36◇攻略者、再訪ス
ルキウスの提案を、幸助は受け入れた。
ライクも予想がつかないに違いない。
マントを脱ぎ、放ろうとしたところで、エコナが手を差し出した。
「お持ちします、ご主人様」
「あぁ、頼む」
「あ、あの……」
どこか不安げにこちらを見上げるエコナ。
「どうした?」
「…………今朝の誓い、お、お忘れになっていない、です、……よ、ね?」
幸助は、意識して、表情を緩めた。
「あぁ、何度でも、必ず帰ってくる。誓いを破らず、お前を独りにしない為に」
頭を撫でようかと思ったが、やめた。
代わりに、エネルギーを補給するかの如く、抱き締める。
「行ってくる」
エコナは、幸助の耳元で、誰にも聞こえないように囁いた。
「行ってらっしゃいませ……こうすけ、さん」
幸助は、そんな簡単なことで胸が温かくなる。
一度エコナの額に唇を当て、すぐに離す。
顔を真っ赤にするエコナを置いて、立ち上がった。
マスターを見る。
頷きが返って来た。
タイガや他の客も、幸助の背中を押してくれる。
ツンデレ給仕女ことクララは珍しく、「……シロを連れて帰ってきなさい。アンタも死ぬんじゃないわよ」と、素直に心配の言葉をくれた。
エルフィ、ルキウス、そして、トワ。
他の英雄達とは、既に話を済ませていた。
クウィンはいない。
先程ルキウスの話を聞いた後で、ダンジョン前に駐屯する正規軍から救援要請が来たのだ。
シロを引き摺るライクを止めようとして、レイス含めた兵士が重傷を負ったのだという。
死にさえしなければ、クウィンが助けてくれる筈だ。
酒場を出て、地を蹴る。
石畳の地面が、ガッ、ガッ、と、幸助の脚力に耐えられず破壊され、めくれ上がる。
後で弁償しなければならないなと思っている内に、街の外へ。
風すらも置き去りにする速度で、侵入口へ到着。
そこにはレイス達がいた。
クウィンもだ。
「済まない、クロ殿……やはり、私達では、止めることも出来ず……」
悔しそうに表情を歪めるレイスに、幸助は笑いかける。
「恥じることはない。敵が英雄であろうと、過ちを犯したのなら立ち向かう。あなた方のその勇壮こそが、何よりも得難き、強さであるのだから」
幸助が敬礼すると、レイスに続き、兵士達が一斉に敬礼を返した。
「……クロは、色んな人に、好かれる」
クウィンが、どこか悲しげに言う。
「前世ではそんなこと無かったさ」
「わたしも、クロ、好き」
「……そうか」
「クロ、は?」
「言ったろ。友達だと思ってるよ。これからいくらだって、仲良くなれる」
「友達」
「あぁ」
クウィンは自分の胸に手を当て、それから、首を傾げた。
「ちょっと前まで、それ、嬉しい言葉だった、友達」
「…………クウィン」
「今は、ちくちくする。クロの所為?」
「かも、しれないな」
「でも、好き」
クウィンは、幸助の頬に唇を触れさせた。
「怒った?」
「いや、でも……応えられないよ」
「いい……別に。友達、今は。我慢、できる。ずっと我慢してた、から。英雄、我慢して、やってた、から。友達、でも、我慢、できる。だから、いい。怒ってないなら、いい」
それから、彼女は、ぼそりと言った。
「行って、らっ、しゃい」
「すぐ戻る」
「じゃあ、待つ。遅いと、寝る、かも」
「わかった」
笑みを返して、駆け出す。
迷宮内は、魔物の死骸だらけだった。
どれも、光条で貫かれたのだろう。
孔が空いている。
おかげでというべきか、すぐさま守護者の間に到着した。
そこにはライクと、シロが居る。
二人の反応は対照的だった。
ライクは張り裂けんばかりに唇を吊り上げ。
シロは今にも泣きそうな顔で、こちらを見た。
「ハハハハッ! 私から誘っておいてなんだが、よくもまぁこんな女の為に死にに来るものだな! よほど女に飢えてるか、さもなければこの乳に誘惑でもされたのかぁ?」
ライクは右腕で彼女の首を掴み、左腕でその乳房を揉みしだいた。
恥辱に紅く染まったシロの顔が、怒りに歪む。
「一つ、言っておくぞ、ライク」
「遺言を聞くくらいの度量は、私にもあるさ。なんだね?」
「俺は、お前を、殺す」
ジュッ、と、シロの腹から光条が突き抜けた。
殺意が爆発する。
スキルが軒並み発動。
奴がそれでもシロを離さないので、攻撃に移れない。
「一つ、話をしてやろう。馬鹿な女の話だ」
「これ以上喋るな。鼓膜が穢れる」
「コウコと言ったかな、シロの母親だよ。愚かな女だった。要らぬというのに私の迷宮攻略に付き纏い、自業自得にも魔法具持ちに襲われたのだ。そのくせ、その馬鹿女、何を言ったと思う? 最初は案内人だなんだと偉そうな顔をしていたくせに、命の危機に瀕した瞬間、私に『助けて』などと抜かしたのだぞ! もう、私は堪えられなくてな、腹を抱えて笑っていたよ。いくら私でも、さすがに来訪初日に勝てる相手ではないと判断してね、遠くからその女が死ぬのを眺めていた。いやぁ、楽しかったなぁ! 旦那か誰かの名をしきりに叫んだり、娘を残して逝くことへの謝罪か、そんな言葉を吐いたりしていた。くっくく、アハハハ!」
シロが、唇を噛んで、泣いている。
切れて、血が出ていた。
幸いとは到底言えないが、腹部の傷は光熱によるものなので、焼き塞がっている。
出血で死ぬことは、絶対とは言えないが、無いだろう。
戦う時間は、僅かだが、ある。
「この女を殺さなかった理由が分かるか、クロ」
「年寄りは話が長くていけない。短く分かりやすく纏めるのも才能だぞ」
ライクの顔に、青筋が立つ。
「貴様のその余裕を、どうすれば消せるか考えた。今から挑戦する。魔力が消えるまで貴様を攻撃し、四肢を切り落とした後で、この女を犯す。飽きたら子宮を引き摺りだし、貴様のよく喋る口に突っ込んでやろう。その後で、両方殺す」
「それ、ずっと妄想してたの? こわっ」
「強がるなよ『黒の英雄』! 最早私に油断は無い! 貴様の未来は、死に固定されているのだッ! 恐れおののき、せめて確定した死を一秒でも延ばすことに全力を傾けろッッ!」
「なぁ、まだ喋るのか? そろそろ始めようぜ。お前の話に興味とかないんだよ」
そこでようやく、ライクがシロを突き飛ばした。
プライドの高い奴のことだ、実力で幸助をぶちのめしたいのだろう。
「生まれ変わってすぐで悪いが、貴様の二度目の人生は、ここで終わる」
「あーはいはい。もううるせぇから、残りは魔法で語れよおっさん」
幸助は、もう、我慢の限界だった。
殺意を、剥き出しにする。
「…………だめ」
と、シロが小さく言った。
それを、幸助は無視して、
「――【黒迯夜】」
殺し合いの、幕を開けた。