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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
天網が如き慧眼、故に並び立つ者は無く
250/301

240◇真贋を見極めるは

 



 目の前に妹が二人いる。

 言うまでもなくルシフェと見間違えているわけでもなければ、別の世界のトワがこのタイミングで出現したわけでもない。

 わけあって軍服ではなく紅の礼装に身を包んだ黒野永遠が、二人いるのだ。

 明らかに、どちらかが偽物。

 だが、見れば見る程にどちらも本物だった。

 形態変化の領域ではない。次元が違う。

 存在の模倣という言葉さえ弱い。

 これはまるで、存在の複製だ。真似ではなく、量産。

 紛れもなくこの瞬間、黒野永遠は二人存在するのだ。

 魔力反応だけではない、観測出来る範囲のあらゆる情報が同一。

「えっ」「えっ」

 片方は偽物であるだろうに、困惑する感情まで本物。

「【黒縄】」

 幸助は迷わなかった。

 漆黒の縄を出現させ、片方のトワを捕縛せんと巻き付かせる。

「んっ、コウちゃん……!?」

 苦しげな声。

 周囲からはまだ当惑が消えない。

「くだらない芝居はやめろ」

 幸助が偽りのトワを傷つけず拘束しているのは、魔法の効果を懸念してだ。

 ここまで対象と存在を同じくする魔法ならば、傷つけることで本物に被害が及ばないとも限らない。

「おやおやおやぁ? どうしてそちらが偽物だなんて思うんだい? このわたしの慧眼を以ってしても、二人になったシンセンテンスドアーサー卿の真贋を見分けることなど出来ないというのに」

 興味津々といった様子でジャンヌが宣う。

 幸助は冷たく返した。

「ならお前の目は節穴なんだろ」

 それを、ジャンヌは嬉しそうに受け止める。

「あはは、手厳しいねぇ。確かに瞼を持ち上げれば伽藍堂ではあるけれどね? 穴をお望みなら見せようか? 好きなだけ笑うといいよ」

「一人で笑ってろ」

 縄は『黒』で出来ている。

 いかに存在を同質にしようと、魔法で『成っている』以上は『併呑』で崩れる筈。

 事実、縄で締め付けられいる箇所から徐々に、それは起こった。

 まるで映像に走るノイズのように、存在が揺らぐ。

 透明のずれ、荒れ、歪みは光の屈折が見せる陽炎のようにも見えた。

「おや……本当に当てて見せたのか。凄いな、いや世辞などではなく、素直に驚嘆しているよ。僅かな魔法発動中の挙動かい? それとも発動の瞬間を捉えていた? あるいは他に何か判断する術やこちらのミスがあったのかな?」

 ジャンヌの想像があまりにも的外れで、幸助は呆れて果てた。

 縄から滲み出した『黒』が偽物を覆い、妹の皮を剥がす。

 現れたのは、黒い布を頭から被った人間。体つきから、女性か。

 幸助は手に入れた属性を見て、胸中で驚く。

 ――『透徹』、ね。

 色彩属性と呼んでいいのかどうか、ついに透明の魔法属性まで出てきた。

 司るは『存在』。それによって妹と同じ存在になっていたのだろう。

「本当に分からないのか? それでよく慧眼を自称出来るもんだな」

「きみが怒っているのは分かるとも。最愛の妹の似姿で遊ばれたとあっては、妹思いの英雄様は我慢ならないだろうね。ただ、どう見抜いたかが気になるんだ。教えてくれたまえよ。いいだろう? 別に減るものでもないのだし」

 まるで子供だ。

 不思議なことが目の前で起こったから、その理由を周囲の大人に訊く。なんで? どうして? と納得出来る説明を欲する。

 敵に教えてやる義理も義務も無い。

 だが幸助は言った。

 当たり前のこと一つ分からない『教導の英雄』に、言う。


「兄貴が妹を見間違えるわけがねぇだろう」


 両目が収まっていたなら、ジャンヌはきっとそれを丸くしていただろう。

 それくらい、呆気に取られているのがわかった。 

 五年越しの、常識からすればありえない死を超えた再会ですら、すぐにそれが妹だと理解出来た。

 存在を同じにした程度のことで、家族を見間違えるものか。

 ジャンヌの言ったような理由を、無意識に取り上げていたというのもあるかもしれない。

 だが、理屈ではないのだ。

 言葉でベラベラと説明するようなものではないのだ。

 分かって当たり前。分からないわけがない。

 見れば分かる。

 そういうことがこの世界にはあって、幸助はただ、当然のことを当然のようにしただけ。

「ふっ……あっはは! 冗談なら最高だし、本気でも同様に最高だ! だってきみの返答はどちらにしろ、わたしの想像を超えているからね! まさかこのような場で、そこまで理屈の通らないことを堂々と言い放つとは!」

