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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
英雄豪傑、一堂に集う
25/301

25◇奴隷、誓言ス

 



 生命の雫亭、二階部分は、六部屋ある。

 店員で住んでいるのはシロだけで、他は一泊の客や、来たばかりの来訪者――今はクロだ――などに貸し出すのだという。

 部屋は控えめに言っても狭い。

 三帖程しかなく、くたびれたベッドと、小さな机が置かれ、後はもう立つ場所くらいだ。

 そこに、クロとエコナは泊まっている。

 宿を探しても良かったのだが、エコナの希望と、幸助自身、酒場の騒がしさを気に入っていたこともあって留まった。

 部屋が同じなのは、エコナの希望だ。

 かつては寒さを凌ぐため、奴隷同士で集まって寝ていて、それ以前は両親と一緒に寝ていたので、一人で寝るのは寂しい、もちろんご迷惑なようでしたら一人でも、全然……とか言われてしまっては、断れない。

 朝食を済ませ、最早習慣と化したミルクを一杯飲み、部屋へ戻る。

 昨日、荷物が届いていたのだ。

 礼装、というらしい。

 貴族達が着るようなスーツやドレスではなく、戦う職業に就く者が式典に参加する際、着用するものだ。

 別段スーツでも構わないらしいのだが、今日は幸助が主役ということで、ダルトラ側が用意してくれたのだ。

 黒い軍服風の衣装に、やたら高級そうな漆黒のマントだった。

 幸助が『黒』を使うから、だろう。

 安直なセンスに、苦笑してしまう。

 わかりやすいと、褒めるべきか。

 しかし、随分と上質な生地が使われている。

 軍服のボタンは純銀だし、マントに施された紅い刺繍(これは『火』迷宮攻略者だからに違いない)の意匠も凝っている。

 礼服に過ぎないというのに、『黒き月光』と呼ばれる最高級対魔法素材が編み込まれていたりして、とにかく金を掛けようという姿勢が窺えた。

 元いた世界の価値に変換するなら、高級車や、ある程度の一戸建てくらいなら購入出来るのではないか。

 式典は多くの貴族や有力者が集まる場なので、そこで幸助が浮かないようにという配慮なのかもしれない。

 部屋で着替えを終えると、エコナがやってきた。

 幸助を見ると「……ふわぁ」と、お菓子の家を見つけた子供みたいな顔をする。

 くすぐったいその視線を直視出来ず、目を逸らしつつ、尋ねる。

「……変じゃないか? こういうの着るの、初めてでさ」

 杞憂だとばかりに、エコナが首をぶんぶんと振る。

 それに伴って、彼女の毛髪が揺れ動いた。

「とても、お似合いです……!」

「ありがとう、エコナがそう言ってくれるなら、自信湧いてきたよ」

 言って、頭を撫でる。

 彼女は大人しく、というよりも進んでそれを受け入れ、頬を緩めた。

「そういえば、何をしに部屋に?」

「あ、ご主人様とお話しさせていただきたくて、マスターに休憩を頂いたのですが」

 エコナは働き者で、マスターは良い人なので、それくらいはどうとでもなるのだろう。

 エコナが窺うように上目遣いでこちらを見るので、幸助は頷いて応じる。

「あぁ、いいぞ」

 エコナは言った。

 今の生活はとても安定していて、それを与えてくれた幸助に感謝している。

 このままいけば、確かにお金を貯めて、いつか何か、出来るかもしれない。

「そ、それでも、……その、もし、わたしが、……ご、ご主人様と……い、一緒にいたいと思うのは、ダメ、でしょうか?」

 エコナは不安なのだ。

 仲間になるとは言ったものの、共に過ごしてはいるものの、自分は幸助に何も与えられていないと。

 だから、もしかしたら、金が貯まった頃になって、責任は果たしたとばかりに幸助に別れを告げられるのではないか、と。

「俺は、いつか、エコナをギボルネに送り届けたいと思ってる。この国では奴隷のままだから、そんな待遇より、祖国の方がいいと思うからだ。少なくとも、教育にはそっちの方がいい」

