285◇銘々の糸、収束ス
それから数秒の間に、様々なことが起こった。
人の頭部を思わせる塊が地面を転がり。
ジャンヌの副官であるホルスの狙撃がトワイライツを襲い。
ルキウスの生命反応が途絶え。
本物のサファイアがジャンヌの為様に激昂し。
ジャンヌのすることを知らなかったメタが戸惑いを見せ。
全ての屍兵が消え。
黒野幸助とジャンヌ=インヴァウスの戦いが、始まった。
◇
時はルキフェルがレダに殺される寸前までも戻る。
結果から言えば、彼は無事だった。
というのも、レダが落馬したのだ。
無論のこと、偶然ではない。
「な――ッ!」
どこからともなく飛んできた矢が馬に刺さり、さお立ちになった馬からレダが転がり落ちた。
「悪いけど……いや別に僕は悪くないな。どちらかというと人を殺そうとする君が悪い。どちらかというとは要らないか。君が悪い。悪い奴だよ君は。だからってわけじゃないけど、いや、だからってわけなのかな? 彼を傷つけようとしなければ君を射ることはなかっただろうから、君がこれから受ける苦痛は、君の行動が原因ってことになると思う。えぇとだから、特別僕は悪くないけど、その人を渡してもらうよ」
レダが立ち上がると同時、その心臓を矢が貫いた。
死の寸前、レダは外套に包まれた謎の人物を見つけた。弓を構えている。彼が射たのか。
「殺気がさ、強過ぎるんだよね。多分、君は優秀なんだろうな。裏切られる寸前までそこの子は疑ってもいなかったようだし。けど殺していいと分かった途端、ダラダラに殺気が漏れた。君の師は殺人に快楽を見出すことを止めなかったんだろうね。いいとも悪いとも思わないけど、下品だよ」
「じゃんぬ……さま」
「最期の言葉がそれでいいの? まぁ、君がいいなら僕が口を出すことじゃあないんだけどさ」
レダが再び倒れる。
もう、起き上がってくることはなかった。
外套の人物はレダの馬を捕まえ、謝罪と共に『治癒』。
レダの落馬からしばらく走り続けていたルキフェルが、恐る恐るといった具合に戻ってくる。
「あぁ良かった。良かったというのは、僕にとっては追う手間が省けたことで、君にとっては別の人間に殺されずに済むことだ」
ルキフェルはまだ状況が呑み込めていないのか、レダの死体をぼうっと眺めている。
「おーい。まさかあれかな、君、この子とヤッてた? だとしたら……いや、まぁ別に君の自由なんだけど。あの人に似た顔の人間が、悪女に騙されるアホってのは少し傷つくな。もちろん君は悪くないし、悪いとしたら人を見る目なんだろうけど、少なくともそれ自体が罪ってわけじゃあない。単に僕個人の気持ちが落ち込むというだけだから」
ようやく、ルキフェルが外套の人物に目を向ける。
「……貴方、は」
「僕? 見ての通り怪しい風体の射手さ。仲間内でも僕は大分個性が薄い方だから、君も接しやすいんじゃないかな? 中二病忍者とか万念発情期のアホバニーとか美少女みたいな少年とか皆大好きな鬼女とか、絡みづらい子達じゃなくて運がいいと思うよ。まぁそういう輩の方がいいって言われても、チェンジなんてものは受け付けてないんだけどね」
「……連合の者、ですか」
「ジャンヌ=インヴァウスが君を殺せと命じた。アークスバオナの人間ならこの子を殺して君を助けたりはしない。ロエルビナフの人間とも思えない。あとは連合の者しかいないと思うんだけど、なんで確かめる風なの? いや、状況が呑み込めていないんだろうけど」
「何故、こんなことに……」
「……そういうこと言っちゃうのか。まぁ千年分も血が薄まってるんだ、あの人のようにはいかないよね。でもここで長々と説明してやるつもりも猶予もないんだよね。だから簡単な二択を迫ろうと思う。君は国と妹を守りたい? イエスならついてきなよ。ノーなら此処でお別れだ。どこへなりとも消えろよ」
国と妹。
その言葉を聞いた瞬間、少年の目に火が灯った。
ように見えた。
「……懐かしい目だ。そういうところは似るんだなぁ」
◇
ホルスは遥か上空、魔力感知の範囲外から引き金を引いた。
射出された弾丸は目標過たずトワイライツの頭部へと伸びていき。
着弾。
彼女の頭が吹き飛ば――なかった。
「なに?」
パラパラと、黒い毛髪が幾本か舞っている。
鋭い眼光がこちらに向いた。
「ッ!」
いや、見えているわけがない。そもそも何故生きている。
スコープ越しにトワイライツを再確認。
彼女の毛髪は黒の筈だが、どういうわけか内側から『薄紅』の粒子が見え隠れしている。隠れていたものが、着弾の衝撃で出てきたのか。
『薄紅』……『薄紅』だと?
何の魔法だ。
ダルトラはクラウディアの色彩属性を秘匿していた。銘も『擯斥』であるし、超難度悪領の攻略など特別な場合を除き使用を制限していた。仲間を失った際も目撃者はおらず、彼女の仲間の魂をクウィン創生の材料とした研究者は何も知らず、彼女をよく知るエルフィから情報を抜くことは旅団にも出来なかった。そもそも無駄ということで試してすらいない。
だからホルスは気づかなかった。
ジャンヌのやりそうなことにあたりをつけた幸助が仲間全員の頭部と胸部に『薄紅』を仕込んでいたことも、『薄紅』によって『反射』した弾丸が己に向かって戻ってきていることも。
ホルスは主を探す。我が師、我が才能を見出してくれた英雄。
ジャンヌは彼女から見て右の髪を一部黒に、左を紅、蒼、翠に染め、編んでいる。
右は彼女が愛してやまないグレアを想って、らしい。
そして左はそれぞれ彼女の腹心の部下の瞳の色だ。
紅が、ホルスの瞳の色。
これは《特選兵》にとってこれ以上ない誉れであった。
大恩ある師が、盲いた己が瞳に近い位置を、自分達の瞳の色に染めてくれている。
君達が、私の瞳の代わりなのだと。そう言ってもらえたのと同じ。
見つける。ジャンヌ。ジャンヌ=インヴァウス。『教導の英雄』。歪みきった我が恩人。
「そんな……ジャンヌ様」
彼女の顔はクロノに向いている。
だがホルスの失態には気づいているようだ。
そっと自身の髪、その左部分を撫でた。
瞬間、彼女の銀色の毛髪から――紅と蒼が消えた。
ホルスとレダのことを、見限ったのだ。
「お待ち下さい、ジャンヌ様! 私は――」
彼の言葉が最後まで放たれることは無かった。
トワイライツの命を奪うために自分が放った弾丸で貫かれ、絶命したからだ。
人知れず空から落ちた狙撃手は、嘆く暇もなくその一生を終えた。
それを悼む者はいない。
唯一彼の才を見出した英雄は、既に亡き弟子から興味を失っていた。
どうにか六話投稿出来ました……。
お読みくださりありがとうございます。
ようやく幸助視点がぽつぽつと戻ってきました。
ここから第四部まとめに入っていきます。
引き続き応援していただけると元気出ます。
ではではm(_ _)m




