表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/301

31◇神癒の英雄、叙説ス

 



 再び、頭が真っ白になる。

 しかし、今度のそれは、強制的に遮られた。

「クロ! アナタ主賓なんだから楽しみなさい。お酒とかお酒とかお酒とか! ほらあっちにウェイターがいるわ。もぎ取りに行きましょう、根こそぎ行きましょう」

 そう言って、エルフィが幸助の腕を取る。

「エルフィ。トワは今からその新人に説教をするよ。邪魔はしない方が賢明じゃないかなって思うけど」

「あら、アタシの方がアナタより格上よね? 主治医だし。というわけで、コレ、貰うわよ」

 トワは、一瞬、渋い顔をしながら、すぐにそっぽを向いた。

「勝手にするといいよ。説教はまた、今度にするし」

「ま、待ってくれエルフィ――」

 彼女が、その蠱惑的な唇を幸助の耳に寄せ、吐息のような声を出す。

「まさか、アナタが『コウちゃん』だったなんてね」

「――――お前、どこでそれを」

 いや。

 今の会話で、予想出来る。

 永遠、この場合、トワか。

 トワは、どうやら幸助を覚えていない。

 エルフィは、トワの主治医だという。

 つまり、トワは、エルフィの“調律”が必要な患者だということ。

 そして、そのエルフィが、幸助の愛称を知っている。

 ここは、彼女の言うとおりにするべきところ。

「……なんなのあの新人。トワが来る前にルキウスが躾けておけば、トワ、こんな不愉快にならなかったんだけど。謝罪を要求してもいいかな?」

「僕も、驚いていますよ。先程までの彼とは、まるで別人だ。それと、僕の頭一つで君の機嫌が直るなら、幾らでも下げましょう、レディ」

「やっぱいい。それよりジュース。カラム絞ったやつ、探して持ってきて」

「それで、お加減がよろしくなるのなら」

 離れていく中、ルキウスとトワの会話が聞こえてくる。

 軍人側の人垣に突っ込み、エルフィは強引に場所を確保。

 ウェイターからシャンパングラスを二つ、ひったくるようにして取り、一つを幸助に渡す。

 器の中程までを満たす液体は、琥珀色をしていた。

 気泡がプクプクと、水面に上がっては、弾ける。

 とても呑む気にはなれない幸助とは対照的に、エルフィはそれを一気。

「ふぅ~。ところで――クウィン? 何付いてきているの」

 そう。

 幸助が、エルフィに連れ去られ。

 トワが、ルキウスと会話を始め。

 クウィンは、幸助にくっついてきたのだ。

「別に。友達なら、一緒にいるの、別におかしく、ない、でしょ?」

「友達って、そんな万能な言葉じゃないわよ~?」

「エルフィこそ、少し、クロに、馴れ馴れしい」

「だって、仲良しだもの~」

「わたし、だって。仲良し。そうだよ、ね? クロ?」

「今からアタシ、とても大事な話するから、ほら、どっか行ってなさい」

「指図しないで。エルフィに、そんな権利、無い」

 クウィンの瞳に、狂的な光が宿る。

「かもね。けど、今からするのは、人に聞かれたくない話よ。もちろん、クロにとっての。アナタ、このまま居座ると、嫌われちゃうかも」

 途端に、狂気は霧散し、彼女は不安げに幸助を見上げた。

「ほんと……? わたし、クロに、嫌われる? ……それは、嫌だ」

 エルフィが幸助に興味を持つのは、彼女の知的好奇心故と分かる。

 だから、明け透けな好意も、受け流すように対応出来た。

 だが、クウィンのは何か。

 思い当たるものは、一つしかない。

 初対面時の、会話だ。

 英雄をやめたいと、クウィンは溢した。

 幸助は何気なくそれを肯定したが、彼女の置かれた環境を鑑みるに、それは不可能に近い困難。

 誰にも言えない悩み。

 人間は誰しも、理解されたがっている。

 より正確には、理解した上で、自分がほしいと思う対応を、他人に執ってほしいと思っている。

 当然、そんなもの周りには関係ないので、真の理解者を得るのは難しい。

 難しいからこそ、手に入れた時、それは非常に大きな価値を持つ。

 クウィンにとっては、幸助こそが、幸助だけが、自分の望みを肯定してくれる者。

 初めての、理解者候補。

 執着や好意を持つのは、ある意味、自然。

 だが、しかしそれは、今考えるべきではない。

「……いや、いいよ。それより、早く聞かせてくれ」

 すると、クウィンは、僅かにだが、勝ち誇るような顔をし、エルフィを見た。

「わたしの、勝ち」

「別に勝負なんてしてないんだけどね~」

 エルフィは苦笑してから、一転、真面目な表情を作った。

