241◇望むはただ
「さぁ、きみの次の一手を見せておくれ。わたしを驚かせておくれ」
ジャンヌの纏わりつくような声。
幸助は『黒白』の保有者であり幸助とシロ「おとうさんおかあさん」と慕う英雄・ライムの力を借り、魔獣の大群を戦場に配置。
敵の戦意喪失を狙ったそれは成功した。
だが。
ジャンヌは己の教導の腕でもって魔獣を従えていたのだ。
「わたしの兵はね、戦意を喪失しても逃げはしないよ。そりゃあ士気の低下は歓迎するようなことではないけれど、敵前逃亡よりはマシだろう?」
そう、魔獣はアークスバオナ側の兵の後方に配置されていた。
アークスバオナ側のロエルビナフ兵は怯えている。
心理的に、逃亡という選択肢を選べなくしたのだ。
彼女の指揮下にある者達は魔獣に立ち向かうか、魔獣に喰われるかの二択に晒されている。
「きみの秘策の効果は半減、といったところかな。実際に魔獣を利用するかい? いいよ、食うといい。だがそうなると、きみの味方の士気も下がるだろうなぁ。だってグロテスクだろう? きみが言うからみんな、魔獣を連れてくるという策を認めた。けど本来、魔族なんて忌むべき存在だ。敵とはいえ人がバクバク喰われて意気軒昂になる人間もそういないだろう」
その通りだった。もちろん戦い続けはするだろうし、そもそも戦争とは凄惨なものだ。だが、人と人同士で争うことへの覚悟と、人が魔獣に蹂躙されることへの耐性は別だ。
「次は? あぁクロノ。次はどうするんだい?」
こうする。
砦の跡地となった箇所。
幸助達の立つ場所。
そこに、集結していた。
「……あぁ、なるほど。あくまで武器を捨てさせようというのか」
幸助らの所属するダルトラ王国では、英雄を拝命した者に固有の衣装が与えられる。
礼装と呼ばれるそれは、戦闘にも耐えうる特別な衣装で、基本的には特定の場でのみ着用するものだ。
その衣装のことは、有名だった。
それぞれの魔法、武勇にちなんだ色合い。どれ一つとして同じものはない、だが共通のデザイン。
他国の者でもひと目で分かる。
あぁ、英雄だと分かる。
立ち並んでいた。
『黒の英雄』『紅の英雄』『白の英雄』『黒白の英雄』『擯斥の英雄』。
それだけではない。
今回の戦いが為に、急遽仕立てた。
この作戦に参加した英雄全員に、礼装を。
ダルトラを知る者は、それが何を指し示すか知っている。
だから、敵軍は恐怖するしかない。
「は……は、は、ははは! あぁ、あぁ、分かるとも! 視覚に訴えかける! 目の見えないわたしだってその効果の程は承知しているとも! だが優しいなぁクロノ! きみのそれは、この戦いを穏便に終息させる為のものだ! 砦は魔法で直せる! 自然も、この土地であればその範疇だろう! 余裕の無い我が国とは違い、きみらはやろうと思えば遠慮なくこの地を焦土にだって出来る!」
アークスバオナの地は枯れかけている。この地はなんとしても必要なのだ。餓死までのカウントダウンまでに世界を征服するつもりでいる。侵略という手段に打って出た彼らに退路は無い。
だが連合は違う。
最悪この地を焼き尽くしてしまうことだって出来る。
「そうなる前に降伏しろと、そう言いたいわけだね?」
「だったらなんだ」
「傲慢だなぁ、『黒の英雄』ッ!」
突然、ジャンヌの声の質が変わった。
幸助個人との会話を楽しむものから、民衆に語りかける指導者のように。
「我らが降伏して、この戦場で死者が出なかったとしよう! あぁきみは紛れもなく英雄で、連合から称えられることだろうさ! だが我らはどうなる! 枯れた土地で座して死を待つことが正しいとでも!? 問おう、クロノ! きみの戦場で人が死ななければ、それでいいのか!」
ジャンヌのその言葉は風魔法によって丘陵都市全域に響く。
「……お前」
「答えられないのか!? きみはまだこの世界に訪れて日が浅い! そんなきみに大陸の行く末を決める権利が、善悪を判断する能力が、果たしてあるのだろうか! 我らの生き死にを決めようなどと、驕りが過ぎるぞ……ッ!」
呼応するように、声が上がり始める。
