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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く
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287◇この指に止まる者がいないなら

 



 ジャンヌ=インヴァウスについて分かることはとても少ない。

 驚くべきことに、彼女はいまだ一つも明確に自身の魔法を見せていないのだ。

 それでいて複数の英雄からの攻撃を悠々と回避しつつ、次々と策を弄しては幸助の神経を逆撫でしていた。

 連合側もなんとか対応していたが、ジャンヌは間違いなく今までで最も厄介な敵だ。

 悪領で襲ってきた魔物達は、知性はあれど策という策を弄することはなかった。自らが持つ身体能力や魔法を使って敵を殺すことだけを考える存在だった。

 『暁の英雄』ライクは英雄規格という資質に酔っていた。魔法威力こそ凄まじかったが、直情的な性格そのままに魔法の使い方が単純だった。

 『紅の継承者』アリスはリガルを殺し、トワにその罪を被せた。複数の魔法具と宝具を重ね合わせることで一時は幸助に大打撃を与えたが、元々技術系の学生、英雄と殺し合いを演じるには多くが不足していた。

 『暗の英雄』グレアは本人も難敵だったが、『黒』を長距離移動に利用し少数で王都侵攻を狙うという大胆な作戦と、多くの英雄を束ねるカリスマなど力・頭脳・人望と全ての面において優れていた。

 『黒の英雄』エルマーは幸助よりも千と五年長く生きている分、その戦法はより多彩かつ強力だった。彼が狂っておらず、こちらを殺す気だったなら勝敗はどうなっていたか分からない。

 『蒼天の英雄』ルキウスは誰よりも長く幸助を見てきた敵だ。なにせ転生以後なにかにつけて世話になっていたし、信頼のおける友だったのだから。そんな彼はステータスだけで見れば到底幸助に敵わない筈だったが、誰よりもその命に近づいた。『黒』を、『クロ』を、最も理解した戦士だったと言えるだろう。

 そして、『教導の英雄』ジャンヌ=インヴァウス。

 身長は幸助よりも低い。身体はとても健康的で、肉付きもいい。灰を被ったような銀の髪は肩のあたりまで伸びている。左右の横髪を編んでいた。右は一房、左は三房。右の一つが黒に染められ、左は先程まで紅、蒼、翠の三色だったが、先程紅と蒼を銀が戻った。魔法で染め直したのだろうが、意図は不明。

 美しい女性だ。情感を唆るというより、どこか芸術的な美を感じさせる。

 銀を溶かし込んだような瞳は、本人が言うにはものを映さない。嘘ではないだろう。

 盲目の将は幸助の想定の上限いっぱいの動きを見せた。ところどころ、越えてさえいた。

 魔物の群れを従え、多くの英雄を投じ、『黒』を利用して追加戦力を呼び込み、未知の色彩属性保持者を動員し、かつての友と殺し合わせた。

 それらに対応してようやく、ジャンヌは幸助を戦うに値する敵だと判断したようだ。

「あぁそうだ、私ばかりが君を知っているんじゃあフェアじゃないからね。始める前に教えておこう。私はほら欠点のない満点美女なものだから闕乏なんてものとは無縁でね、比類なき天才なこともあって冀求するようなものもなかったんだ」

 転生者がアークレアに来た時に掛かるのが、『補正』だ。

 自分に欠けているものを埋めてくれる、自分の求める力を与えてくれる。

 加えて、元々自分が持っていた能力を強化してくれる。

 とても大雑把だが、概ねそういう類のもの。

 ジャンヌは無欠で、完全だという。故に『補正』で何か劇的な変化はなかったと言いたいのだろう。

「基本的には、君が今思った通りだよ。頼んでないのに与えられたものもあるけどね。じゃあ私には何が出来るのか。答えはシンプルなんだ。――勝つ為に必要なことは、なんでもさ」

 答えになっていない。いや――。

 彼女は自分が誰にも負けないと考えている。事実これまで無敗だったのだろう。

 そんな彼女が言ったと考えれば、答えにはなっている。

「さすがに概念属性は使えないけれどね。あれは技術じゃなくて権利だからね」

 色彩属性を含む概念属性が、使えない。無論、彼女固有の色彩属性があればそれは使えるだろうが。

 概念属性が使えないが、勝つ為に必要なことは全て出来る。

 幸助が真っ先に連想したのは『統御の英雄』オーレリアだ。彼女は特殊なものを除いた全ての魔術属性に適性を持っている。

 だが、それは外に力を求めず全て自分で解決するというオーレリアの冀求によるものだと幸助は思っている。

 だとすれば、ジャンヌに同様の適性が与えられるとは考えにくい。

 ――適性なんて必要ないってか。

 幸助も考えたことだ。結果的に『併呑』で様々な魔法を得た幸助だが、元々は『黒』一つしか適性は無かったし、それでも構わないと思っていた。才能が足りないというだけなら努力すればいいじゃないかと。

 ジャンヌはその体現者なのか。

「私は君より魔法の才能がない。君より力が弱いし、足は遅いし、身体は脆いし、目だって見えていない。でも、私は誰よりも前を走っている。どうしてだと思う? 他者より劣っている点があるという事実は、勝敗を何ら左右しないと分かっているからさ。力で劣っているなら弾丸で殺そう。脚力で劣っているなら相手に悪路を強いよう。脆い身体なら攻撃を受けなければいい。目が見えないなら他の感覚で補うだけさ」

