278◇耀く者
《導き手》オズの身体はとても小さい。五歳程の童女にしか見えまい。
身の丈程に伸びた白い髪は波打ち、赤い瞳は眼下の戦場へと向けられている。
空に立つ大魔法使いの手には短躯を大きく超える杖が握られている。
オズの出身世界では、魔法使いとしての成長限界に達した時に身体的成長も止まる。
成長限界とはいっても人それぞれ。三流のまま身体的成長が止まる者もいれば、オズのように齢五つにして天才と呼ばれる者もいた。
魔術国家エルソドシャラルに転生したオズは、そのまま定住を決める。
魔法使いの為の国。役割分担はあれど、非才の者に才ある者が不当に利用されることのない国。
その平穏を崩す者達がいた。アークスバオナだ。
多くの魔法使いが命を落とし、国土は削られた。
連合からの援軍がなければ、オズも命を落としていたかもしれない。恩に報いる、借りを返す。そういう考えがないではないが、エルソドシャラルが連合に協力するのはより切実な想いによるもの。
争いを終わらせる為。
『黒白』とでも言おうか、黒と白の混じり合った魔力によって魔獣が次々と連合側につくのが見えた。
駆けつけざまに隣の疑似英雄が敵軍の魔獣を焼き払ったこともあり、こちらの方がやや優勢か。
そんな疑似英雄、『耀の継承者』プラスは目を見張っていた。
『黒白』の英雄規格にではない。
「そんな……まさか」
プラスの声。
本人など見たことがない。だがこの魔力反応。現代人には必須のコンタクトグラスデバイスを着用
していないことによって筒抜けのステータスを見るに――本物。
古の色彩属性保持者が、『黒』を除き勢揃いしていた。
「なんてことを……! ドンアウレリアヌス卿を……英雄を愚弄するとは、許せない……ッ!」
義憤に身体を震わせる疑似英雄を横目に、オズは考える。
――さて、ここで我らがすべきことは。
プラスのように怒りを露わにすることこそしないが、オズとて不愉快には思っている。
そもそもあれは『死』――『紫紺』だろう。オズ達からすれば経験済み。既に同胞の多くを殺され、屍を利用されている。プラスを含む援軍によって同胞の亡骸を取り戻すことが出来たが、過去と呼ぶにはあまりに最近の出来事。こうもすぐに再度目にするとは思わなんだが、二度目だからこそ冷静でいられるという部分はある。
プラスが取り乱すのは彼女にとって自国の英雄である『霹靂の英雄』を利用されていることと、自らの祖先を利用されていることが大きな理由か。
本来の遣い手である孤軍連隊ことリリスはいないようだから吸血鬼による再現だろう。
吸血鬼による再現は色彩属性にも及ぶが、おそらく完全ではない。サンプルが少なすぎる為に推測になるが、たとえば『紫紺』で言うなら屍兵の共有などは出来ないのだろう。
『リリス』という個人に与えられた固有神託権をそのまま再現出来るなら、屍兵を保存していた『紫紺』内の空間は共有になると推測出来る。
その場合、リリスが先の戦いで色彩属性保持者を使用しなかったこと、現在敵がリリスの屍兵を利用しないのは不自然だ。
――吸血鬼を潰す……いや、敵もそれを理解して引き気味に戦っている。相対するは連合の吸血鬼か。『黒』を再現して健闘しているが、殺し切るには一歩届いていない。
だとすれば、真っ先に対処すべきは――。
「オズ殿、ご助力願いたく」
理由はオズとは違うだろうが、二人は同じ答えに辿り着いた。
激情を即座に抑えたのは見事というべきか。
一応、確認する。
「どちらを?」
プラスは無才の身だが、かといって魔法具を身に着けただけの弱者ではない。
クロノの弟子のような存在だというが、ガンオルゲリューズ家の令嬢というだけでその立場を得たわけではないことはオズにも分かった。
意志だ。
器とでもいおうか。英雄の器を持っている。
ただしその中を満たす能力が欠如していた。
それを努力と魔法具によって補った結果、彼女は単なる疑似英雄を越えた戦士となったのだ。
「……ローライト様を」
「よろしい」
『霹靂の英雄』も脅威だが、神話の『耀』の恐ろしいところはその規模。
世界を夜に変える規模の『闇』を晴らしたという伝説は英雄譚でも語られている。
その魔力を攻撃に使われたら、敵ごと一帯を焦土とすることも可能だろう。
ただし、容易くはない。魔法式を組むだけでも常人なら気が遠くなるほどの時間が掛かる。魔力だけあれば即発動とはいかない。
大魔法とはそういうもの。
彼女に縁がある二人の内、先祖を選んだ理由は何か。
オズは準備していた魔法式を展開しながら問う。
「貴家を貴族とした祖であろう、迷いはないか」
彼女は静かに語る。
「……この世に貴い生まれなどはないと、私は考えます。貴い行いの積み重ねをこそ貴族というのだと」
貴い一族などではなく。
貴い行いを続けてきた血族。
「彼女の子孫として、私は英雄として在りたい。貴い彼女の魂を、穢させはしない」
口調が変わっているあたり平常心ではないことが分かるが、乱れているというより集中力が高められているのが理由か。
彼女の先祖は彼女と同じく星を鏤めたような黄金の髪をしている。
だがその瞳にあっただろう星の如き煌めきは失われ、空ろだ。
心なき屍だろうと、ローライト=ガンオルゲリューズが守った後世の人間を、彼女自身の手で殺させることなど出来ない。
そういう思いがプラスにはあるのだ。
「手を貸そう。貴き英雄よ」
杖を突き下ろす。
嵌っている宝石と常の周囲を浮遊している宝石が僅かに輝き、そして――。
局所的に霧が生じた。
『耀』対策だ。
「死者とはいえ神話英雄、長くは保つまい」
「感謝するであります」
口調が戻った。だが集中は途切れていない。
その声がオズの耳に届く頃には、彼女は霧の中に消えていた。
オズは自分の周囲に控える数名の魔法使いに指示する。
プラスに続き部下たちも霧の中に突入した。
溜めていた魔力がぐっと減ったが、仕方あるまい。
――その他の屍に関しても既に対応者が決定された様子。あまりに迅速な動きは、英雄規格ということを考慮しても驚嘆に値する。
魔獣に関しても適任者がいる。
今後も牽制として空中に立つか、吸血鬼に協力するか。
オズは同盟者として考える。
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