「本来なら、患者の情報をペラペラ漏らすものじゃないんだけど」

 この世界にも、守秘義務という概念はあるらしい。

 法で厳格に定められているかまでは、分からないが。

 ともかくルール違反、マナー違反を犯しているという認識を持っているのだろう、彼女は心なし声を潜めて、語り出す。

 トワのことを。

 彼女が出現したのは、五年前のこと。

 現れたのは、ギルティアスの『森の神殿』ではなく、そこから北方に進んだところに位置する、ザインキャンファスという都市の『丘の神殿』だという。

 幸助は、僅かに安堵した。

 案内人がシロだとしたら、彼女が幸助に事実を隠していた可能性もあるからだ。

 一瞬でもシロを疑ってしまった自分を強く恥じ、引き続き傾聴。

 現れた時、トワは恐慌状態にあったという。

 当たり前だ。

 だって、死んだ状態で、来訪者はアークレアに来る。

 だから、トワは、穢され、全裸に剥かれ、身体が冷え切った状態で、この世界に出現した。

 平静でいろというのは、無理な話というもの。

 保護された彼女を診察することになったのが、エルフィだ。

 それも、妥当なところだろう。

 英雄に至る高ステータスを持つ人間が、精神に異常をきたしているのだから、その治療にあたるのは一流の魔法医でなければならない。

 すなわち、エルフィだ。

 彼女は長い時間を掛け、トワを治療した。

 その中で、途切れ途切れに、過去生のことを聞いたのだと言う。

 コウちゃんという名も、そこで聞いた。

 兄のことを、そう呼んでいたのだと。

 そして、トワは、エルフィに頼んだ。

 過去を、忘れたい、と。

 あぁ、そんなの、当たり前だ。

 同じ目に遭えば、誰しもがそう思う。

 誰も、覚えていたくなんか、無いだろう。

「記憶はね、人間の魔法では消せないの。というより、記憶を消すという魔法が無いのね。『白』の代償に『記憶を失う』というのがあるけれど、それはあくまで反動であって、魔法効果とは性質が違うわ。アタシの魔法に出来るのは、鍵を掛けること」

「鍵?」

「そう。記憶っていうのは、情報に過ぎないわけ。それを人間は、脳のある部位で、分類わけしながら保管している。アタシはその一つ一つに、『思い出す』という選択肢を封じる鍵を掛けた。だから、彼女の脳に記憶は全て残っているけれど、彼女の意識にそれらが浮上することはない」

 例えば、金庫だ。

 大金が入った、金庫。

 中には、金が入っている。

 金庫を、盗んだとする。

 でも、それの、開け方を知らなかったら?

 金は確かに存在するのに、使えない。

 要するに、そういうことだ。

「で、鍵を持っているのはアタシ。だからって、完璧じゃないわ。クウィンがその気になれば、アタシの鍵くらい『無かったこと』に出来るし、この世界には、鍵の掛かっている扉を抜けて侵入する泥棒もいるもの」

 言いたいことは、よく理解出来た。

 金庫を番号を知っているのは、エルフィだけ。

 でも、幸助のように、トワの過去を知る者との接触で、それが綻ぶかもしれない。

 鍵に正面から挑まず、ドリルなどを使って、抉じ開ける方法があるように。

 兄の、不用意な発言が、彼女が箱に閉じ込めた全てを、暴いてしまうかもしれない。

 先程、エルフィが幸助を連れ出したのは、幸助の為でなく、トワの為だったのだ。

「……医者の鑑だな」

 それを皮肉と受け取ったのか、エルフィは空のグラスを虚しげに揺らす。

 幸助は、再び自分を殺したくなった。

 エルフィの話を聞いて――安堵してしまったのだ。

 妹から責められるという現実を、回避出来たと、喜んだ。

 最低だ。

 本当に、あまりに、度し難い程、自分は、最低だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
i433752

◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
i601647

↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
i594161


◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


共に連載中
応援していただけると嬉しいです……!
cont_access.php?citi_cont_id=491057629&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