表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く
289/301

279◇それぞれがそれぞれの想いを胸に

 



 ダルトラは王都・ギルティアスに店を構える酒場・生命の雫亭。

 その日も店内は来訪者の客で溢れていた。

 普段は陽気に騒ぐ客達も、ここのところはどことなく元気がない。

 それは斧使い・タイガも同じであった。

 タイガはかつて悪領の主である魔物・守護者ソグルスの討伐をクロと共に行った。正確には仲間の敵を討ちたいと望むタイガに、彼が協力してくれた。タイガと、同じパーティーの生き残りであるクララは彼に大きな恩がある。二人共、それをまだ返せていない。

 タイガやクララだけではない。恩義とはいかずとも、彼に友誼を感じる者は多い。

 自らの力を鼻にかけることなく単なるクロとして接する彼は、此処にいる者のほとんどにとって英雄である前に呑み仲間だ。

 そんな気のいい友人は今、戦争の矢面に立っている。

 建前上は和平会議だが、アークスバオナのこれまでのやり方を見るに信じがたい。

 自分達でさえ心配なのだ。彼女の心痛たるや身を裂く程であろう。今は学院にいるエコナも含めて彼女達、というべきか。

 給仕服姿のシロは平時通りに振る舞っているが、その笑みの奥の翳りに誰もが気づいている。

 無理をするな、休むといい、きっと大丈夫さ。そんな言葉を掛けるのは容易い。だがタイガの知る限り誰もそんな言葉を放ってはいない。

 きっと全員が来訪者だからだ。

 少なからず不幸を知り、確実に死を知る者達だから。そんな言葉の群れが気休めにさえならないのだと知っている。真に辛い時、励ましが扶けにならないと知っている。友の存在が支えになることはあっても、想い以外に中身の無い言葉では救われない。

 だから自分達は彼女を止めないし、彼女の日常を乱さない。

 彼女を心から笑顔にする男の帰還を待ち、各々の生活を続けるのだ。

「はい、タイガ! この後も迷宮攻略でしょ。いっぱい力つけないとね!」

 料理を運んできたシロのにぱっとした笑顔に、頷きを返す。

「あぁ、そうだな」


 ◇


 ルキフェル=グロウバグはロエルビナフ中央議会前議長の息子だ。双子の妹にルシフェラーゼを持つ。

 仲の良い兄妹だったと思う。子供らしい喧嘩は何度もしたが、憎み合ったことはない。

 父が国の代表であった頃、この国はとても平和で。兄妹の世界は平穏そのもので。

 大人になったら父のようになりたいと、そんなことで喧嘩した。どちらが議長になるかという話だ。

 見ていたのは、国の人達が幸せそうに笑う未来なのに。同じだった筈なのに。

 どうして今、自分と妹はこうも対立し、同じ国の人々同士を殺し合わせているのか。

 退避を命じられ馬を駆る間、ルキフェルの胸に渦巻いていたのはそんな疑問だけではなかった。

 『紅の英雄』トワイライツ。彼女が妹に似ているように見えた。

 そして『黒の英雄』クロスだ。彼にも既視感がある。これまでの人生で幾度となく目を合わせたような。すぐにそれが鏡だと気づいた。

 ――何故二人の英雄と、我ら兄妹の容姿が重なるのだ。

「ルキフェル様」

 気遣わしげな声。だというのに、彼女から常に漂う艶めかしさは健在。

 並走する馬を駆る美女がこちらを見ていた。

「御加減が優れないのでしょうか? わたくし、貴方様に何かあったら耐えられません。どうかご無理だけはなさらず」

 美しい金色の毛髪に蒼い瞳。白磁の肌に健康的な肢体。

 礼儀のなっていない男なら、ひと目見た瞬間に生唾を呑み込む程の美女だ。

 アークスバオナからの特使。名をレビという。

 彼女の助言のおかげで、ルキフェルは正しい選択が出来た。

「あ、あぁ……大丈夫だ。心配を掛けて済まない」

 ルキフェルが応えると、レビは見る者をうっとりさせる程の美しい笑みを浮かべた。

「よいのです。その若さで国家の行く末を案ずる御身の重責、わたくし如きには計りようもありません。けれどどうか忘れないで。貴方様の選択は正しい。妹君や連合派の者達のことを気に病まれるのも分かります。ですが彼らは我が身大事さに連合にすり寄った裏切り者です。貴方様の拓かれる未来に居るべきではない」

 妹を担ぎ上げた連中がいなければ、首都が戦場になることも無かった。

 仮に自分が妹と共に連合についたところで、真っ先に狙われるのはロエルビナフ。

 民のことを思えば、アークスバオナにつく他ない。

 ――何故それが分からない、ルシフェ! 徒に民の血を流すが長たる者の役目ではなかろう!

