264◇睡魔と醒覚
色彩属性『銀灰』。司るは『振幅』。可能性という幅の中で、百とゼロを除く好きな数字を選ぶことの出来る魔術属性。
マステマヴォイス=フェルドノートは強者との戦いを望んでいた。
戦い、勝つことこそを望んでいた。どちらも重要なのだ。敵は強くなければ面白くない。蟻を踏み潰して笑える者もいるが、マステマからすれば論外。
己の命にまで迫る刃を躱し、敵を打倒する。圧倒的ではつまらない。ギリギリが欲しい。もちろん、勝たなければ意味がない。だがそんな敵は滅多に現れない。
マステマはかつて一度、『暗の英雄』グレアグリッフェンに破れた。過去生で毒殺された時以来の屈辱。再戦を断られたことでそれを晴らす機会も失われた。
元よりあの男は同胞と争うことを望まない。
アークスバオナ側につく限りグレアがマステマ相手に本気で戦うことはないだろう。
殺す気で攻撃すれば戦いになると思ったが、実際に行動したところ奴は動かなかった。無抵抗の人形を殺したいわけではない。
だからといって連合側につこうとは思わなかった。まだ見ぬ強敵を倒し、研ぎ澄まされた刃で再びグレアに挑む。それがマステマの、当面の目的。
だが、『黒の英雄』クロノがグレアを倒してしまった。
自分が勝てなかった男に、勝った男。
それが同じ戦場にいるのだ。
戦妖精パルフェンディも、剣技を極めたトウマも、退屈を紛らわせる強者ではあった。
だが自分が望むのはもっと苛烈で、激烈で、強烈な、微睡む暇もない程の敵意のぶつかり合い。
正義、未来、愛する者――くだらない。
今その瞬間以外に思考が及ぶような戦いではだめなのだ。
「なぁ、アキハ。時間の無駄だ」
マステマは何も人殺しが好きなわけではない。互いに全力で敵意をぶつけ合って戦えば、勝敗の決したのちに片側が死体になることもあるだろう。それは仕方のないことだ。だが生き残ったならばそれは良いことだ。また強者として自分の前に立ちはだかるかもしれない。それは歓迎すべきことだろう。退屈しのぎはあって困ることはないのだから。
十士五劔といったか、おそらく優秀な戦士の集団か称号なのだろうが、有資格者の集まりというわけではなさそうだ。
『風』を冠するトウマは有資格者だが、アキハは違う。
濡羽色の長髪を馬の尾のように結った、男装の少女。構える美しき曲刀はなんといったか――ゴーストシミター。確かそんな武器だった筈だ。
「それを決めるのは貴方じゃあない。結果だ」
「あぁ、結果が見えてるから言ってんだ」
「その眠た気な目は、余程の節穴らしいね」
「……ほざけ」
舌戦には興味がない。
そして戦闘ではマステマの勝ちが見えていた。
アキハの剣技は実に素晴らしかった。
おそらくあらゆる異界を見回しても、彼程に卓越した剣の腕を誇る凡才はいないだろう。天禀なくしてこの領域まで己を鍛え上げることが出来るのか。
正直、驚いた。
剣を振る時に、『辿ることの出来た軌跡』を同時に選びとることが出来る。一度の斬撃が複数生じる。魔法ではない。当然、スキルの枠に収まる技能でもない。
人と異なる、能力。異能とでも呼ぶべきもの。
色彩属性保持者とは異なった理屈で、神に特別扱いされた者。
最初からアキハと戦っていればマステマももう少し楽しめたかもしれない。
だがマステマは一度トウマと戦った。アキハの弟子だったのだろう、動きが似通っていた。
マステマとて有資格者。その学習能力は常人の比ではない。どんな剣技だろうと、目が慣れればやりようは幾らでもある。
彼女の技は剣技に限定されるようだった。トウマとの戦いで予想していたことではあったが、魔法に適用することは出来ないのだ。可能ならば実行している筈。
ならばもう、剣の間合いに入らず遠間から風刃で削れば終わる。
それに対しアキハは懸命に抗っていた。風刃の全てを弾き、断ち切り、受け流す。撃ち漏らしが何度己の身体を掠め、裂こうとも。
――眠ぃことになってきたな。
マステマはアキハの目的を理解していた。自分を排除するなどと宣っておきながら、結局は時間稼ぎ。転生者でさえない人間が有資格者を抑える。なるほど素晴らしいことだ。
両者で戦いに求めるものがズレてしまった。
目の前の敵を倒す。それだけでいいのに。それだけがいいのに。その単純さことが求めるものだというのに。
いつもこうだ。こちらの勝利が確定的になると、せめて一矢報いようとか、仲間を逃がす時間を稼ごうとか、助けが来るまで保たせようとか、逃げる隙きを作れないかとか、くだらない思考が行動に滲み出る。
まったく不愉快で、興ざめだ。
彼が到達した武の極致は称賛に値するものだ。
ただ、マステマに勝てる程ではなかったというだけ。
「もう勝ったつもりかな」
「底は見えた」
「幻覚だろう」
「終いだ」
距離をとっての攻撃では反応されてしまう。圧倒的な魔力量で以って圧倒することも可能だが、そんなものは魔力の無駄遣い。彼女の間合いに入って得物を折りでもすればもう何も出来まい。時間稼ぎに応じてやる理由はない。
さっさと終わらせてクロノの許へ向かう。
空気の壁を纏って彼女に迫る。最低限の魔力で斬撃への対策を講じたのだ。
アキハは、マステマが先行させた風刃への対処。
それが済んだのと、眼前へ接近したのは同時。
「まぁまぁだったぜ」
風刃で彼のゴーストシミターを断ち切り、終わる。
――筈だった。
「見誤ったね」
アキハは微動だにしなかった。
ただ得物を正面に構えていただけだった。
だというのに。
九つの斬撃が刹那を走り、その一つがマステマの首を裂いた。
「――ッ!?」
血煙が舞う。
幸いなことに、首は断たれてはいなかった。
マステマが生きていた理由をなんと説明すればいいか。殺気を感じた? あるいは戦闘勘か。無意識に飛び退っていた。それがなければ頭部と胴体は分かたれていただろう。脳だけは魔法を発動出来ない。マステマはまず間違いなく死んでいた。言葉で説明出来ない何かが命を繋いだ。
アキハの表情が歪む。
この一手で終わりとするつもりだったのだろう。
トウマと同じ戦い方にこだわることで、マステマに自分の実力を誤認させたのだ。単に上位互換なのだと。技の冴えは素晴らしいが、種が割れれば恐るるに足りぬと。そう思わせた。
実際マステマは彼の底を知った気になり、事を急いた。
まんまとアキハの策に嵌ったわけだ。
そしてアキハは勝つ筈だった。マステマが何かを感じとらなければ。
首の傷に『治癒』を施しながら、マステマは歓喜と恐怖に震えていた。
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コミックライドさんにて一挙二話掲載ですので是非……!
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