248◇連合英雄、嚇怒ス
「セツナ!」
叫んで飛び出したのは、シュカだ。
セツナを諌める余裕は、幸助には無かった。
トワにも。
ジャンヌの側に現れた影は六つ。
神話英雄は五人。
最後の一人は?
「最初はびっくりしたらしいぜ? 棺を開けたら空っぽだって言うんだから。クロノってばお仲間を丸かじりしたのかってね。でもほら、探せば見つかるものなのさ。軍警の証拠保管室とかに、さ。皮膚の焼き付いた衣類、とか! すごいだろう? 最後に見た彼の姿が焼死体なんて辛かったかい? ならほら、五体満足の彼を見るといい。なぁに遠慮しないでくれたまえ、礼なら要らない」
「ジャンヌ」
自分でも驚く程、冷めた声が出た。
「なんだい、クロノ」
幸助の静かで研ぎ澄まされた殺意を、ジャンヌは検めるように受け止める。
その殺意は弱体化を招くのか、あるいは自分を幸助の『目標』と定めるのか。
「俺達は、お前を殺すぞ」
俺達と言ったのは、同じ気持ちを仲間たちも共有していると確信したから。
彼女は、遊んでもらえることが分かった子供みたいに、頷く。
「そうしてくれると嬉しいね。出来るのであれば、だけれど」
『霹靂の英雄』リガルグレイル・ブロシウスアンリース=ドンアウレリアヌス。
ダルトラ英雄の中心。
民衆にとっての象徴。
義に篤く、『暁の英雄』ライクの所業に胸を痛め、ギボルネとの和平交渉を進めた。
幸助の抱える後悔に気づきながらも触れることはせず、模擬戦を通じて周囲に幸助を認めさせた。
仲間に慕われ、女性関係が盛んで、酒に弱い。
稀代の魔術師グレイの心を救った親友で、マキナの父で、幸助にとっては憧憬の対象だった。
これから先、彼の背をもっと追えるものと思っていた。
だが、彼は殺された。
アリスに暗殺され、その罪はトワに被せられた。
首謀者らを全員捕まえ、事件が解決しても消えない。
彼の喪失だけは、ずっと残るのだ。
見えない傷跡として、死ぬまで。
それを、抉るような所業。
呵呵と笑う声が似合う笑顔も、決意に満ちたトーアズの瞳も無い。
ライムイエローの毛髪は垂れ下がり、鍛え抜かれた体躯はそのままでも、中に彼はいないのだと分かる。
「『紺藍』を使っているのはフィーティだが、指示したのはもちろんわたしさ? だからクロノ、恨むならわたしでいいんだ。正しいよ。それでいい。わたし自身をきみの標的としておくれ。だってそうだろう? そうでなければきみの本気は見られない。リュウセイとやらを殺した時みたいに、わたしだけを見据えて戦ってほしいんだ。幸い、五年も要らない。今、わたし達はここにいるのだから」
きっと、その為だけに。
この戦場での勝利とは別に、ジャンヌの死を幸助の目的とさせる為に。
「これで充分かい? まだ足りないだろうか。そうしたら、うん、片端から仲間を殺していけばいいかな」
ジャンヌは手を叩く。
「さぁ、一騎当千の英雄達。子孫や信奉者や当時の仲間たちだよ? 殺していこう~」
六人の英雄が駆け出す。
幸助達も動いた。
◇
「まぁまぁだったぜ、トウマ」
マステマの身体にも、幾つかの刀傷が刻まれている。
血は止めたが、マステマはその傷跡は消さなかった。
彼女の持つ暗器も品切れ、刀など柄だけという有り様。
自分相手にここまで戦えるとは、大した奮闘ぶりだ。
「死んでなきゃ次も相手してやる」
朦朧としながらも立っていたトウマの身体が、揺らぐ。
それを受け止める者がいた。
男装の少女……違う。
羽織袴姿の少年か。
濡れ羽色の美しい長髪を結んで馬の尾のように垂らし、幼さの残る顔には慈愛。
「よくやったよトウマ。さすがは僕の一番弟子だ」
――速さ……じゃねぇな。意識の隙、死角を突いたか。音もなく、気配も辿れず。なるほど、遣えそうだ。
「師、匠。わたし、」
「充分だ。これほどの敵を相手を、よくぞ食い止めた」
突然現れた女みたいな男の言葉を、マステマは否定しない。
その通りだからだ。
マステマという色彩属性保持者を、技の冴えだけでこの場所に縫い止めた。
彼女がいなければとっくにマステマはクロノを攻めていただろう。最低でも英雄規格と戦い始めた筈だ。
彼女の奮闘あって、マステマの力はたった一人の少女に向けられた。
弱い駒が強い駒を抑えた。それだけで称賛に値する。
トウマは弱くなかったが、マステマと比べればどうしてもそういう評価になる。
少年はトウマをそっと寝かせると、こちらに向き直った。
「サムライならトウマで間に合ってるんだがな」
師弟ということは戦い方も似よう。
トウマの上位互換というだけであれば、対応はそう難しくない。
「そう言うな。僕だって今すぐ駆けつけたいところがあるのを我慢しているんだ」
「なら失せろよ。トウマを抱えて消えようが追わないでやる」
「はっ、お優しいことで。だがそうはいかない。目指す場所が、きみと同じだ」
「そうかよ」
確かにクロノの周囲はだいぶ賑やかになっている。
自分が勝てなかったグレアに勝ったクロノ。
そんな奴と、マステマは戦いたいというのに。
「十士五劔『水』のアキハ、参る」
アキハが刀を抜いた。
「マステマだ。勝てるなんつぅ夢は見るんじゃねぇぞ」
「夢には飽きた」
「あ?」
「悪夢を千年ほど、見ていたからね」
妙な実感の込められた、意味不明な言葉。
「……わけのわかんねぇことを抜かすな」
「あぁ、でも今もそれこそ夢見心地だな。うん、だから邪魔はさせない。何者であっても」
アキハの笑みは、本当に嬉しそうなもので。
引き締められた表情には、戦意が充溢していた。
「邪魔なのは、テメェだ」
「気が合ったね。なら話は単純だ。どちらかが消えるまで、為合えばいい」
「上等だ」