「我らは世界を一つとし、恒久的な平和を望む。これはその為の戦だ! だがきみ達のそれはなんだ! 防衛などと口にしているが、その先にあるのは犠牲だ! 降伏を促す? そのようにして我らに死ねと言うか!」
ジャンヌの本心ではないだろう。だが、そんなことは関係ないのだ。
正しいか間違っているかではない、理屈が通っているかなんてどうでもいい。
人は、その瞬間の自分を救ってくれる言葉に飛びつく。
ましてや、このように追い詰められている時ともなれば、普段ならば冷静な思考で弾ける筈の論理も心に入り込んでしまうだろう。
「我々は生きる! 愛するものの幸福が為に、歩みを進めるのみだ!」
熱狂は最高潮に至り、喊声を上げながら敵軍が進軍する。
そんな彼らの動きに、ジャンヌはへらへらと笑った。
「どうだい? 教導というには安い演説だったけれど、効果は抜群だろう?」
真に迫った演技だった。
ジャンヌの本質を理解していなければ、本当に国を憂う指導者だと錯覚してしまう程に。
「お前のそれは、煽動だ」
「きみのやり口と何が違う?」
やっていることそれ自体は、変わらない。
幸助とて、似たようなことは何度もしてきた。過去生でも、アークレアにきてからも。
大きなもので言えば、『霹靂の英雄』リガルの想いと魔法を継いでいると、国民に思わせた。
だがあれは、ジャンヌのそれと同様の手段であっても、同質の行いではない。
「お前の言葉に従って、大勢が死ぬ」
傷つけず、絶望させぬようにと幸助はあの行動に出た。
ジャンヌは逆だ。
幸助の対応が見たいが為に、兵士の命を投入した。
「上官の特権だねぇ」
彼女は楽しげ。そこに人の命を思う心は見つけられない。
「わたしだって混沌は嫌いさ? 読もうにも流れ自体が無い。未知と無秩序は違うからね。でも、それにきみがどう対応するかは興味がある。あ、そうだ。わたしの首を獲ろうなんて考えるものではないよ? 収集がつかなくなるだけだし、捕らえようと動いただけで部下が、ほら、分かるだろう?」
捕虜であるセツナとパルフェの命は保証しない、と言いたいのだろう。
「さぁて、魔獣も投入しようかなぁ。どうするんだい? きみの味方がバクバク食べられてしまうぜ? 対策は? ねぇクロノ? きみはこれをどう切り抜ける? なぁクロノ、見せておくれよ」
水辺で戯れる少女のように、ジャンヌははしゃいでいる。
戦場で散る血飛沫も、彼女からすればその身を濡らす水と変わらないのか。
遊ぼうとするなら、仕方のないことなのか。
「見せろ、か」
「なんだい、見るにも『目』が無いじゃないかって? そんなもの無くとも、世界を視るのに支障は無い。むしろきみ達が哀れでならないよ、目に映るものに支配される、悲しい生き物」
「なら、世界とやらをよく観測するといい」
『燿』が地上を灼いた。
「――……これは」
天空より燿が降り注ぎ、悪しきを滅する。
アークスバオナ軍側の魔獣のみを選別し、一瞬で焼き尽くす。
「まるで、聖典や英雄譚で語られる耀のようだよな」
アークスバオナはアークレア神教を排除したが、それはごく最近のこと。信心深い者でなくとも知っている一節や教えというものがあるが、英雄譚で言うといころの七英雄はまさにそれだ。
上空に、彼女達はいた。
『黒』き竜の背に、二人。
銀髪紅目の吸血鬼『血盟の英雄』シオン。
星を鏤めたような金糸の毛髪と瞳の少女『耀の継承者』プラス。
そして――。
「あぁ、なるほど吸血鬼の特性だね……?」
――その血が完全に身体に馴染むまでの短い時間ではあるが、被吸血者の特質を再現可能となる。
旅団戦でもシオンは限定的ではあるが『黒』を使用出来た。
だから幸助は考えたのだ。
幸助が平和国家ヘケロメタンまでの道程を子竜によって大幅に短縮したように。
彼もまた、幸助の血を渡すことで長距離を短時間で移動出来るのではないかと。
それによって、通常では考えられない『戦力の運搬』が叶う。
プラスがいたのは魔術国家エルソドシャラル。
そして、彼女とダルトラ国軍によって陥落を免れたエルソドシャラルの都市は、アークスバオナとの休戦を取り付けた。