 色彩属性保持者である部下が捕まってなお、愉快げな笑みを浮かべるジャンヌ。

 アークスバオナ側の兵士や、ルキフェルさえ困惑しているようだった。

「もう一つ訊きたいのだけれど、構わないかな。あと一つだけ。千年前の『黒の英雄』はきみだったりするのかい?」

「――――」

 一瞬。

 ほんの一瞬。正確にはそれよりも僅かな時間。

 幸助の思考に空白が生まれた。

 幸助と同質の存在。

 千年前のアークレア大陸に召喚され、妹との再会も叶わぬままにある悪領に閉じ込められた英雄。

 もう一人の黒野幸助。

 幸助自身が殺め、その力を糧とした『黒の英雄』。

 そんなエルマーのことを、知っている筈が無い。

 ジャンヌが知る筈が無いのだ。

 幸助はそれが成立する可能性を考えた。

 間者か、裏切り者か、それ以外での情報の漏洩か。

 正確な答えなど期待出来ないのに、彼のことを暴かれたことに動揺してしまった。

 刹那よりも短い迷いは、だが英雄規格からすれば突くに充分な隙き。

「メタ」

 ジャンヌの声。

「【黒纏】」

 幸助の声(、、、、)

 だが幸助ではない。

 一瞬前までトワに同期していた女が、幸助に同期したのだ。

 『黒』を喰らえるのは『黒』だけ。

 ならば幸助に成れば、幸助による『黒』の拘束を脱することが出来る。

 滅茶苦茶だが、『存在』を保有する女だからこそ可能な脱出法。

 これは記憶まで同期する。

 だが、あくまでそれは記憶を同期するというだけのこと。

 例えば、他人の端末から情報をコピーしても、それだけで何か出来るわけではない。利用するにも、必要な情報にアクセスする必要があるだろう。持っている『だけ』では用をなさない。

