254◇死せど英雄、されども死者故に2
セツナは【黒纏】を展開。契約者と経路を繋ぐことによって魔力的な縁を結ぶことが出来るのだ。漆黒の鎧を纏い、クローズに向かって猛進。何の感情も浮かんでいない蒼の瞳がこちらを見る。自立しているところを見るに、魂はなくとも判断能力は備わっているようだ。
彼は牽制のように『蒼』を放つ。彼のイメージは『波』のようで、空中に飛ばされた『蒼』の粒子は指定箇所に到着すると水面に投げた小石のように波紋を起こす。蒼い波紋が空間に広がり、それに触れた者はあらゆる働きを『途絶』されてしまう。
『黒』を纏うセツナは強行突破。剥がれた部分はすぐに覆う。
「ほっ」
小さな段差でも飛び越えるような軽い掛け声。サイゾーは姿勢を限界まで低くしたまま駆けることで波紋を回避。彼の上を掠めるように蒼が広がる。
「やるな、怠け者!」
「へっへ。怠け者なりに努力なんかしちゃったりな、したわけよ」
互いを見もせずに言葉だけを交わす。
どれだけ悔しかっただろう。再戦など望めないと分かっていても、考えていたに違いない。次があったら、あるいは過去に戻れたらどうする。どう戦う、と。クローズの基本的な攻撃の狙いと射程を読み、ギリギリで回避したのだ。そうでもなければ神話英雄の初撃を容易く避けられるわけがない。
「そらよ――っとぉ!」
縄を投げつけるサイゾー。まるで意思を持っているかのように、縄は動く。クローズを捉えんと宙を走る。
「…………」
だが空中に引かれた縄の線は、そのまま停止。『途絶』されたのだ。
「セツナ!」
「言われずとも!」
セツナは縄へと飛び乗る。『蒼』が付着しているが『黒』で相殺。縄の上を疾走。クローズがセツナを視界に収めようと頭部を上方に向けた。
部分獣化。右腕の肘から先が虎のそれへと変わる。研ぎ澄まされた爪が現れた。
クローズはセツナを『途絶』せんと『蒼』を向けようとし――そこを彼らが突いた。
「認識の外より迫る刃を、識っているか」
男の声だ。漆黒の外套を纏い、顔をフードと黒い布で隠している。だが陰気でありながら自己主張の強いその声に聞き覚えがあった。顔が分からなくともセツナには誰だか分かった。
「絶技――闇湧腕狩り」
ダサい。というか、意味不明だ。
だが成果は認めねばなるまい。
「くっ、獲ったッ」
音もなく、気配さえ感じさせず彼は巧みにクローズの死角に入り込んだ。知覚出来なければ対応のしようがない。これが生前の奴でも裏を掻くことに成功しただろう。それくらい素晴らしかった。
短刀による斬り上げによって、クローズの右腕が絶たれて落ちた。
彼はすぐさま後退、距離を取る。
「よくやった、カマノスケ!」
「サイズだッ! デス=サイズと呼べ、瞬刻を冠する白虎よ!」
エルマー曰く、彼のような者をチキュウではチューニビョーというらしい。だがカマノスケの凄いところは、これが素だというところだろう。なのでコミュニケーションを図るのが非常に困難だったりする。腕は立つのだが会話が成立しないということで煙たがれていた彼と、何故かエルマーは対話出来た。
昔はうんざりしたものだが、久しぶりに聞くとこみ上げてくるものがないでもない。だが、後だ。
クローズは傷口に『蒼』を纏わせ出血諸々を『途絶』。再生を施さないのはセツナがあまりにも近いからだろう。『黒』持ちとは違い、他の色彩属性保持者は努力以外で能力を伸ばすことが出来ない。
『治癒』魔法や魔力再生の才能や能力の有無は大きい。英雄規格ということで常人とは比べ物にならぬ技量を持つクローズだが、エルマーやクロのように戦闘中眼前に敵がいながらにして瞬間的に再生を完了させることは出来ない。あんな芸当が出来る者は稀だ。