期間は和平交渉まで。
これの成否によって、アークスバオナはまたエルソドシャラル侵攻を再開するだろう。
エルソドシャラルも当然、そのような事態は望んでいない。
そうして、この作戦は実行に移された。
「『導き手』だけじゃあない……魔法使いが何人も……ふふふ、クロノ、きみは引きこもりをピクニックに誘うのが上手なんだねぇ」
エルソドシャラルは元は閉鎖的な国風で、ヘケロメタンに至っては鎖国状態だった。
それらの戦力を召集したのだから、ジャンヌの言いたいことも理解は出来る。
「戯れるな、聖なる名を穢す者よ」
童女だ。身長程に伸びた波打つ白い毛髪が風に靡き、紅の双眸はジャンヌを冷たく見下ろす。
自身の身長よりも高く伸びる杖の周囲では、球状の宝石が衛星のように廻っていた。
「……それを言うなら、きみが魔法を使えるというのもおかしい話ではないかなぁ。それとも、きみのそれは手品か科学かい? 教えておくれよ――オズちゃん」
『導き手』オズは魔法で宙に浮いている。彼女の他にも魔法使いが複数名揃っていた。
「此処はアークレアだ」
「あぁ、だからきみは詐欺師ではなく大魔法使いだし、わたしは神の声を……まぁ聞いてはいるけれど、それはみんな同じだろう? 名前くらいで騒がないでおくれよ、くだらない」
「降伏せよ、戦闘は無意味だ」
「意味があるから生きているわけじゃあない――楽しいから遊んでるだけだ」
「一国の将とは思えぬ言葉だな」
「きみもエルソドシャラル一の『導き手』とは思えぬ容姿だから、おあいこというのはどうだろう」
「説得を試みたわたしが愚かだったようだ」
「おいおい、もしかして今になってそれに気づいたのかい? とうに自覚しているものと思っていたよ」
ジャンヌは飽きたとばかりにオズから視線を外し、幸助を見つめる。
「素晴らしいよ、クロノ。視点だけ一人前の無能はザラだけど、きみのように実行出来る者となれば別だ。きみには己と人とを繋ぐ何かがあるのかもしれないね。国の垣根の越え、どうしてか誰もがきみに手を貸す。必要というだけでは人間は動かないのに、いやはや、感服したよ。本当さ」
でも、とジャンヌは続けた。
「きみはわたしの先へは行っていない。未知まではまだ足りない。その証拠にほら――ここまで同じだ」
「…………」
考えてはいた。
幸助に出来ることは、思いつきさえすればアークスバオナにも出来る。
何故ならアークスバオナにもまた――『黒』保有者がいるのだから。
「生憎と我が未来の夫グレアは別の任務があってこれないそうだよ。だからその分、頑張って手配したんだ。きみも同じことをしてくれて嬉しいよ。わたしのすぐ隣を奔ってくれて、嬉しいんだ」
黒竜がこちらに向かってきていた。
「こちらにも吸血鬼と『黒』持ちがいるからね。彼女には時間ギリギリまで人員を集めてもらっていた。いやぁやる気満々だったんだぜ? なにせ彼女は、きみに大切な眷属を殺されているからねぇ」
その時、シオンの纏う空気が揺らいだ――気がした。
――吸血鬼……フィーティだったか。
旅団戦では迎撃の時点で敵戦力を削った。戦わずして命を落とした旅団メンバーの一人に、彼女の眷属『撃摧の英雄』がいたことを、幸助も忘れていない。
復讐心が生み出す無限にも思えるエネルギーのことも、身を以て体験済み。
「と、いうわけで、だ。一騎当千の英雄豪傑の数は残念ながら、大きく偏りはしない。さぁクロノ、混沌からどう抜け出す? わたしを、どう越える?」
御鷹です。
気づけば250話を越えておりました。
完結までまだまだ掛かりそうですが、お付き合いいただければ幸いです。
『たとえ夜を明かすのに~』の方はまだ毎日更新継続中、
先日新作を投稿開始しまして、そちらも毎日更新中です。
完遂者の方も三月以降、どこかのタイミングで更新ペース上げられれば……と考えています。
ではでは、引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m




