250◇立ちはだかる色は
『擯斥の英雄』クラウディアは、『霹靂の英雄』リガルのことが嫌いだった。
酒に弱い、うるさい、美人を見れば口説くのが礼儀だと思っているなどなど、鬱陶しい要素が満載だから――ではない。それももちろん一因ではあるのだが、全てではない。
リガルはあまりに、輝かしかった。
情に厚く、正義を貫き、責務を果たしながら愛する者との生活も疎かにしない。
数多くある欠点までもが、彼の人間性と功績を前には、愛すべき点に変わってしまうような。
そんな彼は眩しく、だからこそクラウディアは彼が嫌いだった。苦手だったと言うべきか。
ある時、とある悪領から魔獣の大群が地上に出てきてしまった。
周辺の集落・都市の人間を守る為に駆けつけたのは、七人の英雄。
セラ、レイ、ストーン、テレサ、イクサ、ステラ。
そして――クラウディア。
クラウディアは、六年前に起きた事件の生き残り。
生き残った理由は簡単だ。死力を尽くして戦ったから。『薄紅』の『反発』を魔獣の頭上に展開し押し潰す、複数発生させて挽き潰す、壁面や樹木に弾き飛ばす。限界を超える発動の末に、クラウディアは神化の防遏によって『接触不能』を背負うことになった。
誰も自分に触れられなくなる呪いとしか思えない対価を支払って、得たのは。
魔獣の全滅と――六人の仲間の死。
クラウディアが死ななかったのは、皮肉にも『接触不能』に陥ったから。
どの魔獣もクラウディアに牙を立てること叶わず、魔法で殺すことも出来なかった。
だからクラウディアは死なずに済んだ。
セラが食われても、レイがバラバラに切り裂かれても、ストーンが胸を貫かれても、イクサが焼き尽くされても、ステラが握り潰されても。
クラウディアだけは、五体満足で生き延びたのだ。
クラウディアを称える声の全てが虚しかった。魔獣の地上進出を責める声も同様。
英雄とは、なんと空虚なものなのだろう。
それで、もう。無理だな、と思ってしまった。嫌になってしまった。
だから、英雄という役割を放り投げた。
田舎に引っ込み、極力誰とも関わらずに暮らすことにした。
それでも、一人。
一人、クラウディアの許を何度も訪れる者がいた。
リガルだ。
最早抱くことも不可能な女の許に、多忙だろうに時間を見つけてはやってくるリガル。
仲間だからと、顔を見に来て少し喋っては帰るを何度も繰り返した英雄。
それも最近、パタリと止んだ。
あぁさすがにあの男も諦めたか、毎度すげなく追い返したのは自分だし当然か。
そんな風に思ったのも束の間、彼が殺されたと聞いた。
クラウディアの引退後に英雄となった少女が犯人とされたが、すぐに冤罪が証明された。証明したのは、英雄になったばかりの少年だったという。
クラウディアはリガルが嫌いだった。
嫌いだが、間違いなく彼は自分にとって友人だった。
「だから、見てられないのよジジイ」
虚ろな目に、下ろされた髪。
それでありながら、纏う紫電ばかりは紛うことなく彼のもの。
「せめてわたしが、止めてあげるわ」
彼から放たれた雷撃が幸助に向かう。
だがそれは寸前で跳ね返るように軌道を変え、リガルの亡骸に向かって迸った。
『薄紅』の粒子を展開して跳ね返したのだ。
そんな雷撃はしかし、彼を捕えることなく虚空を穿つ。
リガルの亡骸は既にそこになく、雷電を身体に纏わせての高速移動によってクラウディアの背後に迫っていた。
彼の拳がクラウディアの背中を打つ。
だが、反動で壊れたのは彼の腕の方だった。
「……わたしには触れないのよ、あなた知っている筈でしょう」
改めて、彼は死んだのだと思い知る。
今自分と戦っているのは、彼の姿をとり、彼の魂を抱え、彼の技を使う、敵の傀儡。
ぐちゃぐちゃになった右拳を見下ろすも、表情一つ変えずに治癒を施すその姿は、とてもまともな人間の反応ではない。
「友達のよしみで、今度は看取ってあげる」
『薄紅』の粒子が周囲に展開される。
◇
幸助は『空間』属性によってジャンヌの背後に飛んだ。
瞬間、【黒纏】の装甲が剥げる。
否、魔力の吸収限界を越えた為に消滅したのだ。
『白の英雄』スノーダスト・フィーネラルクス=クリアベディヴィア
美しい白髪の女性だ。
幸助が飛んでくることを前提に『白』の『否定』を放ったのだろう。
即座に『黒』を纏う幸助。
――距離だけなら問題ないものを……。
ジャンヌとの距離だけならば問題なく潰せる。
だがジャンヌもそれを分かって『死』の傀儡を配置している。
スノーダストが再び幸助に狙いをつけ――寸前で横に跳ね跳ぶ。
彼女がいた空間が『白』く染め上げられ、刹那で消える。
クウィンだ。
そうだ、クラウディアにリガルを任せただけではない。
コンタクト型の通信端末・グラスによって幸助達は絶えず交信している。
幸助がジャンヌに集中出来るよう、仲間達が道を用意してくれる。
「あとちょっとだよクロノ。きみならすぐさ」
ジャンヌの余裕は崩れない。
ゆっくりと振り向き、手招き。
幸助は魔法ではなく自らの足で肉薄。
地を蹴り急加速。
ジャンヌは動かない。
右手に握る不壊の剣を握り締め、振るおうとしたところで。
氷壁が。
蒼い、氷の壁が幸助の前に出現した。
それを、壊すのは簡単だった。
事実迷わず斬り裂き、飛び越え足を進めた。
幸助の思考を阻んだのは、術者だ。
蒼い長髪。紳士的な微笑のよく似合う顔を、苦しげに歪めて眼の前に降り立ったのは。
「……申し訳ありません、クロ」
『蒼の英雄』――ルキウスだった。
ジャンヌだけが、愉快げに手を叩いている。