 だからメタが幸助の記憶にアクセスし、有用な情報を抽出し、それをジャンヌや他の仲間に送信するより先に同期を解けばいい。

「ふふふ、どうするクロノ。きみはきみを殺せるのかもしれないけれど、今回のきみは真実きみ自身だったりしちゃうんだよ?」

 トワが紅蓮の炎をジャンヌに向かわせるが、何故かそれは掻き消えた。

 銀灰の粒子が、見えた気がした。

「もう構わねぇよな。コイツはオレが頂くぞ」

 銀髪をオールバックにした少年だ。

「我慢が出来るほど、きみは躾がなっていないじゃないかマステマ」

 呆れるようなジャンヌの声は無視。

 先程までの眠たげな目を嗜虐的に見開き、幸助に向かってくる。

 ――『銀灰』か。

(あるじ)、あの者はわたしにお任せを」

 返事をまたず、飛び出す者がいた。

 黒髪の剣士にして、ヤクモの従者を名乗る少女。

 ヘケロメタンが十士五劔(つがなしごけん)、『風』のトウマ。

 本来ならば、任せるべき相手ではない。

 だが、トウマはそんなこと承知だろう。

 ならば――。

「任せる」

 その一言で、トウマから闘気が漲るのが分かった。

「必ずや勝利を捧げます」

 マステマと呼ばれた青年が煩わしげに眉を寄せる。

「邪魔だ女」

「戦場で性別が意味を持つとでも?」

「どうでもいい」

 銀の粒子が舞い、トウマの刃が閃いた。

 マステマから、血しぶきが上がる。

「あ?」

 そう。

 『銀灰』は確かに破格の能力だ。

 可能性を操ると予想されるその魔術属性は、色彩属性を冠するに相応しい強力なもの。

 だが、幸助は知っている。

 師であるアキハから、トウマが伝授された絶技。

 一刀の結果を可能性の数だけ実現する、神に許された理外の技。

 マステマが、斬撃が己を斬る可能性を断ったところで、それはあくまで一つの可能性だ。

 彼に見えていた、一閃の成功確率を下げただけのことだ。

 トウマが放った斬撃は、一つにして一つに非ず。

 ただ一つの可能性を潰しただけでは、彼女の剣技は防げない。

「邪魔ならば、退けてみろ」

 マステマの視線が、幸助からトウマへと向く。

「前菜にゃあなりそうだ」

「ほざけ」

 また一方では、ルシフェが兄に向かって叫んでいた。

「これが兄さんの望んでいたことですか! 我が国で、我が国の民同士を争わせることが!」

「こちらの台詞だ! お前が偽善者共に唆されたりしなければ、このようなことにならずに済んだ!」

「わたしはただ、正しい道をとっ」

「どちらか一方が正しい戦争などあるものか……ッ! いい加減、現実を見ろ……!」

 ルキフェラーゼの言には一理ある。

 幸助とて、こちらが全面的に絶対的に正しいなどと言うつもりはない。

 だが決めたのだ。こちら側で戦うと。

 善悪は最早問題ではない。

 立場を決めた者同士の争いが起これば、必要なのは結果だ。

 トワがルシフェを下がらせる。

 ルキフェラーゼも、表情を歪めながら後退した。

 幸助の姿となったメタは、『空間』移動で距離をとった。

 直後に彼女は『風』魔法で飛行開始。

 ひとまず幸助の攻撃範囲外へ逃れるつもりなのだろう。

 即座に【黒纏】を使ったことも踏まえるに、真っ先に戦術に関する情報を抜き出して利用している。

 既存の魔法や戦術は通じない。

 使うにしても、今までにないプラスアルファが必要になるだろう。

 幸助は、不壊の宝剣を抜き放ちざまに斬り上げるようにして一閃させた。

 傍目には、それだけ。

 それだけのことだというのに。

 剣閃は虚空ではなく、遠く距離を隔たった己の似姿、その半身を斬り裂いた。

 メタは反応さえ出来なかった。

 同様のダメージを幸助も受けたが、事前に覚悟しているかどうかで対応が変わる。

 即座に魔力再生を施した幸助と違い、メタは同期が解けて墜落してしまう。

 つまり、こういうことだ。

 幸助は自分の存在を模された時点から、たったの一瞬で、『一瞬前までの自分』の中には存在しなかった新たな魔法を組んだ。

「……想像以上だ、クロノ。もしかしてきみなら、わたしと遊べるのかもしれないね」

「これが遊びか?」

「世界は遊び場だよ。やることなすこと、遊び以外の何でもないのさ。ただ、レベルの違うもの同士では楽しめないというだけで」

「だとしたら、俺とお前もレベルが違うってことになるな」

 幸助は、楽しくもなんともない。

「なら、楽しみ方がまだ分からないだけか、きみのレベルがわたし以下かだよ」

「もう一つあるだろう」

「わたしがきみ以下? さぁて、どうかなぁ。もしそうなら、それはとても……いや、よそう。有り得ないことに期待するなんて馬鹿らしい」

 砦を破壊したことで、この地における防衛拠点は失われた。

 どちらかが降伏、撤退、全滅するまで、互いに隠れる場所もなく戦い続けることになる。

「次はどうするんだい、クロノ。きみに限って泥臭い乱戦なんて望まないだろう?」

 無用な殺し合いを回避する方法を、確かに考えていた。

 得られたのは、戦意を喪失させればいいという、単純な解答。

 コンタクト型の万能機器・グラスによる通信機能で、ある少女に連絡する。

 ――『ライム』

 それだけで充分だった。

 丘陵都市、連合側の待機していたあらゆる場所から、それは巨大化した。

 『黒白』の『浄化』能力によって悪神の支配から逃れた、多種多様な魔獣。

 形態変化によって小さくなっていたそれらが、合図で元のサイズに戻ったのだ。

 魔獣の恐怖なら、戦ったことのある者は実感として知っているだろう。無いものは知らないからこそ恐ろしくて堪らないだろう。

 どちらにしろ、一部の者を除き、足が竦む。

 魔獣とは、それほどの存在だ。

「…………あぁ、すごいなクロノ」

「また想像以上か?」

「いや、安易にその言葉を口に出すのはよそう。ここから先は、真に想定外だった時のみ言うことにするよ」

 まるで、これまでのはそうではないとでも言うような口ぶり。

「きみの方はどうかな、驚いてくれるかい?」

 驚かなかったと言えば、嘘になる。

 なにせ、同じだった。

 執った戦術が。

 魔獣が、アークスバオナ側の待機箇所からも、湧き出てきたのだ。

「伊達に『教導の英雄』を名乗ってはいないよ。わたしの場合は、本当にただ調教しただけだけれどね。何年も掛けて、さ。きみの方は、どんな方法で?」

 色彩属性保持者であるライムの力を借りて、魔獣を浄化した。

 だがジャンヌは、悪神の支配下にある魔獣を、そのまま躾けて己の配下としたのか。

 過程と準備時間に違いはあれど、起きた結果は同じ。

 これが遊びかはさておき。

 目の前の狂人が、一瞬も気を抜けない相手であることだけは確かだった。




一月は一回しか更新出来ず申し訳ありません。

なんとか週一回ペースに出来ればなと考えております。

その分、一話の文字数を3000前後から5000以上に変えようかなと。

ひとまず来週も更新出来るよう頑張ります。

お付き合いいただければ幸いですm(_ _)m

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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
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難攻不落の魔王城へようこそ


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