238◇透明な魂の形状
『透徹の英雄』メタは、自分が嫌いだった。
物心ついた頃から、泣けば殴られた。泣かない方が賢明なのだと学ぶ。
見れば殴られた。視線を向けない方が賢明なのだと学ぶ。
口を開けば殴られた。喋らない方が賢明なのだと学ぶ。
居れば殴られた。存在しない方が賢明なのだと学ぶ。
だが消え方が分からなかった。
だから愚かなメタはずっと殴られ続けた。
メタはそれが自分に対する正当な扱いだと思っていて、周囲もそれを当たり前のように強いた。
顔も見たくないと言われたので隠したら、ある日笑われた。
それは嘲笑だったが、初めて殴られなかった。
なるほど、とメタはまた一つ学んだ。
自分の顔はきっと、見るだけで殴りたくなるものなのだな。それは自分が悪い。一生覆っておこう。 それでも、しばらくしたらまた暴力を振るわれるようになった。また自分に何か殴られる理由があるのだろうとメタは考えた。そうでなければ殴られるわけがない。
メタはある日、殴り殺された。
泣かず、見ず、可能な限り息を潜め、顔を隠してなお、メタには殴られる理由があったらしい。
存在自体がむかつく。
そんな言葉を聞いた。
なるほど!
と、メタは大いに納得した。
では自分は、自分でなければよかったのだ。自分なんてものに生まれついてしまったが故に周囲を苛立たせ、自分を殺させるまでに至らしめてしまった。
世の中には殴られることなく幸せな暮らしをしている人もいる。
そういう人間に生まれていればよかったのだ。
自分が悪い。自分が悪い。自分が悪い。自分が何もかも悪い。
『哀れな羊だこと。あまりにも哀れだから、祝福をあげる』
声が聞こえた。そうしてメタはアークスバオナに転生した。
メタは転生してすぐ、自分を見つけたアークスバオナ軍人の姿を真似た。
『透徹』は『存在』を司る。触れることで対象の存在情報を読み取り、自身に同期することが可能。
よかった。これで殴られずに済む。
よかった。よかった。もう悪い自分ではない。よかった。
だが、存在を模倣された軍人は警戒心を剥き出しにし、剣を抜いた。
どうしてだろう。分からない。自分は存在を組み替えた。もう、存在自体がむかつくなんてことは無い筈なのに。
あるいは、目の前の彼もまた殴られる側の存在なのだろうか。
男は何事かを叫び、メタが戸惑い応じられずにいると、斬りかかってきた。
袈裟に斬られ、血が吹き出す。
メタと男、両方の、同じ箇所から。
あぁ、なんでこんなことをするのだろう。自分と貴方は同じなんだから、斬りつけることは自傷行為に他ならないというのに。
痛いのは嫌なので、メタは同期を解く。あとには男の側にだけ傷が残り、やがて死んだ。
目の前で自殺した男が不思議でならず、メタがそのままぼうとしていると、女性が現れた。
「……貴様がやったのか」
浅黒い肌をした波打つ金髪の美女だ。当時はまだ十代だったが、鮮血のような紅眼は変わらない。
『万象の英雄』エウラリア。
「有資格者とはいえ、皇帝陛下の所有物であるところの帝国軍人を手に掛けることは罪だ。釈明があるならば速やかに述べろ」
殺意。
メタは殴られると思って、それが嫌で彼女に同期した。
「――な」
グラスを着用していないメタの情報は筒抜け。故に、彼女には理解出来たようだ。
自分は姿を模しているのではなく、紛れもなく『万象の英雄』と同質の存在なのだと。
この姿ならばどうだろう。むかつかないだろうか。
「何のつもりだ、貴様」
殺意が急速に研ぎ澄まされるのを感じた。何故だろう。分からない。もしかしてみんな、鏡を見ると苛々するものなのだろうか。自分の顔を久しく確認していないので、よく分からない。
「答えろッ!」
「そこまでだ」
そこに現れたのが黒髪の美青年――グレアだ。
「……銘無しの溝鼠風情が、何をしに来た」
一段階低くなった声。殺意が凝縮されていく。
「召喚間もない状況で殺意を浴びせられれば、気も立つというもの」
「莫迦を抜かせ。此奴は既に一人手にかけている。当惑で殺人が正当化されるものか」
「見たわけではないのだろう」
「……何?」
「決定的な証拠に欠けた状態で推測を基に処断を下すことこそ、正当化されてはならぬことと考えるが。それとも貴官は、皇帝陛下の所有物であるところの転生者を無断で処分する権利があると?」
「――――」
「傲慢だな、エウラリア=ウォーホール」
「図に乗るなよ、グレアグリッフェン。色彩属性が格を決めると思うな」
「格? 貴官はそのような些事に執心するというのか。己はこう感じている、『無価値』だと。格で腹が膨れるというのであれば別だが」
「……ッ。――もういい。勝手にしろ」
怒りの爆発を、すんでのところで理性が抑え込んだようだった。
女性が踵を返すのと合わせて、グレアが振り向く。
少し目を広げたのが分かった。
メタが彼の姿になっていたからだろうか。
「何故己の姿をとる」
「殴られたくないので」
今思えば莫迦みたいな返答だったが、それでもグレアは悟ってくれた。
「そうか。ならば己と共に来い。何人にも、貴様を傷つけることを許しはしない。貴様がどのような姿をしていようともだ。理解できるか?」
そうして、メタは旅団に迎え入れられた。
グレアの言っていたことは本当だった。その内、彼らの仕事を手伝いたいと思うようになった。
いつしかメタは旅団の団長代理である《隠色》に数えられるまでに至った。
仲間のことは大好きだったけれど、素顔を見せることだけは出来なかった。
見せて、仲間の態度が豹変してしまう場面を想像すると怖くて出来なかった。
「やぁ、メタちゃん。無貌を望まれ、自己を否定することでしか生きられぬ英雄よ。今回はわたしを手伝いにきてくれてありがとう」
ジャンヌ=インヴァウスが笑っている。
「きみにわたしの真似をしてもらうのも面白そうなんだけどね。きみのそれは記憶まで真似てしまうんだろう? ほら、わたしってば他人のプライバシーは気にしないくせに自分のプライバシーは全力で保護したがるタイプの人間だから、遠慮してもらえると助かるよ」
こくりと頷く。
やるなと言われたことをやって、殴られたくはない。
「きみの能力は素敵だよねぇ。あぁ、お願いがあるんだ。わたしは上官だから、命令だね」
ジャンヌが満面の笑みで言う。
「クロノの仲間に化けて、彼を殺してほしいんだ」
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
次話から、ジャンヌとクロが向かい合うかと思います。
ただ、毎日更新はひとまずここまでかなと。
単に一話をどうにかひねり出すということは出来ると思うのですが、
ここから先はバトル&バトル&バトルという感じで力を入れて書きたいところなので
お時間いただきたいです! それでも3日から一週間に一度は更新するようにいたしますので、
引き続きなにとぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




