247◇教導の英雄、冒涜ス
プラス・ラプラティクス=ガンオルゲリューズは唖然とする他なかった。
「そ、んな……」
頭が真っ白になる。
プラスは貴族家の生まれだが、凡人だ。
昔は英雄譚を読み、かの『耀の英雄』が自分の祖先であることに胸が弾み、誇らしくてならなかった。
世界を救った者の血が己には流れているのだ、と。
時を経てその思いは強くなる一方で、現実の厳しさは増すばかりだった。
彼の大英雄のように、人々を助けられたら。
闇を払う耀であれたら。
一心に願いながらも、心を諦念が侵食していた。
そんな時だ、クロに出逢ったのは。
彼は何気なく、本音を漏らしただけなのだろう。
背中を押してもらえた気になったのは、自分の思い込みかもしれない。
けれど自分はそれによって諦めを吹き飛ばし、再び幼い頃の憧れを追いかけてきた。
そして今、英雄相手に停戦を呑ませるまでに至った。
エルソドシャラル戦で自分と友軍は、『紺藍の英雄』リリス・リパル=リーパーによる死体軍隊を押し返し、彼女を撤退させた。
今、眼下で行われた所業は、間違いなくリリスの魔力属性によるもの。
死体を操る彼女の魔法は確かに冒涜的だった。だが彼女自身は、あくまでそれを戦力として数えていたように思う。
冷たいが、無感情。故に倫理観に反するという義憤は抱きつつも、同時に戦術的な有用性は認めざるを得ないところがあった。
だが、ジャンヌのやったことは。
戦場での殺し殺されを、自軍の勝利が為に利用するとか、そういう次元ではなかった。
この戦いに無関係な者の死を冒涜し、弄んでいる。
◇
謎の仮面少女ことアリスグライス・テンナイト=グラカラドックはそれを見て、「いつの間にそんなことをしたのだろう」と思った。
別に、それだけだ。
それよりもシヴァローグのしぶとさが問題だった。
彼は全身を燃やされながら治癒力を『進行』。焼き爛れながらも肉体の再生をやめず、アリスは膨大な魔力で彼を焼き尽くそうと全力を尽くす。
彼は他の者達に狙い撃ちされぬよう空中を縦横無尽に飛び、アリスの肉体にも『進行』をかけ続けていた。
即死を回避し、その後も回復と移動を同時にこなす。
さすがは色彩属性保持者というべきか。
一筋縄ではいかない。
――面倒な。
「貴重な十代のピチピチ肌を、なんだと思ってるんです」
治癒力の促進だけでない、『紅』は老化さえ早める。
枯れ木のように変わる自分の腕。無数にまとった宝具や魔法具の性能を駆使してなんとか勢いを留めてはいるが、際どい。
「クロさんに出逢わなければ、貴方で妥協したかもしれませんが」
なにせ本物の『紅の英雄』だ。ダルトラの英雄であればまず間違いなく本家は引き込もうとしただろう。
その場合、無能な娘であるアリスが妻としてあてがわれる可能性はほとんど無かっただろうが。
「そうなると、やはりクロさんだけですね。それに、今更『紅』だけなんて魅力を感じませんし」
「さ、っさと、死ね……ッ!」
「うわぁ、喉焼けてるのに元気ですねぇ」
急速に老いていく身体に鞭を振るいながら、アリスは微笑を維持する。
◇
クウィンティ・セレスティス=クリアベディヴィアは焦っていた。
死した六人の英雄の魂から創られた人造英雄。
【呪い】――『非業の死、確定』を抱えて生まれた、創られし『白の英雄』。
知識は入力されたもの。身体は作り物。魂は寄せ集めで、心は空っぽ。
まがい物の泥人形。
彼女は何も持っていなかった。同時に全てを与えられていた。
死にたくないという感情を得て、自分は死ぬのだという確定情報に怯え。
絶えぬ苦悩が故に一人の少年に恋をし、恋ゆえに国家を裏切り、その裏切りを以って定められた死の中で最も上等な死を迎えようとした。
そんな愚行にも彼女を見捨てず、眩しいほどの不屈と常識外の魔法で救ってくれたのが、クロだ。
彼はだが、自分と入れ替わるように呪われてしまった。
一年。たったの十二ヶ月。
その制限時間内に悪神の討滅を果たさなければ、彼は死ぬ。
そんなことはさせない。
今度は自らの意志で戦場に立つのだ。
死なせたくない、友達がいるから。
だというのに。
自分は今のところ、役に立てていない。
そんな中で新たに登場した敵戦力に、クウィンは思わず唇を噛んだ。
◇
『擯斥の英雄』クラウディアも、『斫断の英雄』パルフェも、当然幸助も怒りで狂いそうだった。
宗教国家ゲドゥンドラの修道騎士達も、一様に神に背いた者を指す「背神者」という言葉を口にした。
ヘケロメタンの者達もまた、瞠目した。
「そう怒るなよ。ただの動く死体だ。邪魔ならほら、壊せばいい」
出現したのは。
『白の英雄』スノーダスト・フィーネラルクス=クリアベディヴィア
『紅の英雄』ハートドラック=グラカラドック
『蒼の英雄』クローズヴォートニル=ダグニィット
『翠の英雄』ジョイド=ネリヴラド
『燿の英雄』ローライト=ガンオルゲリューズ
『黒』と『暗』を兼ねるエルマーを除く――英雄譚の七英雄だった。
「あなた……達、は」
シュカの瞳の中で昏い感情が揺らぐ。
ローライトは無関係だが、神話英雄達はエルマーとセツナを封印し、その仲間を殺した。
シュカ達一部の生き残りは、命を『途絶』された者達だ。長い時によって魔法が綻び、肉体と精神の活動だけは取り戻した者達。
眼の前に立つのは、既に死体とは言え仲間と主の仇。
手段も時間もいくらでもあったのだろう。
幸助がアークレアにくるよりもずっと前から活動している者達によって、それは行われたのだ。
研究の為か、グレアの『併呑』用か、一部はピンポイントに『紺藍』の為に盗んだのかもしれない。
亡骸をほんの一欠片でも持っていれば、『紺藍』によって完全な肉体を再生出来る。
「……初めて貴様に感謝の念を抱いたぞ、盲目の将よ」
セツナは、凶猛に笑っている。牙を向き、その双眼は憎悪に燃えている。
視線が貫くは、『蒼の英雄』クローズ。
千年だ。
セツナは実際に千年、主に寄り添った。
閉じ込めた者への憎しみは、消せやしないだろう。
彼女の肉体が獣形態となる。