 幸助は、子供だ。

 エコナも子供である。

 彼女を正しく育てることが出来るか、幸助にはわからない。

 ただ尽くさせる為に、彼女を所有しようとも、思わない。

 だから、彼女の幸せを考えて、そう結論した。

 エコナは、涙を浮かべ、給仕服をぎゅっと握りながら、それを堪えた。

「そ、そう、ですよね、わ、わたしなんか、全然、お役に立てても、いないし……」

「いや待て、話は終わってない」

 幸助は彼女の前に屈みこんだ。

 マントに埃が付くが、どうでもいい。

「さっきのは、あくまでそうするのが最善と思っていたって話だ。エコナ、俺はお前の親にはなれないんだ。この国を選ぶってことは、学校にも行けない、仕事も選べない、結婚相手も見つからないってことだ。お前を都合の良い奴隷として扱えるなら、そんなこと考えないさ。仲間って言っただろ。だから、幸せを考えてる。お前の未来を、考えたんだ」

 エコナは幸助の話を、じっと聞いてる。

「祖国へ返すこと、それがお前の幸せのためだと、思ってたよ。今でも、どちらかというと、そう思ってる。自信が無いんだな。お前の人生を背負うのが、怖いんだ。命は、とても大切なものだから。俺にとって、お前の命は、大切だから」

 彼女を目を見据えて、言葉に嘘がないと、伝わるように。

「でもお前が、主人としてじゃなくて仲間として、これからも俺と苦楽を共にする覚悟があるって言うなら、手を貸そう」

 ぽろぽろと、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。

 喉をしゃくり上げながら、彼女はそれでも、笑おうとした。

「手を、貸していただいでも、いいですか」

「あぁ、いくらでも」

「あ……そうではなく、本当の、手を」

 幸助は赤面した。

 誤魔化すように咳払いして、右手を差し出す。

 エコナはそれを持ち上げ、手の甲に、口づけする。

「我、エコナ・ノイズィ=ウィルエレインは、やがて母なる大地に包まれ、天庭へと誘われたその先まで、共に在ることを、全存在を懸け、誓います」

 それは、宣言だ。

 まるで、婚礼の儀のような、台詞だった。

「ギボルネでは、忠誠や愛を誓う儀式で、これを言う仕来りなんです」

「……ちなみに、今のはどっちなの?」

「両方……です」

 エコナは、顔を真っ赤にして、言う。

「そうか……」

 ――【状態】が『精神汚染0.273』となりました。

 幸助は、我ながら単純だなと、笑ってしまう。

 結局、彼女が自分の近くにいてくれることが、嬉しいのではないか。

 そっと、エコナの右手を取る。

「……っ」

 戸惑う彼女を、真っ向から見つめ、手の甲に接吻。

「我、黒野幸助は、やがて母なる大地に包まれ、天庭へと誘われたその先まで、共に在ることを、全存在を懸け、誓う」

 顔だけでなく、唇が触れた先から熱が広がるがごとく、彼女の全身が赤くなった。

「………………い、今のは、どちらの、いいいい、意味、で、なのでしょう」

「愛かなぁ。恋愛では、ないけど」

 その返答に、エコナは複雑そうな顔をしたが、結局微笑んだ。

「クロ! 迎え来てるよ!」

 と、階下からシロの声が聴こえる。

「じゃあ、行ってくる」

 立ち上がり、マントを払う。

「あ、あの!」

「うん」

「く、くろの、こうすけ? というのが、ご主人様の、本当のお名前なのでしょうか?」

「そう。あぁ、一回呼んでみてくれないか。幸助って」

「え、で、ですが」

「この部屋には、俺とお前しかいない」

 彼女は、意を決したように唾を呑み込んでから、深呼吸し、その名を口にした。

「こ、こうすけ、さま」

「さまは要らないよ」

「こうすけ……さん」

「まぁ、いいか。やっぱり、ご主人様よりしっくり来るよ。本名だから、当たり前なんだけど」

「で、では……! あ、あの、もし、よろしければなのですが……」

 言いたいことを察して、幸助は頷いた。

「あぁ、これからも、二人の時は名前で頼む。もし、お前がよければだけど」

 エコナは、宝物でも貰ったような顔をして、頷いた。

「はい。行ってらっしゃいませ、……こうすけさん」

「行ってくるよ」

 自分の帰りを待っていてくれる者がいるというのは、とても幸福なことだ。

 幸助は、それを深く実感した。

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