276◇悠久を越え再び開かれるは終末への道
「やっぱり賢いなぁ。『黒』持ちは生き伸びる術を見つけ出すのが上手い」
「ふざけんな、アルマ……テメェが乗せられたんだろうが」
感心するようなアルマに、怒りを隠さないマイ。
「いやいや、それも込みでの話さ。まぁ、付け入る隙を晒したのは僕の失態だな。済まない」
「追えよ……ッ!」
「いや、追いつけないよ。『空間』だ。大分あの御方に気に入られているらしい」
「クソッ! じゃあオレに消えろってかッッ!!」
悪魔は宿主と契約することによって顕現を維持する。人間の肉体を介することで、悪魔という存在を形象化するのだ。単体では『存在』出来ない。
悪魔は死なない。生き物ではないから。
悪魔は滅びない。形あるモノではないから。
だが、悪魔は消える。人を渡り続けることが出来なければ、幾つもの人間の『魂』に取り憑いたことによって得た人格が途絶える。
マイが司る悪も魔も滅びない。天成罪形は特別だ。だが、今のマイを構成する記憶や人格は失われる。次のマイは、目の前のマイと同質だが同一ではない。
人間を器とする弊害か、悪魔も自己の消失への忌避感がある。
「……これ、あげる」
ベルが死にかけの少年を引きずってきた。
『耀』の遣い手だ。
「マイが、使って。私に合った器じゃないし……」
「……いいのかよ、ベル。テメェも限界が近いだろうが」
「貴方ほどじゃない。早くしないと、死んじゃうよ」
マイの身体は上半身が不完全な形で残っているだけ。ベルはまだ両手足が残っている。
「……テメェの器はオレが絶対に見つけてやるよ」
「そう」
ベルがマイの傍らに『耀』の遣い手を置いた。
「……生憎と、望みなんてないデスから」
今にも息絶えそうな少年が、勝ち誇ったように笑っている。
「オレと相性の悪い人間なんていねぇ。誰もが分不相応な願いを抱くもんだからな」
マイが少年の首を掴む。
「確かに死の覚悟を決めてるみてぇだな。だがテメェは奴を逃した。希望を、望みを託した。その必要はねぇよ。テメェ自身で叶えりゃいい。『仲間達が笑って暮らせる世界』ね。その為なら何人殺してもいいってか! 誰に苦しみを強いてもいいわけか。欲深い奴だ、気に入ったぜ!」
他者を害することさえ良しとする望み、欲。
アークレアではそれを以って――強欲という。
彼が司る、罪の名だ。
マイの身体が震え、灰となって消える。
代わりに、『耀』の遣い手がマイとなった。
「喋り方は気に入らないデスけど」
悪魔の口調は器に大きく影響される。無視も出来るが、どうにも気持ち悪いのだ。だから基本的に、宿主に合わせたものになる。
「でもマイマイってあだ名の似合う感じになったよ。それともアヴィくんの方がいいかな?」
「どっちもイヤデス」
マリアに『治癒』を施されたマイが立ち上がる。
「じゃあ、ボクはベルの器を探しマス。アルマはだんちょを追って下さい」
「グレグリさんだね」
「……結局彼の名前はグレグリでいいのかな?」
「ぐれあぐりっふぇん、だって」
グレアグリッフェン。
「グレア……でいいか、長いものな」
「でも変だな。グレグリさんが逃げた方向、帝都の方っていうより……」
「あの御方の許へ参じる方が先ではないのかな?」
「うぅん、なんか特別な閉じ込め方をしてるみたい。知ってるのグレグリさんだけっぽいんだよねぇ。いや……多分陛下もご存知なのかな」
「皇帝?」
「うん」
「それは帝都にいるんだろう」
「うん」
「ならそちらに向かう方が確実だ。グレアが忠義に厚い男なら、放っておいても向こうからやってくるさ」
「グレグリさんは来ると思うよ。ただどこに行ったかが気になるかな」
「生き延びる術を探しているんだろう」
「『黒』らしく?」
「そう、『黒』持ちらしくね。マイが彼を欲しがる気持ちは分かるけど、まずはあの御方だ。皇帝を押さえよう」
「……デスね」
「他のみんなはどうしてるかなぁ」
「それぞれが己に合った器を探しているんじゃないか」
「マリアさん、その子のことベルにあげたらどうデス?」
イオのことだろう。
まだ猶予はあるが、ベルの身体も長くは保つまい。
「え~、イオちゃんを使い捨てにするなんて絶対ダメだよ」
幼子がぬいぐるみにでもするように、マリアがイオに抱きつく。
「次の器までの繋ぎにはなるでしょう」
「だから、それがイヤなのッ!」
「……平気。それに洗脳済みは避けたい」
「『精神』が壊れているものな、僕でも入るのは躊躇うよ」
悪魔はどうしても器となった人間の精神に強く影響を受ける。廃人同然の人間と無理に契約するのは好ましくない。
「イオちゃんは壊れてないよ! ちょっと調整しただけだもんっ!」
頬を膨らませるマリアに反応する者は無し。
「我が子との再会は後にとっておくとして。まずは我らが神を解き放たねばね」
「ボクとベルは、後から行きマス」
「あぁ。マリアはついてきてくれるかな」
「七征がいる方が何かと楽だもんね。陛下との謁見も許される立場だし」
「……道中、知識の共有も頼んだ方がよさそうだね」
七征なる語も初めて聞いた。千年で起きた変化も知りたい。
「あ、そっか。そうだね」
アルマ以外の十体の悪魔は、各々強力な聖者の身体を乗っ取ることだろう。
『耀の英雄』と『黄の英雄』は手に入れた。
残り八人、世界を護る為の英雄は悪魔となる。
そして人類が悪神と呼ぶ神と自分達によって、今度こそこの世界は一度終わりを迎えるのだ。
――叶うなら、今度は我が子と敵対したくはないのだけど。
この時のアルマには知る由もないが、彼の願いはある意味で叶い、ある意味で叶わない。
「よし、僕らの悪で世界を滅ぼすとしようか」
黒野幸助は、エルマーがついぞ殺すことも救うことも出来なかった悪魔の存在を、まだ知らない。




