28◇英雄、激突ス
入った時の印象は『長い』だった。
講堂を、より長方形に広げた形を想像すれば、わかりやすい。
無論、内装は比べようもなく華美で優雅なものだ。
大理石なのかはわからないが、少なくとも光沢はそれを思わせる床材。
真紅の絨毯が空間の中央を、端から端まで占めている。
なんとなく、学校の入卒業式を思わせる形だ。
その絨毯で、人が二分されている。
片側は、ドレスやスーツに身を包んだ、“戦わない貴族・有権者”。
もう片側は、軍服風の礼服を着込んだ“戦う貴族・上位軍人”。
軍人と貴族の不仲は、この世界にも言えることらしかった。
それでも同じ会場に集まることくらいは、許容し合える仲、ともいえる。
料理が載せられたテーブルが、絨毯を侵さないように配置されている。
入り口の反対側の端、そちらは壇が作られている。
おそらくあそこで、第三王女に何かしら儀礼的なことをされるのだろう。
それよりも、幸助は気になったことがあった。
入場した瞬間、大勢からの視線が一挙集中したこともそうだが、それよりもだ。
「……おいプラス。なんで誰も、黒い服を着てないんだ」
黒が、一番無難な色ではないのか。
ドレスはまだわかる。
バリエーションが豊かなのも頷ける。
しかし男まで、白や蒼、明るめの紺などを選んで着ているのは、少し妙だ。
「……あぁ、貴君が『黒の英雄』と力を同じくしているということで、本日のドレスコードに定められておるのです、何人[なんぴと]も黒を纏ってはならぬ、と」
……まるで意味が分からなかった。
嫌がらせか何かだろうか?
皆が上履きを履いている中、自分一人来客用のスリッパで誤魔化している時のような疎外感だ。
いや、その比ではない。
なにせ、皆の興味が自分に向いている。
「どうすればいい、俺、持ちネタとか特に無いんだけど」
「『黒』をお見せすればよろしいのでは?」
そのくらいのサービス精神は見せてもいいのだろうか。
精神汚染値も大分下がったことであるし、セミサイコパスが発動するような状況でもない。
冷静になって考えてみれば、【黒迯夜】を使わない限り、精神汚染は進行しない筈だ。
【呪い】『罪咎の業』の所為で、ひとたび汚染が始まればその進行率は通常よりも加速するが、そもそも汚染が始まらねばいいだけの話。
幸助は考えを纏め、それから魔法を発動した。
「『黒』き力の一端、お見せしましょう」
芝居がかった口調で言いながら、歩き出す。
まず、【黒葬】によって、絨毯を数秒で漆黒に染める。
歓声が上がった。
己の領域となった黒から、とっておいたドラグニクの湾刀を百本、天井へ向かって射出。
【黒纏】にて黒き直剣を生み出し、高速で剣戟を繰り出し続ける。
そこから衝撃波状の【黒喰】が発せられ、瞬く間に湾刀の全てを呑み込んだ。
どれ一本として地に落ちることなく、再び黒に呑み込まれる。
「このように、要らぬ武器が余っております。御入り用の方がいらっしゃればお声がけください。幾本でも、お譲り致しますよ」
ドッ、と構内が沸いた。
手を振ったり、笑みを返したりしながら、内心ホッとする。
ぱちぱちと、プラスが気のない拍手をする。
「多芸なことで」
「僻むなよ」
「無理な話です」
「まぁ、上昇志向を失ってないなら、それもありか」
絨毯の『黒』も消す。
すると、そこに一人の青年が足を踏み出した。
周囲がざわめく。
周りが近づいてこなかったことからも、基本的に踏んではならないのだろう。
おそらく、幸助と、第三王女以外は。
プラスは、案内役だから今の所許されているだけで、もう退いた方がいいのかもしれない。
全て予想だが。
「素晴らしい! その偉大なる力が我が国へもたらされたこと、まったく僥倖と言わざるを得ない!」
手を鳴らしながら近づいてくるのは、細身の青年だ。
夕焼けのような色合いの髪は短く、瞳は太陽を押し込めたように輝いている。
服装自体は幸助とほぼ同じだが、色が髪色と同じく夕暮れ色だ。
「なんだあいつ」
プラスを見ると、物凄く嫌なものを見る目を向けていた。
「現代の七英雄の一角です。来訪者で、『暁の英雄』と呼ばれています」
「暁?」
「『火』と『光』の複合属性で、別名を光熱魔法。その規模は、『燿の英雄』に匹敵すると……言われています」
なるほど、プラスが苦手意識を持つわけだ。
自分の理想を、ごっそり体現する、他人なのだから。
「お初にお目にかかる、『黒の英雄』殿! 私はストライク・ストラノス=キルパロミデスという者だ。ダルトラ軍にて将軍を務める来訪者であり、貴殿と同じく英雄と認められている! よければ親しみを込めてライクと呼んでくれ!」
「将軍? あんたどう見積もっても、二十代後半ってとこだろ」
十八歳と言われても、通じるくらいの若々しさである。
「あぁ、二十七だ。そういう貴殿は、十三、程か?」
「いや確かに、日本人は若く見られる民族だけどな……。十八だ」
「なんと! これは失礼した。いやはや、まだ若いのに素晴らしい功績だ! それも、来訪初日に、単身で魔法具持ちを撃破するなど、まさしく前代未聞、驚天動地の出来事である!」
どうでもいいが、声がやたら大きいので、構内に響き渡っている。
プラスが耳打ちした。
「彼は来訪者ですが、一代限りではあるものの、貴族階級を得ています。将軍でありながら兵は持たず、単身戦場へ赴いては敵を影一つ残さず“蒸発”させる戦いぶりは、憧憬よりも恐怖を掻き立てており、軍部での評判もよろしくありません。なにせ、獲得する敵領土が焦土なのですから」
