284◇教導の英雄、嘲弄ス
武器として役に立たないであろうを棒を、それでも持ち上げようとするルキウス。
だがそれも途中で落としてしまう。
だらり腕が垂れ下がり、出血が加速。
半ば倒れ込むように、彼の頭が幸助の胸に当たった。
幸助は咄嗟に【黒纏】を解く。
礼装が血で濡れるが、構うものか。
攻撃されるとは考えない。
彼の望んだ勝利は不意打ちではなく、真っ向勝負での勝利だった筈だから。
消えかけの声で、それでもルキウスは言う。
「僕らは……過去生でも、こうすべきだった……」
妹の、いや家族に危険が迫っていた時、己の選択次第で側にいられた。
なのに、間違った行動に走ってしまった。
こうすべきだったというのは、正しい選択をすべきだったということ。
「あぁ、ルキウス。お前の言う通りだ」
「守れないのだとしても……共に死んでやるべきだった」
「分かってる」
リュウセイを含む集団に、当時十三だった非力な幸助が勝てたかは分からない。
一緒に死んだだけだったかも。
幸助が愚かで、考えが足りなくて、塾をサボるような少年だったから、復讐を果たす機会が得られた。
だが、そんなことに感謝したことはない。
「一人、孤独に死なせるなんて、そんなこと……」
そうだ。何度も何度も想像しては己が許せなかった。
自分が一人にした所為で、独り死ぬことになったのだ。
「分かってるよ」
「僕達は……兄なんだから」
ルキウスは当時から、幸助よりもずっと妹思いだったのではないか。大切な者に大切だと伝えることが下手な幸助と違い、彼は戦いの最中でもそれを表明した。
「……俺達は間違えたんだ。それはなくならない」
ふっ、と彼が笑った。
何かが漏れ出すような、そんな笑い声だった。
「そう、ですね……。でも、クロ。だとしたら、僕らは、一体、何の為に……何の、為に……再会を、許されて……許され、たの、でしょう……。一つの、人生を……何度与えられ、た、ところで、この……」
血が溢れる胸を、ルキウスは強く掴んだ。
「この、後悔は、なくならないのに。なくなりは、しないのに」
とうに答えを出した問いだった。
だから幸助はすぐに答えることが出来た。
「もう一つの人生では、助けてやれるようにだろ」
情けない、くだらない、愚かで救いようがない兄だけれど。
もう一度逢うことが出来たなら、今度こそ幸いを助けてやれるように。
永く遠くまで健やかでいられるよう、手を貸せるように。
それが出来るなら、消せない後悔を抱えてでも生きる価値がある。
ルキウスが肩を揺らした。笑っているようだ。
「あぁ……そうですね。まったく、君には敵わない」
彼の身体から力が抜けていく。
「僕の負けです」
「あぁ」
ならばもういい。
幸助は周囲を警戒しつつ、ルキウスを『治癒』しようとした。
「こんにちわクロノくん。ボクのお兄様を返してくれますか?」
甘く、嘘っぽい、声。
現れた少女を見て、幸助は思わず睨み付けるような視線を向けてしまう。
「お前とルキウスの過去は知らない。けどな、俺はお前のやったことが気に入らない」
「ボクが何をしたっていうんですか?」
「愛されてるか試す為に、兄貴に殺し合いをさせるんじゃねぇよ」
「そうでもしないと信じられないですよ。見捨てた側のお兄さんには分からないでしょうけど」
ニッコリと、サファイアは微笑む。
「……お前は――」
「いいんです、クロ」
ルキウスがそういうなら、幸助が口を挟むべきではないのだろう。
「兄を殺さなかったお礼ではありませんが、此処ではもう戦いません。いいですか?」
ここから『蒼の英雄』と戦いたいとは思わない。魔力の消費や色彩属性保持者の厄介さ以前に、此処で戦闘に発展してはルキウスを死なせてしまう。
兄妹ごと戦場から離れるというのなら、ジャンヌに利用されることもないだろう。
常に目を離さないということは出来なかったが、彼女はいまだ不愉快な笑顔でこちらを見ていた。
「それじゃあお兄様、可愛い妹が抱きしめてあげますよ」
そういってサファイアが近づいてくる。
ルキウスはなんとか幸助から離れ、妹に振り返り。
「……違う」
と呟いた。
「驚いたな。兄という生き物は本当に妹を見間違わないものなのかい? これは結構気持ち悪いと思うのだけれど」
思い出す。そもそもそんなに時間が経っていない。
『透徹の英雄』メタ。
『透徹』は『存在』を司る。
メタはトワと『存在』を同期させた。
それにより、一時的にトワが二人になった。それでいて二人は一つになった。片方を傷つければ同じ傷をもう片方も負う。
だが『存在』は何も己にしか被せることが出来ないというものではない。
「――――」
「ダメだッ! クロ!」
そのサファイアはサファイアではない。
ジャンヌだ。
おそらくメタにジャンヌを被せ、ジャンヌにサファイアを被せた。
ルキウスの声に一瞬、迷ってしまう。
眼の前のサファイアを傷つければ、ルキウスの妹が傷つく。
その一瞬の遅れによって、サファイアの抜き手がルキウスの腹を突き抜け、幸助にまで届いた。
「思ったより使える駒だったなぁ。でもさぁ裏切りの貴公子くん。君程度が、クロノに勝てるわけがないじゃないか。馬鹿みたいに叫んでたあたりなんて笑いを堪えるのが大変だったよ!」
ルキウスの妹の顔で、彼を馬鹿にするような表情を作る。
「ジャンヌ、お前――」
「私を殺すんだろう? でも足りないな。もう少し怒らせたい」
空いた手でサファイアの身体をしたジャンヌが指を鳴らす。
同時、何かが空を裂く音。
加えて、地面に何かが転がる音。
「妹とエルマーの子孫が死んだら、君はどれだけ私に夢中になってくれる?」




