わらない。

 クズを殺しても、最高の気分にはならない。

 ただ、クズが消えた分、以後の被害は抑止出来る。

 なら、まぁ、それでいいのだろう。

 幸助はライクのことを思考から追い出し、シロの元へ駆けつけた。


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