257◇獣を駆るは黒白の
『黒白の英雄』ライムは、巨大な白狼『シロ2』の背中に乗っている。ゔぁがるゔぃんどという呼び名があるらしいが、本人ならぬ本狼が構わないというのでいいだろう。それに、シロ2の方が可愛いではないか。
『黒白』に宿るは浄化の力。悪神の手先と思われた魔物はその実悪神の力に支配された被害者でもあったのだ。ライムの力は悪神の支配を打ち破る。解放された魔物はライムに力を貸してくれる。
あちこちで血が流れ、怒号と悲鳴が飛び交い、屍が転がっていた。
少女がおとうさんと呼ぶ『黒の英雄』クロは、何度も行かなくていいと言った。ライム自身が望んでこの場にいることを選んだ。
住む場所と、食べ物と、服。
それと引き換えに、お役目を果たす。
ライムにとって、それが当たり前のこと。
クロやシロは前者だけを対価も要求せずに与えてくれた。彼らに打算が無いことがライムには分かった。その時々の感情が、少女には透けて見える。彼らは優しい人間だ。
自分が助けになれるなら、なろうと素直に思えた。
おかあさんことシロに切ってもらった髪は、白にところどころ黒をまぶしたような色合いをしている。
「最っっ悪……!」
ライムではない。女性の声だ。
しゅるしゅるしゅる、なんて音は鳴っていない。
鳴っていないが、鳴ってもよいのではないかとライムは思った。でも、鳴らないのがウリなのだろう。なにせ、その糸は目に映らない。折角見えないのだから、音なんて立てたら台無しだ。
「いいわよ、おちび!」
オーレリア。布面積の少ない服を着た少女だ。赤みを帯びた茶髪を二つに分けて結っている。
『統御の英雄』だという彼女は、沢山の魔術属性を巧みに組み合わせ操り、不可視の糸という魔法攻撃を実現。この糸、切れ味を鋭くすれば刃にもなるのだが、今は捕縛の為に使用されている。
「おちびではないです、ライムです。いえ、発育が悪いことに起因する身体の小ささをわたしの特徴と捉え、それを呼称に適用したことは分かるのですが、理解出来ることと受け入れられることは別ですし、事実であっても改めて指摘されると悲しくなります。どれくらい悲しいかというと、美味しいごはんの最後の一口を地面に落としてしまうくらい悲しいです」
「え、何っ!? 長いんですケド!?」
「確かに戦場で交わすにしては冗長だったかもしれません。どれくら長かったかというと――」
「いいから早くしてくれるっ?」
「そうしましょう」
シロ2の背から飛ぶ。ぴょーんという感じに。ふわっとしたかと思うと、ライムはオーレリアが不可視の糸で地面に縛り付けた巨大な蜘蛛のような魔獣の前体の上に着地。想像よりも硬質だった。コツコツなんて靴音がなるくらいに。
触れる。『黒白』が広がる。ライムの髪色のように、黒と白が混ざり合った魔力が蜘蛛の体表を覆うように広がっていく。
「それ、もっと早く出来たりしないわけ!」
戦場だからか、オーレリアは大声でこちらに語りかけてくる。
大蜘蛛は暴れる。いや、暴れようとする。ぐらついても不思議ではないのに、ぴくりともしない。オーレリアが身動き出来ないくらいに、それでいて肉体を傷つけぬよう拘束しているのだ。荒っぽい喋り方とは対照的に、その魔法は繊細。
「出来ますが、おとうさんに禁止されているので」
「はぁ? あ、神化の防遏ってヤツ? 馬鹿、そんなの使えなんて言わないわよ!」
なんでも、一時的に限界を越えた能力を発揮出来る代わりに、重い代償を支払うことになる魔法があるらしい。というか、ライムは既にそれを習得していた。
「ではもう少々お待ちを」
「いいケド、別に! 待つけど、待てって言うなら! ……にしても、ジャンヌってヤツ何者なのよ。これだけの魔獣を操るなんて」
同感だ。
見たところ、全ての魔獣が同じ方法で支配下に置かれているわけではないようだ。たとえば純粋に暴力によって屈服した子もいる。定期的に餌を得られることで飼われることを承諾した子もいれば、ジャンヌを同じく悪神の手の者と信じ込まされて配下に加わった子もいた。