「悪ぃな旦那、二対一ってのは嘘だ」
サイゾーの軽薄な笑み。
クローズはカマノスケを警戒しつつセツナから離れようとする。セツナ単体を脅威と判じたからというより、第二第三の伏兵を警戒してのことだろう。慎重な奴らしい。死んでいると理解しているが、それでもどこかクローズを思わせる動きなのは偶然ではないだろう。脳が、彼自身のものだからか。
その判断は正しいが、遅い。
奴の上半身が揺らぐ。足を動かそうとして失敗。結果上体だけが逸れてしまったのだ。
「忍法・影縫――だぴょん」
クナイというのか、爪状で両刃の短刀らしき道具だ。
それがクローズの両足、その甲を貫き地面に縫い止めている。
「この鬱陶しい語尾――ミツキか!」
兎の亜人、ミツキ。白い髪と耳、赤い瞳。何故か常に頬が赤く、時折息が荒かったり目がトロンとしていたり涎を垂らしていたり危険人物としか思えないのだが、有用なのは間違いない。
元々は普通に喋っていたのだが、いつだったか動物の鳴き声の話題が上がった時に、エルマーが兎の鳴き声を問われ「え、なんだ……ぴょん?」と言った。ニホンではどういうわけか、そういうイメージらしい。実際は違うと分かっていても、拭い難いのだとか。以来、ミツキは語尾をぴょんにした。
それはもう徹底していて、最初は笑ったり照れたりやめてくれと言っていたエルマーもすぐに何も反応しなくなった。それでもやめなかった。気に入ったらしい。
「セツナちゃんのその感じ、懐かしい。ゾクゾクする――ぴょん」
うへへ、と気持ちよさそうな顔をするミツキ。
更に異彩を放っているのが服装だ。
バニースーツ、というらしい。そういう衣装があるそうだ。兎の耳と尻尾は自前。肩を出し胸を強調する光沢のある衣装、網目状の靴下――正確には下半身を覆っている――に加え踵の高い歩きにくそうな靴。あと何故か上着の袖にあたる部分だけを手首に着用している。
これはエルマーではないチキュウ出身の者が「兎の亜人がいんなら、これがほんとのバニーガールだな」と発言したのがきっかけだった。詳しく話を聞いたミツキはなんと仕立ててしまった。
「…………」
クローズが弱い、のではない。これが生前の彼ならばまた違っただろう。突如として現代に蘇り、その肉体のみが動く屍兵として運用された。やはり生きていた頃の彼とは違う。
あるいはこの屍であっても、二度目があればこちらが負ける可能性の方が高い。たった一瞬、たった一度、こちらが奴の反応を上回った。千回に九百九十九回は殺されるかもしれない。だが一回でいい、その一回を見事引くことが出来たのだ。
「終わりだ、クローズヴォートニル」
彼の目許が歪んだように見えたのは、錯覚だろう。
彼を中心に『蒼』が爆発するように広がる。波紋が全方位に放たれる。
瞬く間にカマノスケ、ミツキ、サイゾーが『蒼』に染まり、その生命活動を停止させられてしまう。
咄嗟に出力全開で【黒喰】を放っていなければ『黒』の装甲を破ってセツナも呑み込まれていただろう。幸助で言うところの【黒迯夜】。干渉限界と魔力器官の性能を無視して強大な威力を発揮する色彩属性保持者にのみ許された魔法だ。
彼は本当に必要な時にしかそれを使わなかった。それこそ死の危険でも感じなければ。
「死してなお、貴様は貴様なのだな」
セツナはどこか安心する。自分はクローズの形をした人形に憂さ晴らしをするのではない。
心が無いのは残念だが、彼はやはり『蒼の英雄』クローズヴォートニルなのだ。
「ずっと、こうしたかったよ」
その胸に、爪を振り下ろす。




