246◇十士五劔、到着ス
ジャンヌは前後から迫る『黒』を、寸前で回避した。
「よっ、と」
なんて、場にそぐわない気の抜けた声。
軽やかに地を蹴った彼女は背面跳びのように身体をしならせ、空中で固めた空気を蹴って更に体勢を変える。
最小限の動きで、セツナの『黒』と幸助の『黒』が接触。喰らい合ったのちに、消える。
――今のは……。
事前予測というにはギリギリで、反射にしては速すぎる。
魔法を展開していたようには見えなかったが、魔力反応が一瞬高まった。
「人の話は」パルフェの『斫断』の刃も「最後まで聞けと」クウィンの宝具である鞭も「ママとかに言われなかったかい?」トワの紅焔も「教育がなっていないなぁ」
ジャンヌはすんでのところで避ける。
地面に降り立ったジャンヌの後方に――幸助は出現した。
『空間移動』だ。
事前の動作によって、その頃には剣を横薙ぎに振り終わっている。
だが。
「クロノ。今はきみが指揮官なのだから、ちゃあんと指導しなきゃだめじゃあないか」
彼女はぎりぎり刃の圏外へと踏み出し、振り返りながらこちらに微笑み掛ける。
無防備に見えるが、違う。
「お前、視えてるのか」
「眼窩に球体入れてれば、世界が視えると思ったのかい? 甘いなぁ」
「未来か」
「会話って知ってるかい?」
「体内に巡らせて、己の身に降りかかる攻撃の種類、方向、タイミングの情報を得てるんだ」
「……なるほど、話しかけてないのか」
ジャンヌは余裕を崩さないが、焦っている筈だ。
彼女は未来の情報を得ている。おそらく――色彩属性によって。
ただし、彼女はそれを限定的に使用することで周囲に知られることなく、『黒』保有者に奪われることなく戦い続ける。
彼女の動きから判断するに、『未来』は確定した未来を予知する属性ではない。収集した要素から導き出される詳細な未来予測、という方が近いだろう。
『未来』を周囲に展開すれば、その空間内を『未来』が解析し、何が起こるかを予測、ジャンヌに伝える。
ジャンヌはそれを体内に限定している。
実際には、布で隠れている体表にも巡らせているかもしれない。
そうすると、身体が傷つくほんの一瞬前に、『次の瞬間に損傷する』という予測結果が出る。
彼女はそれに反応して、攻撃を回避しているのだ。
ただ、その理屈だと『黒』は『未来』に一瞬接触する。
獲得してもいい筈だが、幸助が得たのは魔力と『風』属性――そうか。
併用しているのだ。魔力反応が揺らがない程度の『風』魔法を己の周囲に広げている。
そこを押し広げる魔法があれば、それを感知することは可能。
『未来』属性などというものよりは、余程現実的だ。
だが、それにしては回避のタイミングに疑問が残る。
状況に応じて片方を、あるいは両方をと言った具合に使い分けている?
「捕まえてごらん、なーんて。砂浜だったら雰囲気が出たかな?」
「鬼ごっこ、というのだったかしら」
ジャンヌが俊敏な動きで横に跳ねる。
拳が降ってきた。
胸の上半分と肩を露出させるような着こなしの和装。深いスリットによって艶めかしい脚部も空気に晒されている。薔薇の花びらを溶かし込んだような色合いの長髪は二つに分けられ、両方身体の前面に流されている。
嫋やかさと艶やかさを兼ね備えた美貌の持ち主は、叩き込んだ拳を中心にして地面を円状に陥没させた。
前に逢った時と同じように、和傘を差していた。
「あら、たっちし損ねてしまいました。次の鬼をお譲りしようかと思いましたのに」
十士五劔が一人、『火』のカムラ=シュカ。
鬼の血を引く彼女は、細腕からは想像もつかぬ並外れた膂力の持ち主。
「タッチならソフトに頼むよ。今のだと挽肉になってしまうからね。そもそもだ、女性が安易に空から降ってくるものではないよ? 見境の無い男にヒロイン認定されてしまったらどうするんだい」
ジャンヌは飄々とした態度を崩さない。
「ひろいん……まぁ、わたくしがクロ様の? 恐れ多いです。が、もちろんクロ様がお求めとあらば……」
ちらりとこちらに向けられた視線は、柔らかい。
「よく来てくれたな」
「地獄の果てまで……いえ、平和の先までお供しますとも」
「……しゅ、か?」
呻くように溢したのは、セツナ。
そんな彼女を、シュカは愛しげに見つめる。
「あぁ……セツナ。また逢えてとても嬉しいわ。あとで沢山抱きしめましょうね……けれど」
再会を喜ぶ暇は、無い。
こちらを見るセツナに、幸助は一つ頷きを返した。
セツナのことだ、すぐに分かっただろう。
この戦場に駆けつけた、ヘケロメタンからの援軍について。
「想定より早いご到着だ……なるほど、魔獣が扱えるならば行軍速度も上がるか」
ジャンヌの反応はそれだけ。
「いやしかし、丁度いいね。ヘケロメタンは思うに、千年前の死にぞこない共がつくった国なのではないかな」
「……クロ様、あちらの方は何者なのでしょう」
「なんでもお見通しなんだとよ」
この人数に囲まれて、ジャンヌはこれまでより愉快げ。
「少なくとも猫ちゃんは千年前を知っている。きみ達の国に当時の生き残りはいるかい? 最近逢ったにしてはクロノに対する距離感が近い……もしかして、きみ自身がそうだとか?」
シュカは動揺――してしまった。
無理もない。そんな荒唐無稽な話、予想だけで辿り着いたものがいれば誰でも驚く。
「その反応、まさか本当に? なぁんだ、いよいよもって楽しくなってきたねぇ」
ジャンヌの周囲に、『紺藍』の影が広がる。
『その色は――『死』を司る色彩属性です!』
プラスからのメッセージ。
ジャンヌの魔法ではない。
影の数は――六つ。
「フィーティか」
彼女は吸血鬼。血を飲めば、一時的に魔力属性をもモノに出来る。
「上の子が知ってるだろうから言ってしまうけれど、これは『死』を操る能力だ。死体を操るなんて安易なものから、遺体の一部から肉体を再生して操ることも可能なんだ。分かるかい? 時は関係ないんだよ。そして死体は生前の能力を惜しみなく発揮する。クロノ、きみならこの能力を手にした時。何をする?」
――まさか。
「人殺し? いいね、殺して配下とする。逆らわないし兵糧要らずで最高だよね。でもあるだろう。ほら、目的のためなら手段を問わない人間なら、あるだろう?」
「誰の墓を荒らした」
幸助の静かな怒りに、ジャンヌはニッコリ微笑んだ。
「あはは、ひとまずはこちらをご覧あれ」