なるほど、強すぎるが、国益という面では欠点もある駒、というわけか。
「一つ、試してみたいことがあるのだが、いいかね、『黒の英雄』殿」
「クロでいいよ。面倒くさいだろ、一々英雄とか付けんの」
「ではクロ! 君の魔法で、我が灼光を呑み込むことは出来るのかね!?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「…………おいプラス、もしかしてあいつ、馬鹿だったりするか?」
「それも、とびきりプライドが高く、かつそれに見合った力を備えた馬鹿、であります。彼が初めて魔法具持ちを撃破したのは来訪から四日目、守護者討伐は、七日目だったと言われており、その記録はここ十年、破られていませんでした」
それを、ポッと出の新英雄が破ってしまった。
だから、どちらが上か、改めて知らしめたいのだろう。
ヤンキーみたいな奴だ、と幸助は思った。
「悪いけど、あんたのプライドを満たす道具じゃないんだ、俺は」
「先程までの威勢はどうしたクロ! もはや、怖気づいたとでも!?」
なるほど、大きな声を出したのもそれか。
幸助が勝負を受ければ、勝てると思っている。
受けなくても、周りは幸助が勝負から逃げた、つまりライクの方が上だと思う。
「じゃあ、怖いんで辞退します。これでよろしいか? 『暁の英雄』殿。新人をそんなに苛めないでくれよ。大人げないぜ? オッサン手前のくせして、さ」
ライクから、表情が抜け落ちる。
幸助は無視して、軍人の集まっている方を見た。
レイス辺りが来ていたら、暇つぶしに付き合ってもらおうと思ったのだ。
「…………なぁ、クロ。貴殿は、森の神殿に現れた、相違ないか?」
「あぁ、そうだけど?」
「では、案内人は、シロか」
「……知ってんのか」
「知ってるも何も、私が転生した時、既にいたからな。その時は、奴の母親が案内人をやっていたよ。まぁ、私の攻略に付き合った日に、死んだがね」
幸助の意識が、再びライクへ向く。
それを確認して、ライクは笑みを取り戻した。
先程までとは打って変わって、潜めた声で続ける。
「『母さんを返して』とうるさかったから、少し小突いたら客の連中が怒りだしてね。マスター含めた全員を、少し教育してやったら出禁だと言われた。以来私は一人寂しく攻略者をやり、やがて軍へ降った。貴殿はどうだ? あのやかましいガキ、不愉快だったろう?」
「…………お前、むかつくよ」
「最初の攻略、ついて来たかい? 私の時も奴の母がね、要らないというのに付いて来てたものだから、魔法具持ちが現れた時、喰われるのを眺めてやったんだ。その時に魔法具持ちの動きを記憶し、それを活かして、四日目という速度での討伐を果たした。貴殿はどうやった? 上手く使ったか? それとも、まさか、慣れ合いに興じたのではあるまいな?」
「なぁ、クソ野郎。何が言いたいんだ?」
ライクは再び、声量を上げた。
「いやぁ! すまなんだ、クロ! レベル56の私が、まだ10にも届いていない貴殿に勝負を挑むなど、少々不躾が過ぎたな! いつか、また時が来るまで待つことにしよう」
なるほど、虚仮にされた分、幸助を嫌な気分にさせたかっただけか。
だから、さっき言ったことも、嘘かもしれない。
たちの悪い、冗談かもしれない。
「なぁ、一つだけいいか?」
「あぁ、なんなりと?」
「お前がシロを殴ったってのは、本当か?」
「殴ったなんて失敬な。少し躾けただけだよ。本人は鼻血を噴いて、無様に転んだがね」
セミサイコパスの発動を抑えることが出来たのは、奇跡に近い。
他ならぬシロとエコナがそれを望まないと強く思っていなかったら、危なかった。
「……クロ殿、お気持ちは察するに余りありますが、どうかお控えください。じきに王女が参ります故」
「その前に終わらせるよ。お前もちょっと下がってろ」
こちらに背中を向けたライクに、声を掛ける。
「ライク将軍、その催し、やはりお受けしましょう。先程のパフォーマンス程度では、わたくしの実力を皆様に認めていただくに、少々足りないと思い直しました」
ニヤりと、あくどい笑みを浮かべる奴に、言う。
「それに、よく考えればお断りする理由が無い。ご存知ですか、『黒の英雄』はかつて、神の不倶戴天の敵である悪神の一部を喰らったのです。我が魔法は、神をも喰らう! ところでライク殿! 『暁の英雄』はかつて何をしたのでしょうか! あぁ失礼! アークレア神話にそんな名前の英雄は登場しないのでしたね! はて、『暁』魔法などという誰でも再現できそうなものを、誰も使えなかったとは考えられませぬ。となるとつまり、『いたけど弱かった』のでしょうか! はは! いや失敬、大事なのは今ですね。お見せください、神話に名を刻むことも出来なかった、その強大な力を」
「…………死んだぞ、貴様」
「ほざけクズ。てめぇこそ、鼻血じゃ済まさねぇからな」
対峙する。
プラスが諦めるように、下がった。
ライクから殺気が迸った。
同時に、熱を伴う光が、奴から放たれる。
「我が灼光を前に、跡形も無く消えろ」
「それ決め台詞? イタいよおじさん」
「不遜なる者に、必滅の輝きを――【暁光[ぎょうこう]】」
まさしく人でも殺しそうな目のライクに、幸助は微笑み掛けた。
「むかつくおじさんに、ボコボコの刑を――【黒纏】」
英雄同士が、激突する。