27◇英雄、到着ス
神話と現実を、どこまで繋げるか。
例えば、この世界を神が作ったと本気で信じるかは別として、魔物は実際にいる。
悪領に、半ば封印に近い形で。
人間と魔物の大戦があったのも、おそらく事実。
その当時から来訪者の転生先である神殿があったなら、英雄も実在したと考えられる。
確かに、以前話を聞いた歴史家は、『暗の英雄』が何処で没したかの記述は何処にもないと言っていた。
それはつまり、記述がある英雄も、いるということだ。
人間を勝利に導き、その後で愛する者との間に子を為す者も、それはいただろう。
「『燿の英雄』って、確か『光』属性の魔法を使うんだよな」
そのあまりに無比なる威力に、特別に『燿』属性と呼ぶことを神に許されたのだと聞いた。
だがまぁ、それは本人の話だ。
末裔までそうとは、限らない。
鳶が鷹を生むという言葉があるが、鷹が鷹を生むとも限らないのだ。
「えぇ。とはいえ、英雄の血族も最早名ばかり。小官が使う魔法も、来訪者に比べれば児戯に等しき威力。本家もそれを悟り、三代前に商いに手を出す始末。影では嘲弄されております。『燿の英雄の末裔が、金の輝きに眩むとは嘆かわしい』と」
スカートタイプの礼服から伸びた膝に、彼女自身の手が食い込む。
「正直、小官は貴君を、羨んでおります。その輝かしき力に、妬いております。前世でさぞ辛い目に遭われたのでしょう。ですが……、小官が日々感じる苦痛は、不幸ではないと? 何故神は、この世界で苦痛を強いられる者を、救ってくださらないのか」
『燿の英雄』は、考えただろうか。
いつか未来で、自分の末裔が、それを理由に苦しむかもしれないということを。
彼女の切実な苦衷を、幸助には癒せない。
不平不満の一切を排除出来る者なんていない。
神にだって、出来ないことなのだから、当たり前だ。
「嘆くのは簡単で、受け入れるのは難しい」
何故かは分からない。
いや、おそらく、気持ちが分かるからだろう。
幸助は誰にも語ってこなかった前世を、プラスに語った。
それは、彼女の無表情を崩す程の、効果はあった。
「俺が妹を失ったのは、十三の時だった。この世界だと成人が十五だからわかりづらいかもしれないけど、俺の元いた世界で十三歳は、ガキなんだよ。ルールに護られる代わりに、身動きがとれない。仇を殺してやりたいのに、ろくに出来ることが無い。死にたいくらい、無力だった」
「だから、小官とあなたに、違いはないと?」
「いや、違いはある。俺は、諦めなかった。目的を果たす為に、何でもした。必要があれば、脅し、奪い、傷つけ、媚び諂い、騙し、地を舐め、少しずつ目的に近づいた。笑われたり、蔑まれたりすることもあった。でも、それでも、五年続ければ、目的は果たせたよ」
「……つまり、努力すれば、夢は叶うと? そのような戯れ言を仰るつもりですか?」
「違うね。努力は必要最低限のことだ。大事なのは、見極めと、手段の選択だよ」
「見極めと、手段の選択……」
「お前にとって、一番大事なのはなんだ? 祖先の優秀さを知らしめることか?」
「なっ、侮辱しないで頂きたい! 小官は『燿の英雄』ローライト=ガンオルゲリューズが末裔、彼の者の志を継ぐ者であります! 目指すべきは臣民を守護することであり、栄誉を追い求めることなどでは断じて無い!」
「でも、お前には力が無いんだろ。無いものを欲しがれば、臣民を護れるのか」
「――……そ、れは……っ、」
「俺は、三代前だっけ? お前の曽祖父母で合ってるか? その人達が、間違ってるとは思わないよ。自分たちの現状を受け入れて、別の方法で国家に貢献しようとした。間違ってるのは、その強さを馬鹿にする者達だ。お前がそれを恥じることこそ、祖先への侮辱だよ。だって、方法を変えただけで、貴族が生んだ金は臣民の生活を豊かにするじゃないか。それは、守護と言っていい、素晴らしい行いだと、俺は思う」
「だ、だとしても……! 英雄は……象徴でもあるのですっ! そこに在るというだけで兵士を鼓舞し、民を安堵させる! その煌めきを、家名と共に継承するのが、血族の役目というものではないですか!! 小官とて、金勘定が悪逆だとは思っておりませぬ……! しかし、小官はガンオルゲリューズ家の者なのです。彼の者の煌めきを掻き消す存在であってはならない。それを受け入れるのならば、家名は捨てるべきでしょう! 名乗るからには、相応しき責務を果たさねばならぬのです! そうでなければ……そうでなければ……」