ジャンヌは魔獣を人間と同じく『個性のある生き物』として扱い、その性格や価値観を理解した上で最も御しやすい方法を採ったのだ。恐ろしい手管だ。少なくとも、やろうと思って出来ることではない。おそらくジャンヌ以外に同じやり方で魔獣を従えられる者はアークレアにはいないだろう。
そうこう考えている内に、『浄化』が完了。大蜘蛛から殺気が消える。
「よしよし、苦しかったですね。もう大丈夫ですよ……えぇと、蜘蛛。くも。糸。そうですね、あなたの名前は『イト』です。どうですか? 気に入りましたか。そうでしょう、わたしも中々いいネーミングだと自負しています」
「どこが? アラクノギュスタでしょ。まぁ……元のよりはマシか。でもイトって」
あらくのぎゅすた、という魔物らしい。でもそれは個体名ではないし、やっぱり『イト』の方が可愛いと思う。本人ならぬ本蜘蛛も構わないというのでいいだろう。
「終わったなら、次行くわよ!」
ライムがぴょーんと飛ぶと、丁度いい位置にシロ2がきてくれて彼の背に乗ることが出来た。彼の白い毛並みを撫でると、嬉しそうに目許が緩んだ。
オーレリアはイトの身体に白黒斑模様を描いた。透明にするだけでなく、着色も可能らしい。
戦場には多くの魔獣がいる。シロ2を除く連合側の魔獣は全て白黒の斑模様が描かれているので、それによって味方だと識別可能というわけだ。
ジャンヌが魔獣を用意していると分かった瞬間、クロからそのような指示が出た。オーレリアと協力して浄化するようにと指示したのも彼だ。
ライムが頼む前から、敵の魔獣をなるべく殺さずに済む方法を考えてくれたのだ。
「……あー、もう。虫系は勘弁して、嫌いなのよ」
「イトがアイジンコーホ2さんを乗せてくれるそうですよ」
「は? 今なんて言ったの? あいじんこーほ……愛人候補!? 誰のよ! しかも候補の中でも二番目って酷くない!? 一番誰よ! いや別に聞きたくないケド! どうせクリアベディヴィア卿でしょうし! って誰があんなヤツの愛人候補よ! 失礼ねおちび! さっきの根に持ってんの!?」
言いつつ、オーレリアはイトの背甲に飛び移った。本当に虫が苦手なようで、ちょっと苦しそうな顔をした。単に苦手というより、何か嫌な記憶が蘇るのかもしれない。
ライムは戦いが始まってから気づいたのだが、『黒白』はある程度誰かに持たせることが出来る。
『浄化』の力を分け与えられるのだ。一度に多くは無理だし、手渡しでなければならず、魔力消費も激しいのだが、有用だ。
ライムは戦場を駆け巡りつつ、近くの魔獣やオーレリアに『浄化』の力を分け与えた。
「……魔獣と共闘とか、人生何があるか分からないものね」
オーレリアがサイ、トカゲ、イノシシを思わせる魔獣を一瞬で地面に縫い止めながら、ぼそりと呟いた。
彼女のおかげで、多くの兵士が食われずに済んでいる。同時に魔獣達がしたくもない殺しをせずに済んでいる。ライムだけではこうはいかない。
彼女はどうやらクロや他の仲間達が気になるようだ。時折不安そうに視線を巡らせる。
「おとうさんなら大丈夫ですよ」
「べっ、つに! 心配とかしてないんですケド!」
ライムに嘘は通じなかったりするのだが、そんな能力なくとも分かる。オーレリアの耳は赤くなっていた。
友達になった魔獣達は人を守り、魔獣を食い止め、敵を威嚇する。だがじきに、殺す気がないことに気付かれるだろう。そうなる前に戦意を削いでおきたい。戦いが収まれば最上だが、そう上手くもいかないだろう。
「アンタ、アイツのことよく知ってるわけじゃないでしょ。大丈夫ってどうして言えるのよ」
オーレリアの疑問は尤も。
ライムの答えは単純。
「そうだといいなと思ったから、そう言っただけです」
彼女はぽかんとしたが、すぐに呆れるように笑った。
「なるほど。そうね、大丈夫だといいわね」
「はい」
沢山の友達と友軍が戦う中、ライムは自分の役割を果たすべく戦場を駆ける。
あけましておめでとうございます。
去年は更新ガタガタで申し訳ございません。
今年はあまり間をおかず更新出来ればなと思います。
引き続きお読みいただければ幸いです。




