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◆復讐者、誕生ス

 



 永遠は、兄である幸助のことを「コウちゃん」と呼んでいた。

 双子の妹との関係は良好で、どちらかというと友達に近い間柄だったように思う。

 双子とはいっても、二卵性だ。

 なので、似てこそいるが、それは普通の兄妹に見られるレベル。

 買い物に付き合わされることもあったし、二人で映画を見に行くことだってあった。

 学校では互いにシスコン・ブラコンと言われたりもしたが、仲がいいことは事実だった。

 中学生になって、二人は塾に通うことになった。

 母の言いつけだ。

 高校は受験し、良い大学に行ってほしいのだと。

 二人は特に反発することもなく、週三日、放課後に塾へ向かう生活を送った。

 終わると、仕事帰りの父が迎えに来てれることもあった。

 ある日のことだ。

 幸助は、塾がある日だというのに、友人に遊びに誘われた。

 帰宅部の仲間にとって、週三日も遊べない幸助は、付き合いが悪い部類に入る。

 友達の顰蹙を買うのはなるだけ避けたかったこともあり、幸助は塾をサボることにした。

 ちょっとした罪悪感と共に向かうゲームセンターやカラオケは、普段よりも楽しく感じられた。

 全ての歯車が、狂った日だった。

 あるいは、悪意にとって、全ての歯車が噛み合った日、だろうか。

 その日、父から、仕事が忙しく迎えに行くことが出来ないと、メールが来ていた。

 母は、夜に妹を出歩かせることを極端に恐れていたが、幸助が一緒にいるなら安心だろうと塾に通わせることを決意したと、かつて言っていた。

 少し早く生まれただけだが、幸助は兄で、男だ。

 運動部にスカウトされる程度には、身体面や能力面で恵まれてもいた。

 だから、同級生や先輩程度の奴らなら、絡まれたって撃退出来る。

 

 その場に、居合わせていたら。


 そう。

 幸助は、塾を、サボった。

 怒られることを覚悟しながら家に帰ると、既に帰宅していてもおかしくないと言うのに、妹が、永遠がいなかった。

 母に叱責され、ビンタされた。

 急いで、探して回った。

 見つからない。

 仕事終わりの父が、息切れしながら妹を探していた幸助を、迎えに来てくれた。

 翌日のことだ。

 警察が、家に来た。

 目撃者が近所の住民、というより父の知り合いで、おかげですぐに連絡が出来たのだという。

 妹は、陵辱され、全裸で、凍死した。

 所持品は全て燃やされていた為、場合によっては身元確認まで時間が掛かったかもしれないと、警察が冷静に言っているのを見て、理不尽にも殴り飛ばしたくなった。

 そこから、黒野家は瓦解していった。

 母は幸助を責め、父はそれを庇い、二人の喧嘩は、離婚まで発展した。

 母が実家に帰ると言い、父は仕事の関係で残ると言ったので、幸助は父側につくことにした。

 父が、それを了承してくれたのは、愛か、負い目か。

 自分が迎えに行っていれば。

 そういう後悔が、父にはあっただろう。

 自分が塾に通えなど言わなければ。

 そういう後悔が、母にはあっただろう。

 自分が、塾を、サボったりしなければッ!!

 そういう後悔が、幸助にはあった。

 自殺を考えた。

 でも、それをしたら、きっと母は壊れる。

 父は、もっと自分を責めてしまうだろう。

 だから、今すぐは、だめだ。

 それに、自殺する前に、やらなければならないことが、あるじゃないか。

 幸助は、ほとんど学校に通わなくなった。

 不良と呼ばれる人種のグループに、混じった。

 闇は、一度踏み入るとキリが無い。

 どんどん深みに嵌まる。

 幸助の場合は、進んで落ちて行った。

 馬鹿よりは頭が良かったし、普通よりは喧嘩が強かった。

 馬鹿の習性を考慮に入れ、立ち回りを考えて動けば、安定した立場を築くのはそう難しくなかった。

 落ちて行った先で、片鱗を掴む。

 ガキを攫って、輪姦す輩がいると。

 それだけなら、珍しくない。

 レイプ被害は、日々無数に起きている。

 しかも、被害女性は、その恥辱が露見するのを恐れる為、立件されないことすらある。

 幸助は着々と立場を強め、候補を絞っていった。

 ある時から、街のクズが殺されるという事件が起こり始める。

 もちろん、犯人は幸助だ。

 でも、誰も、そんなこと、疑いもしない。

 少しずつ、少しずつ、女性を食い物にするクズを、駆除していく。

 とある女から得た、腐ったグループの根城で、幸助はついに当初の獲物の所在を知る。

 拷問したクズから、目的のクズの一人に、電話を掛けさせた。

 幸助を、紹介したいという話をさせた。

 向こうも幸助を知っていたらしく、話はとんとん拍子に進む。

 犯人は、七人グループ。

 歳は、そう幸助と変わらない。

 つまり、中学生が、中学生を、犯して棄てて、挙句死なせたのだ。

 たった七人のガキの性欲に、黒野家は、めちゃくちゃにされた。

 全員、殺した。

 笑えるのは、その七人、永遠を犯した事件を、覚えていなかったことだ。

 あまりにヤり過ぎて、一々、覚えてもいなかったのだろう。

 全部終わった後で、幸助は、少しだけ両親のことを考えた。

 中学はどうにか卒業出来たが、その後、幸助は家を出た。

 だから、母はもちろん、父とも顔を合わせていない。

 自分の死を知ったら、どう思うだろうか。

 悲しんでは、くれると思う。

 不肖の息子でも、涙を流してはくれるだろう。

 泣かせたくない、という思いはあった。

 でも、それ以上に、幸助は疲れていた。

 なにより、あと一人、殺すべき相手がいる。

 妹の死を招いたのは、殺した七人だけじゃない。

 家族を壊したのは、殺した七人だけじゃない。

 自分だ。

 悲劇は、自分が当たり前のように塾に通うだけで、回避出来た。

 母は息子を信頼し、家で夕飯を作っていた。

 父は家族の為に、一生懸命働いていた。

 妹は真面目に、勉学に励んでいた。

 幸助は?

 ――俺だけが、クズだった。

 だから、幸助は、自分を殺してしまいたかったのだ。

 この世界から、消してしまいたかった。

 悪夢の根源を。

 この世界で、一番許せない存在を。




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