鉄仮面を剥いだ彼女は、苦悩する少女だった。
幸助は顎を撫で、車窓から除く景色に視線を転じながら、言う。
「目的はハッキリしたな。じゃあ、後は手段の選択だ」
「手段と、言われたところで……」
「例えば、魔法具はどうだ。仮にも貴族なら用意出来るだろう」
「その程度のことは、既に試しております。ですが、模造品では限度が……」
「なら、オリジナルを取ればいい」
「ばっ、馬鹿にしておるのですか!? オリジナルの魔法具回収は、それこそ王族が直接報奨を与える程の快挙なのですよ!? 小官が如き木っ端に、そのような偉業、果たせるわけもない……。わざわざ、言わせないでいただきたい……」
「なら、強い奴のパーティに入れよ」
「――な」
「土下座でもなんでもして、入れてもらえ。お前、見た目はいいんだから、身体と引き換えって手も使える。それで、いつかオリジナルの魔法具を手に入れればいい。何度か繰り返せば、お前一人が英雄に近いステータスを手に入れるのは不可能じゃない」
「そ、そのような行い――」
「なんだ? お前の目的は、やっぱり英雄の血族としての体面を護ることなんじゃないか。お前、自分が、見下してる曽祖父母に遠く及ばないカスってこと、自覚した方がいいぞ。プライドばかりで何も為せない奴を、俺の語彙では無能って言うんだけどな」
「くっ――言わせておけば……!」
「力で民を護りたいなら、力を手に入れる為にどんなことでもしろよ。それが出来ないなら、お前の目的は民を護ることなんかじゃないんだ。卑しいな、格好いい動機付けで自分を武装して、無能を誤魔化し家を蔑むなんて。これからもそうやって、誤魔化して生きるのか、お前は」
そこで、馬車が止まる。
幸助は彼女を冷めた目で見て、それから降りた。
豪奢な建造物の入り口前だ。
他にも多くの馬車や、魔動馬車が停まっており、綺羅びやかな衣装に身を包んだ者達が入り口へ向かっている。
幸助は運転席に顔を出して、青年兵士に送ってくれたことへの感謝を告げた。
それから、入り口に向かって歩き出す。
「クロ殿!」
無視して、歩き続ける。
「お待ちいただきたい!」
プラスが幸助の前に立ちはだかった。
「退け、お前の任務は終わっただろう。いや、礼装着てるから参加者でもあるのか。どちらにしろ、これ以上喋ることはない」
「小官を、貴君のパーティに入れて頂きたい!」
――……へぇ。
「俺は一人でも充分だが」
「ど、どんなことでもする!」
そう言って、彼女は土下座した。
多くの者の、視線が集まる。
彼女を知る者も、大勢いるだろう。
きっと、噂はすぐに各所へ出回る。
英雄の末裔が、新たな英雄に媚びた、と。
それを、理解できぬ彼女では、ないだろう。
「小官の――わたしの願いは! 兵士を鼓舞し、民を安堵させる存在になること! その為に出来得ることがあるというのなら、それ以外の全ては総じて些事! この想いに偽りはありませぬ!」
「じゃあ、この場で脱げって言ったら?」
「幾らでも!」
「夜の相手を務めろと言ったら?」
「小官でよければ!」
「靴を舐めろと言ったら?」
「直ちに!」
「よし、合格」
「…………クロ殿」
プラスが顔を上げる。
「もちろん、今言った要求は全部無しだ。無理やりは興味ない」
「……小官を、試したのですか?」
「は? 馬鹿にしただけだよ。そんな相手に、お前が土下座したんじゃないか」
「……手段の選択を、行ったまでであります」
彼女が拗ねるように言うので、幸助は笑った。
彼女を立ち上がらせ、礼服についた汚れを払ってやる。
「いじけてるだけの奴は好きじゃない。でも、挑戦する気概がある奴は、嫌いじゃない。手伝ってやるよ。俺の出来る範囲でな」
「……ありがたいですが、そこまでしていただく理由がありませぬ」
「じゃあ、作れよ。俺に手伝ってもらう理由を。貴族なら、恩だって売れるだろう」
彼女は、呆れるように苦笑した。
「なるほど、では、ご用命がありましたら、いつでもお申し付けください。どのようなものであろうと、我が身命を賭して、お応え致します故」
「じゃあ、取り敢えず案内してくれ。パーティって初めてで、ドキドキしてるんだ」
幸助の要求に、プラスは呆然としたのち、微笑んだ。
「仰せのままに」
周囲の視線を集めながら、二人は堂々と歩みを進めていく。




