281◇斫断の英雄、共闘ス
クラウディアはパルフェンディが囚われていたことも、つい先程戦線に復帰したことも把握していた。
だが彼女はてっきりジャンヌへの攻撃に参加するものと思った。
というか、事実一度はそうしていた。
リガルへと標的を移すだけの執着があった……否、クロの指示だろう。
「あら……貴方もしかすると早々に隠居を決め込んだ臆病者のクラウディアだったり? 無様ですわね。戦いから離れるとこうも戦士というのは劣化してしまうものなのかしら」
これは多分、発破をかけているのだろう。単なる悪口という可能性もなくはないが。
クラウディアはパルフェンディをよく知らない。相手も同じだろう。ほとんど入れ違いにクラウディアが表舞台から消え、パルフェンディは英雄となった。
面識はあるが、親交はない。
ギリギリ知っている、という程度。
「パルフェンディ、だったわよね。そういえばあなた今年で幾つになるのだったかしら? 確か二十――」
『斫断』の刃がクラウディアの近くを通り過ぎる。冗談が通じない。いや通じているから外したのか。
思わず笑みが溢れるが、今は戦闘中。久闊を叙する余裕はない。
「悪いけど、手を出すわよ。貴方はそういうのを好まないでしょうけど」
「あら、よくご存知で。ならば邪魔しないで頂けるかしら?」
パルフェは完全に入っている。
戦闘狂のスイッチ的な何かが。
美しくも獰猛なその笑みでそれが分かった。
捕虜になったことで憔悴しているとか、そういうのはまったくないようだ。本調子。内に隠しているだけかもしれないが、今のところ伝え聞く戦妖精に違わない振る舞い。
「往きますわよ、リガルッ! 貴方の『霹靂』とわたくしの『斫断』ッ! 一個の英雄としてどちらが上なのか、今日こそ白黒つけようではないのッ! ――って、はぁ!?」
リガルは向かってくるどころかこちらに背を向けた。
――やっぱり。
英雄の屍はジャンヌに、連合の者を殺せと命じられた。屍をどうようにして操っているのか、屍の脳がどれだけ機能しているのか、それは分からない。
だがリガルはクロを攻撃したものの、追わなかった。
クラウディアを殺そうとし、『反射』のダメージは無視したものの、『斫断』は回避した。
そしてクラウディアとパルフェンディという、二名の英雄を前にしたことで背を向けた。
一番近い敵を優先的に攻撃。
殺せないようなら、殺せる相手のところへ。
命令はそんなところか。
英雄としては悔しいところだが、クラウディア一人であれば殺せるという判断だったのだろう。きっと、リガルの肉体としては。
パルフェンディが加わったことで標的を変えた。
リガルの身体は己が殺せる誰かに向かう。
「眼前の敵に背を向けるですってッ!? 『霹靂の英雄』の身体で、巫山戯たことをッ……!」
パルフェンディの怒りに、クラウディアは不覚にも彼女を見直してしまった。
単なる戦闘狂ではない。
仲間への想いも、彼女の中にはあるのだ。
屍となった同胞を見て、これなら全力で戦えると喜々として叫んだ時は正気を疑ったが、彼女のような人間にも情はあるらしい。
リガルの身体が消える。
彼は戦場を駆け抜け、連合の兵士を鏖殺――する筈だったのだろう。
失敗に終わる。
壁にぶつけたボールのようだった。
彼の身体が『薄紅』の防壁にぶちあたり、『反射』によって跳ね返る。
屍の動きを予測し、クラウディアが用意していた魔法だった。
地面を盛大に転がるリガルの身体。
「もう一度言うわ、パルフェンディ。手を出すわよ」
あまり得意ではないが、視線に力を入れてパルフェンディへ向ける。
彼女はつまらなそうに唇を噛んだが、すぐに手で髪をバサァ、と靡かせた。
「……ふんっ。勝手になさい」
彼女の性格的に一対一を好むのは分かっている。
クラウディアが他に向かえばリガルは彼女の相手をするかもしれないが、そんな賭けをするつもりはない。
このまま逃さず、屍を塵に戻す。
リガルの魂を解放する。
仲間の魂を弄られるのは、もう御免だ。
正直クラウディアは頭にきていた。
『白の英雄』クウィンは仲間だ。恨みはないし、彼女には幸福になる資格がある。
だが彼女を作った研究者の罪が消えるわけではない。
仲間の魂を実験材料にされた怒りがなくなるわけではないのだ。
ジャンヌに対し、クロが怒ってくれてよかった。
あれのおかげでなんとか冷静になれた。
「期待したわたくしが愚かでしたわ。機能だけ再現したところで、泥の塊がリガルに成るわけもないというのに」
「えぇ、そうね」
「いや、貴方負ける寸前だったでしょう。劣化コピーにさえ劣る雑魚がわたくしと同じ視点からものを言わないでくださる?」
ふふん、パルフェンディは得意げ。
「……そうね。とにかく、早く終わらせましょう」
二人は何もただ談笑していたわけではない。
それだけに興じていたわけではない。
三人を覆うように、大きな半球が出来ていた。
『薄紅』のドームだ。
何者も、出ることが出来ない。また、入ることも。
更に『薄紅』の壁――パネルというべきか、正方形の板を空中に展開。
「足を引っ張りませんように」
立ち上がったリガルがぐるりと首を回し、脱出不可能なのを確認。
こちらを見る。
パルフェンディが『斫断』の刃を放った。
それはまっすぐとリガルへと向かうが、彼はそれを回避。
追尾への警戒も怠らない。
だが――。
「――――」
それはリガルの左足を断ち切った。
「狙うのが下手なのね、戦妖精」
「黙りなさいな」
『斫断』の刃の威力を損なうことなく板によって『反射』することでリガルの予想を越えた方向から攻撃することに成功したのだ。
わずか一瞬で『反射』した回数は七。
初撃を躱した直後に予測するのは困難な軌道。
「所詮精神の伴わぬ人形ですわね。本物だったら回避してましたわよ」
パルフェンディの挑発にも反応せず、リガルの身体は再生を開始した。