 ジャンヌは魔力を練っている。その生成速度や量は、高く見積もっても並といったところ。

「諦めなければ夢は叶うなんてフレーズが、君の世界にはあったかい? 私の世界には無かったけれど、この世界で聞いて笑ってしまったものだよ。ただの不屈が夢を叶えてくれるわけがないだろうに。君なら分かるだろう? 妹を殺した人間への復讐を諦めないだけで、相手が惨たらしく死んでくれたと思うかい?」

 それは有り得ない。事故や寿命、幸助以外の誰かが殺すことだってあったかもしれないが、それは復讐ではない。目的の達成とはとても言えない。

 諦めないというだけで状況が好転するなんて思うのは、奇跡を望むのと同じ。

「考えなければならないよなぁ? どうすれば目的を達成出来るかを考えなければならない。もちろん思考だけで止まっていたら意味がない。行動に移さなければね。夢を叶えたいなら、夢が叶うように生きなければならない。それと同じさ。力自慢に勝ちたいからって、何も愚直に自分の身体を鍛える必要はない。頭を使い、罠に掛けるなり、より大きな力を持つ者を雇うなり、不意を打つなり、武器を使うなりすればいい。真正面から力で押しつぶす必要がどこにある」

 彼女は天才だが全能ではない。

 要素要素で自分に勝るものを持つ者の存在を認めている。

 その上で、劣っている点で戦う必要などないのだと考えている。

 幸助にはそれがよく理解出来た。

 何も出来ない中学生のままで、妹の仇を討つことは出来なかっただろう。

 財力も権力も武力も、幸助は絶望的に劣っていた。それらを手に入れて対抗しようなんてことは考えなかった。だからといって諦めることもしなかった。

 彼らがそれを有効に使えない状況に持ち込み、殺そうと動いた。

 五年掛け、彼らに同類と認められるようにまでなり、彼らの溜まり場の一つである廃墟に誘われた。

 幸助だけが殺人の準備を進め、戦闘準備を済ませているのに対し、彼らは複数いたが全員酒に酔っており、油断しきっていた。

 もし勝敗をつけるとするなら、幸助の勝ちだろう。

 幸助は敵を皆殺しにし、敵は全員死んでしまったのだから。

 自分の目的を達成することを勝利条件とするなら、障害を取り除く方法はなんでもいいのだ。

 その『なんでも』を考え、実行出来る者が、彼女にとっての『強者』なのだろう。

 そういう意味で、彼女は自分を最強だと思っているのだ。

「諦めず! 絶えず考え続け! 勝利に向かって動き続ける! 私はずっと探していたんだ! 君のような人間を。誰もが私を前に膝を折った。勝って勝って勝って勝って勝ち続けた先で、私はもう悲しくて、辛くて、苦しくてならなかった。どうして私だけがこうも孤独を強いられなければならないのかとね。諦めて遊ぶのをやめたら、この世界に居た。もしかすると私が転生してからの十年は、今日此処で君と遊ぶ為の準備期間だったのかもしれないね」

 世界は不平等で、不公平だ。そんなことは当たり前で大前提。

 それでもそれを実感してしまった時、どうしても嫌な感情が胸を満たしてしまうものだ。

 だがそこで諦める全ての者に、ジャンヌは絶望している。

 そんなんじゃあ、勝負にならないじゃないかと。

 遊び相手にもならないじゃないかと。

 あまりに自分勝手。

 だが、納得もいった。

 ジャンヌの狂気はそこにある。

 彼女は、それでも誰か遊んでおくれよ(、、、、、、、、、)という気持ちを捨てられなかった。

 どうしても諦めきれず、遊び相手を求め、どうすれば得られるか考え、そして動き続けた。

 『教導の英雄』は転生してから、一体どれだけの遊び相手を見つけられたのだろう。

 今の発言からして、彼女を満たす者はいなかったようだ。

 ジャンヌは幸助に期待し、だからこそ幸助の怒りに火をつけようとあらゆる手段を講じた。

 そしてそれは成功した。

「自己紹介はもう終わりか?」

 自分の手の内を勝手に晒すならば聞いてもいいと思ったが、大して役に立ちそうな情報は無かった。

「ふふふ、そうだね。あぁそうだ、ハンデはいるかい?」

「手を抜きたいなら好きにしろ。お前が負けるまでに掛かる時間が短くなるだけだ」

「どうかな。君が負けるまでに掛かる時間を伸ばせるかもしれないよ」

「お前のやりたい遊びってのはお喋りなのか?」

「……いいや、君はそれも得意そうだから楽しめるかもしれないけれど、一番は『嫌いな奴を殺すこと』だろう? だから、それをやってみせてくれ。出来るなら」

「得意じゃない。死んだ方がいい奴がいるのに誰も殺さないから、自分でやっただけだ」

「困ったな、私みたいな美女はそれだけで生かす価値があるから殺せないんじゃないか?」

 楽しげに笑うジャンヌ。

 幸助は呆れるような笑みを返し、彼女に斬り掛かった。




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たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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