288◇この世は遊び場
その戦いは時間にしてみれば十分にも満たないものだった。
まぁ、よくあることだと幸助は思う。
準備に長い時を掛け、極短い本番に臨む。
五年掛けた復讐だって、実行は数時間で済んだ。殺すだけならもっと短く出来たが、幸助がしたかったのは妹の復讐だ。
定期テストや、運動会や学祭などの催しもそうだろう。じっくり積み上げ、パッと終わる。
だから、ジャンヌが幸助と殺し合う為に費やした時間に対し、その戦闘が短いのも大した問題ではない。
ただ、単に短かったと言ってしまうと正確性に欠ける。
それはとても短く、非常に濃密な殺し合いだった。
◇
幸助の行動はシンプル。
彼女は幸助が何をしようとも対応出来ると思っている。
実際に彼女は極めて優秀。
既知の技には対策が講じられていると考えるべき。
ならば既知の技であっても避けようのない状況を作るか、でもなければ。
未知の攻撃を仕掛けるかだ。
「おや、それは見たことがないね」
拳大の『黒』い球体が無数に生まれ、幸助の周囲を浮遊している。
【黒球・七種混淆】。
球体の幾つかは幸助の周囲について回り、残りは全てジャンヌに襲いかかった。
「雪合戦かい? 嬉しいなぁ。過去生では誰も遊んでくれなかったから、やったことがないんだ――なんてね」
ジャンヌはすぐに――槍を作った。槍、なのか。尖った刃に棒状の柄。槍としか言いようがないが、あまりに長いのだ。ルキウスの使っていた騎兵槍とは根本的に異なる。柄だけで十メートル程はあるのではないか。そのくせ太さは普通の槍準拠。悪ふざけで作られたような槍がジャンヌの背後に生じ、それは『風』魔法で浮遊。
幸助がその意図に気づくのと、彼女の槍が【黒球】の一つに激突したのは同時。
幸助が多くの球体を操作しなければならないのに対し、彼女は槍一つ。対応の早さと相まって気づくのが僅かに遅れた。
考えれば単純な話。
『黒』は容積あたりの『併呑』量が定められている。
『併呑』の限界を迎えると、『黒』は消えるということ。
色彩属性は魔力消費が激しい。幸助が『黒』以外の魔法も多用するのは、魔力の無駄遣いを防ぐ為という面もある。
英雄規格の魔法であれば消費魔力と獲得魔力が釣り合うことも珍しくないので、下手に弱い者を相手にするよりも魔力効率がよくなったりする。
そこを突いたのがルキウスだ。
『黒』の発動魔力に見合わない、量ばかりの魔法を吸収させることで魔力消費を加速させ、自身は少ない魔力で『黒』を剥がす。
【黒球】に槍が突き刺さる。
いや、刺さりはしない。
穂先から順に柄が凄まじい勢いで『併呑』されるが魔力は獲得出来ない。
『土』属性によって創造されたものはその時点で魔法ではなく物質となるからだ。
ただの長過ぎる槍がぐんぐんと『黒』に呑まれ、一点のみを削り続け、そして中に入る。
瞬間、槍は目にも留まらぬ速さで球体から弾き出され、ジャンヌに向かって飛翔した。
ジャンヌは動きもしない。槍が自分に当たらないと分かっているようだ。
そのくせ自分の肩スレスレを通り過ぎた槍に、わざとらしく驚く。
「わぁ危ない。君ってば雪玉に石とか仕込むタイプだろう? 怪我でもしたらどうするんだ」
「その為にやったんだ」
「まぁそうか。戦いだものな、あはは」
貫かれた【黒球】の中身は『薄紅』だ。
槍がジャンヌを襲ったのは『反発』に触れたから。
七種混淆は、七つの色彩属性を球体内に仕込んだ魔法。
『黒』『白』『紅』『蒼』『翠』『薄紅』『透徹』が別々に球体内に入っており、至近距離で球の相殺を狙ったところで別の色彩属性が襲いかかる筈だった。
「器用なことをするものだね、きっと他の球には他の色が入っているんだろう? クリスマスプレゼントみたいでわくわくするなぁ、包装が全部真っ黒なのは味気ないけれど」
接近中に種が割れてしまったが、それで魔法の脅威度が下がるわけではない。
自身を囲むように迫る球体にもジャンヌは動じない。
「次は何色かなぁ。まぁ私には見えないだけどね」
「その割に、見えているような振る舞いだ」
「心の目で見るのさ」
彼女はとにかく楽しげだ。
彼女の背後に迫った球体が破壊される前にひとりでに割れ、中身をぶちまける。
液状の『白』。触れたものを『無かったこと』にする『否定』の能力。
「よっと」
ジャンヌの立っていた地面が盛り上がり、彼女を一メートル半ばほど空に近づける。
『白』のインクは土台となった部分を『否定』し、その役目を終える。
彼女は無傷。足場が崩れただけ。
まるで後ろに目でもついているような反応。いや、背後に目のついている人間だって反応出来ないだろう攻撃だった。
体勢を崩した彼女を襲う球体。中身は『蒼』。上手く行けば彼女を空中で『途絶』させることが出来る。
「うん、君には私の宝具を見せてあげよう」
彼女は指輪を嵌めていた。真っ黒な指輪。
それがパキッと割れ、棒状になる。それはすぐさま太さと長さを増し、真実棒となった。
棒は更に形状を変化させ、『白』入りの球体が来た後方の地面に突き刺さった。その方向には他の【黒球】がないからか。
棒が縮み、それを掴む彼女の身体も地面に引き寄せられる。
『蒼』入りの球体が空振る。
彼女は危なげなく着地し、棒をくるくると回し始めた。
「陛下が私用に作ってくれたんだ。使用者の想像した通りの形に変化する。実は、これを使ったのは君で二人目だったりするんだよ。一人目は――」
「グレアか」
「そう、愛しのグレアさ」
彼女もまたルキウスと同じ。
長く『黒』を見てきた者。
幸助の最も大きな力をよく知る者。
「さて、これから『黒』保持者の君を追い詰めることになると思う。グレアはどうあっても私を殺そうとしなかったから、完全に勝ったとは言えないんだけどね。だからこそ楽しみだよ。『黒』を攻略された『黒の英雄』はどうするのかってね!」
小手調べは済んだとばかりに、彼女が駆け出した。
少ない魔力で未知の魔法を暴き、自分に合った宝具を活用して迫る攻撃を回避。
ここまでなら、優れた敵止まり。
だがジャンヌがその程度ということはあるまい。
殺し合いでないにしろ、あのグレアを倒したというのなら本当に『黒』を相手に戦う術があるのだ。
残った球体を彼女に向かわせ、次の魔法を組み立てる。




