268◇死なない双子の秘密2
シンラとメトレは死なない。
更に言えば、二人は双子ではない。
より正確には、三つ子だった。
そして、それこそが三人の不死の秘密。
物心ついた時には、三人は命を共有していた。それが人為的なものかは分からないが、周囲に三人と同じ力を持つ者はいなかった。
誰か一人が傷ついても大丈夫。残り二人がいれば、その傷はすぐに癒える。
誰か二人が死んでも大丈夫。残り一人がいれば、その死は無かったことになる。
というより、死に相当するダメージを負っても大丈夫というべきだ。
死んでいるわけではない。意識の断絶はない。ドロドロベタベタの液体になっている間も意識はある。先程シンラが兵士の気管に入ったのも意識的なものだ。
切り離された肉体は粘液化するが、残る二人の誰かと繋がっていれば別だ。身体を斜めに裂かれた時、残った半身はメトレと手を繋いでいた。だから足はそのまま動いた。
三人を殺す方法は一つ。
全員を同時に殺すこと。三人同時に死に至る損傷を与えること。
それ以外では、死なない。
蘇生には魔力を消費する為、殺し続ければ死ぬと考える者もいるだろう。
だが、魔力は三人の内誰かのものでいい。お留守番役が持つ宝具の効果は『魔力の保存』。英雄を拝命して以後、三人は注げるだけの魔力を注ぎ、集められるだけの魔力を集めた。旅団の仲間達も喜んで協力してくれた。
だから、死なない。
三人は、名前を二つしか持っていない。シンラとメトレ。この二つを順番に使っている。
一人が留守番していれば、戦場で死ぬ可能性は限りなく低くなる。けれど常に一人が留守番役では可哀想だし、つまらない。三人はそれぞれがシンラであり、メトレであり、お留守番役である。その違いを見分けることは仲間にも出来まい。口調も髪型も目許さえ、双子役を演じた際の二人を見分ける為に三人が用意したものでしかない。
変える度に三人は記憶を共有する。命だけでなく、人生をも共有しているのだ。
『双生の英雄』という銘すらも、無意識の内に三人目を除外させる為のもの。二人を同時に殺せばと考える者はいる。だが実行しても二人は死なない。その結果を受けて、あぁこの双子は不死なのだと錯覚してくれる。
シンラとメトレは今日も手を繋いで、くるくるその場で回る。
言われた通りに、英雄を引きつけ、その戦力と魔力を無駄遣いさせる。
今日もそうやって、いつも通り笑顔で生き残る――筈だった。
◇
「ミアちょんって……まぁいいけど。いくかんね、フィオっち」
フィオのあだ名のセンスは独特だ。不快に思われないだけの不思議な雰囲気を、フィオは纏っている。のほほんとしているというか、まぁこんな可愛い生き物が笑っているのだし細かいことはいいかぁと思わせる魅力があった。
「うんっ、準備かんりょーだよ……!」
敬礼っぽいポーズで応えるフィオ。ふんす、と鼻息が荒いあたり、彼女なりに気合が入っているのだろう。
『穿孔の英雄』ミアと『神速の英雄』フィオは戦い方こそ違うが、戦いに際して選んだ最も重要なものは一致していた。
すなわち、速さだ。
先日、初対面のクロに対応されてちょっぴり、ほんのちょっぴり、やっぱかなり凹んだミアだが、自身の技への信頼は揺らがない。
ミアの槍は、一瞬で完結する。構えて、突いて、引く。その内、後ろ二つは不要。
構えた時には完了している突きは、彼我の距離にもよるが最大で一秒に五回は連発可能。
更には間合いさえ無視して遠くの敵にまで届かせることが出来た。
多くの敵はそのからくりに気づくことなく身体に穴をこさえ、倒れる。
突きの鋭さは『貫通』で強化、『延伸』と『減縮』によって一瞬で伸び縮みする槍は『突いて引く』という動作を短縮、『囲繞』によって魔法の痕跡を隠し、速さに反応するレベルの敵に対しては穂先を『歪曲』させることで『予想する軌道』とのズレを瞬間的に生み出し対応。
複数の属性を組み合わせた魔法はそれだけ扱いが難しい。
『水』と『風』を組み合わせた『氷』属性魔法でさえ、ほとんどの現地人には使えまい。転生者でも出来ない者の方が多いだろう。
それだけに、ミアはオーレリアを深く尊敬していた。
色彩属性と概念属性を除くあらゆる属性を統べる、『統御の英雄』。彼女のようになりたかった。
だから、不死ごときに負けるわけにはいかない。
「確かめさせてもらうよ」
構える。
「――うっ?」
「――おっ?」
繋がれていた二人の手に一瞬で三回の突きが放たれ、ズタズタになった肉片が飛び散る。
手は当然、離れた。
血は流れず、肉片は粘液化。
それぞれ主のもとに這って戻る。
――再生に魔力を感知。プラナっちの予想通り。これなら!
双子はミアとフィオの狙いに気付いたのか、追撃を拒むように『土』壁を創造。
瞬間、土埃が舞った。
フィオが風の如く駆け、壁を蹴り壊したのだ。
その間にミアの方も準備を済ませていた。
――魔封石による無力化。
魔封石が肌に触れていると、魔力の発露が出来なくなる。意識せずとも発動するスキルだろうと、必要な魔力を引き出せないのであれば不発に終わる。
だが、こんなものは全ての魔法使いの弱点。
この二人の場合は更に成功の見込みが薄くなる。
たとえば片方に魔封石製の手錠を嵌めたとしよう。普通なら魔法が使えなくなる。これがあるから魔法使いの囚人を牢に閉じ込めておけるのだ。
だが、双子は常に行動を共にしている。だから、片方だけに魔封石を触れさせても該当部位を切り落とせばいい。手枷なら両手首を切り落とせば外れるし、再生はすぐだ。
だから、同時でなければならない。
同時に魔封石に触れさせ、また互いにフォロー出来ない位置まで引き離さねばならない。
「メトレ!」
「シンラ!」
どちらがどちらだか、ミアにはいまいちよく分からない。
だがとにかく、片方をフィオが連れ去った。傍目には消えたようにしか思えない神速。
そして同時に片方の胸を、ミアの槍が貫いていた。
穂先は魔封石製に変えてある。直接触れていないが故にミアには影響がなく、胸の中に差し込まれた双子の片割れのみその影響を受ける。
粘液化することなく、その胸に赤が滲んだ。
ミアはそのまま『減縮』を発動。ただし槍を抜く為ではない。穂先の側に、自分の身体を移動させる為。
クロに負けた時の逆。引き寄せられるのではなく、自分から近づいた。
手袋を嵌め、素早く魔封石製の手錠を掛けた。
「ミアちょーん」
フィオが童女を脇に抱えながら戻ってくる。向こうも成功したらしい。
「初めて逢ったミアにも対応する『黒の英雄』の戦場に、一度目と変わらずやってきたきみたちがだめだったね」
まだ状況がよく呑み込めていないのだろう、童女からの答えはなかった。