 一瞬、後ろを振り返る。袂を分かっても、血の縁は断ち切れない。気にするなという方が無理であった。

 ――インヴァウス殿は、殺さず保護すると仰って下さったが……。

 『教導の英雄』を信じないわけではないが、戦場では何が起こるか分からない。

 次に(まみ)えるのが遺体でという可能性だってあるのだ。

「あ」

 レビが何かに気づくような声を上げた。

「ふふ……ジャンヌ様より命令が下されました」

「君にか?」

「はいっ」

 レビは嬉しそうだ。

「いや、だが……」

 最近では帝国とのパイプ役以上に護衛や秘書のような役までこなしている彼女だが、今この時にインヴァウスからどのような命令が下されるというのか。

「貴方様の首を持って戻れとのことです」

「――――は?」

「どうやら『黒の英雄』が思った以上に手強いらしく。貴方様の首を見せれば『楽しいこと』になるとジャンヌ様はお考えのようですね」

「れ、レダ……?」

「ふふっ、結構楽しかったですよ? 強者を前に頭を垂れれば生かしてもらえるのだと勘違いした哀れな豚を騙すのは」

 まるで別人のような、嘲笑。

「なにを」

 思考が追いつかない。彼女は出逢いから今日までずっと親身になってくれた。ロエルビナフが失われずに済む道を探り、自分の助けとなってくれた。

「愚かな人。こんな国、残しておく価値があると思って? 考慮に値しないわ」

「貴様――」

「さようなら」


 ◇


 空を飛んでいる。空を飛んでいる黒い竜の背中に乗っている、というのが正しい。

 『黒』い竜だ。『蒼の英雄』サファイアが所属する旅団を統べるグレアの魔法。

 ただし現在の使用者は彼ではない。彼の血を吸った吸血鬼フィーティだ。

 今の彼女は結構大変だ。

 『紫根』こと『死』の扱いは困難を極める。まぁ色彩属性なのだから容易なわけもないのだが、使い勝手がいいとは言いにくい。

 屍を操ることが出来るが、そう聞けば分かるように『操る』必要がある。もちろん人形遣いがするように糸を操ることで手足を動かしてやる、なんてものではない。それよりは自由が利く。

 ただ、どうしても意識を割く必要があった。

 『黒』き竜を操って天空を舞いながら、地面では六体の屍兵を操作する。竜だってただ飛ばせばいいというものではない。敵にも空を飛ぶ者がいて、一度はこちらの魔獣を狙い撃ちにした。

 他にも魔法使いやら同じく吸血鬼の男の子やらがいるのだ。

 眼下の同胞の邪魔をされぬよう、こちらの相手もしなければならない。

「シオン! またフィーティ様の前に立ち塞がるというのね! 言ったわよね、今度は殺すと、言ったわよね? 己が正義に酔い、弟妹に兄を失う絶望を与えようというのなら、吸血鬼の女王としてこのフィーティ様が貴方を殺してあげるわ!」

 童女にしか見えない吸血鬼の元女王は酷く機嫌が悪い。

 同じく漆黒の竜を操る吸血鬼がこちらに攻撃してきている。

「もう、フィーティちゃんってば。ボクがいるじゃあないですか。そんなに全部やろうとしなくてもいいんですよ」

 彼女を後ろから抱きしめる。

 柔らかくて、冷たい身体。

 甘くて、血なまぐさい匂い。

「……貴女、兄はどうしたの」

「ふふふ、お兄様はボクを選んでくれましたよ」

 『蒼天の英雄』ルキウスはクロノと戦うことを選んだ。

 もちろん、その戦いを見逃すつもりはない。

「そう、良かったわね。でも、彼じゃあクロノは殺せないでしょう」

「ボクのお兄様が負けるとでも? 酷いこと言いますねぇ」

「……」

「なぁんて。分かってますよフィーティちゃん。でもボクが見たいのはね、お兄様の選択なんです。行動なんです。過去生でボクを助けてくれなかったお兄様が、この世界では何をするのか」

「貴女は、もう一度兄を信じられるようになりたいのね」

「あ、もちろんフィーティちゃん達みんなのことは信じてますからね。ボクのことも信じてくださいな」

「そう……。なら任せるわ。シオンのちょっかいが不愉快なのよ」

「任されましたー。ほらキミ達、出番ですよ」

 竜の背に乗っていた者達、六人の屈強な男共が同時に叫ぶ。

「ハッ!!」

 うるさいが、元気がいいのは悪くない。

 全員が『風』魔法で飛ぶ。

 敵の吸血鬼は【黒喰】を飛ばしてくるばかりなので、男達は協力して適当な魔法をぶつけることで相殺を図った。

 吸血鬼は色彩属性さえ再現するが、それは一部に過ぎない。『黒』の『併呑』とて不完全。魔力を食う性質はそのままに、己のモノにする能力は機能しない。

「……ほんと、貴女の言葉にだけ従うのね」

「便利でしょう? 可愛いボクのお願いを聞くことが至上の喜びなんだそうです」

 親衛隊と、彼らは名乗っているようだ。勝手に組織化していたのだが、面白いので許可した。

 誰かに守ってもらう必要などないのに、そんなに弱くないのに、どうして彼らを連れているのか。

 サファイアは気まぐれだと思っていたが、最近違うと気づいた。

 自分を守ってくれる存在。兄の残滓を感じたかったのかもしれない、と。

 本物が下にいる。

 フィーティを抱きながら、サファイアは兄を見る。

「ボクを守ってくれるって約束がまだ無効じゃないって、証明してくださいよ……」




何週か前に更新出来なかった分の補填的な更新です。

みなさまのおかげで総合評価45000ポイント突破しました! ありがとうございます!

また、ピクシブコミックでも漫画版連載開始されました。こちらも無料で読めます!

(同じ作品が、色んなところで読めるという形です)

4/5で連載三年目ということで、恒例(?)の六話更新できればと思います。

ぼちぼち新しい作品も書ければなと思いつつ、連載中の二作もしっかり更新していきますので

引き続き応援よろしくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
i433752

◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
i601647

↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
i594161


◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


共に連載中
応援していただけると嬉しいです……!
cont_access.php?citi_cont_id=491057629&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