237◇未知こそを望む
「やぁやぁこんにちわ。麗しの戦妖精さん」
ロエルビナフ首都の要塞内に設けられた牢だ。
その中に閉じ込められているのは、魔封石の手枷足枷を嵌められた英雄。
『斫断の英雄』パルフェンディ。
『銀灰』持ちのマステマに敗れた挙句、要塞を奪われてしまった哀れな妖精。
「なんの用ですの」
『教導の英雄』ジャンヌ=インヴァウスは盲目の英雄だ。
盲いた目で、世界を見る。
「その言いようは無いのではないかなぁ。マステマとの戦いで瀕死だったきみの命を救ったのは我が軍だったりするのだけど」
ジャンヌは唇に指をあてがい、拗ねるように言う。
パルフェンディは舌打ちした。
「ご存じないようですから教えて差し上げますけれど、そもそも戦いで瀕死になったのはそっちの軍の所為ですわ」
「あはは、それは負けるきみが悪い。違うかい?」
彼女は渋面をつくる。
「…………次やれば勝ちますわ」
「可愛いね。次があるなんて考えられるところが、特に」
ジャンヌはだが、少し驚いてもいたのだ。
自分が得た情報では、パルフェンディはマステマに手も足も出ない筈だった。
だが蓋を開けてみてば、マステマの勝利にこそ終わったものの、彼も死にかけたという。
色彩属性保持者を危うく殺しかける程の強者ではなかったはずなのに。
「小汚い牢に放り込まれたのは屈辱ですが、おにいさまが救い出してくださいます」
「おにいさま? ……クロノのことかい?」
この戦闘狂まで慕っている、か。
「きみの戦い方に変化が生じたのも、クロノのおかげだったりするのかな?」
「だったらなんですの?」
ニタァ、と。
ジャンヌは自分の表情が歪むのを堪えられない。
「…………気持ち悪過ぎますわ」
ドン引きするパルフェンディも気にならない。
ジャンヌは本当に、楽しみなのだ。
自分の愛するグレアを打倒したクロノ。
帝国最大の英雄戦力を抱える旅団を退けたクロノ。
いつ崩壊してもおかしくない危うい協力関係を上手く繋ぎ留めているクロノ。
ジャンヌの目に光は映らないが、それでもなお彼女は全てを見通す。
少なくともそう言われる程に、彼女は先見の明がある。
彼のやるであろうことにも、自分では全て対応策を練っているつもりだ。
だが、それはグレアも同じだった。
たとえ何を考えたところで、旅団が負けるなどあるわけがなかった。
彼は、クロノは、ジャンヌが見通した未来を、容易く無視する。
「く、っふ」
それは、盲目にして慧眼を自称する彼女にとって、最高に――愉快なことだった。
「気味の悪い女ですわね……」
「知りたい」
「はぁ?」
格子に飛びつく勢いで、ジャンヌはパルフェンディに迫る。
「知りたいんだ、戦妖精ちゃん。わたしはね、わたしを超え得る存在が望ましくてたまらない。だけどどいつもこいつもみーんな! 知るまでもなく筒抜けの愚か者ばかり!」
ジャンヌはアークスバオナの中では珍しく、国民のことをどうでもいいと思っているタイプの英雄だ。仲間をどうでもいいと思っているタイプの英雄で、当然敵だってどうでもいい。
未知をくれる者や、既知の中でもマシなもの以外は、基本的に自分の人生からどれだけ欠けてもらっても一向にかまわない。
アークスバオナについているのは、皇帝の隠し事が、とても面白そうだから。
安易に暴くのがもったいない。もう少し計画が進むところを見てみたい。
それに、異界侵攻が実現するならそれは最高なことだ。
だってそうじゃないか。
無数の異界には、いるかもしれない。
ジャンヌの心を踊らせてくれる、未知が。
当面の敵は、クロノ。
クロノ。クロノ。クロノ。
頭の中で名前を繰り返し呼ぶ。
彼が見せてくれる戦いに、ジャンヌは期待しきっていた。
――どうか、わたしを楽しませておくれ。
そのためならどんなことを起こしてもいい。誰が傷ついてもいいし、死んでもいい。
たとえ、自分が死ぬことになろうとも構わない。
「うふふ。きみを生かしておいたのは他でもない、知りたいからなんだよ。クロノのことをね」
「話すとでもお思い?」
「本当はクロノの愛猫に聞きたかったのだけどね、裏切りの貴公子に邪魔をされてしまったのさ」
セツナといったか、猫の亜人。
彼女との会話で手に入った情報も大いに心が跳ねた。
同質の存在が二度転生することがあるという可能性。
「ルキウスも此処に?」
「質問するのはわたしだよ、常にわたしに質問権があって、きみには回答の義務がある」
「……応じなかったら?」
んー、と悩ましげな声を上げてみる。
「妖精だから、羽をもぐというのはどうかな」
「あなた、頭大丈夫?」
「比喩だよ。伝わらなかったかい? いやぁ申し訳ない。でもあんまり陳腐な言い方というのは好きじゃあないんだ。風情がないだろう? そういうのは退屈だ。情報を吐かせる為に拷問する、だなんて美しくないじゃないか。その点、きみが妖精と呼ばれていることと掛けた暗喩ならば、なんだか楽しいじゃないか」
「想像図がグロテスク極まりないのだけれど?」
羽の生えた小人から、羽をむしり取る。
叫び声が聞こえてきそうだ。
「それでいいんだよ。想像力を刺激しないと。その幼い体を、めちゃくちゃにされたくはないだろう?」
「そんなものでわたくしの心が屈するとでも思っているなら、甘いですわ」
「そうかい? じゃあ試してみよう」
看守を呼ぶ。
鍵を開けさせる。
「あ、グラムリュネート……長いからルキウスでいいかな。彼だけどね、この砦にいるよ。良い使い道を考えてあるんだ。きっと楽しいことになる」
「……使い道? あれは、アークスバオナの英雄になったのでしょう」
「でも、まだ昔の仲間を気遣っている。面倒だろう? そういうのってさ」
「…………あなた、外道ですわね」
正気を疑うような、その声に。
ジャンヌは失笑が漏れる。
「道を外れているというのかい? あはは! 面白いことを言わないでくれよ。わたしもきみも、全ての英雄が正常という道を踏み外している。今更正常ぶらないでくれ、興味が失せそうになる」
どいつもこいつもいかれているくせに、自分が理解できない存在に出くわすと、途端に異物扱いする。
つまらない人間ばかりだ。
「妖精ちゃんのことはいいんだ。うん。クロノだよ。きみの脳に眠るお宝情報をくださいな。あまり抵抗しなければ、苦しまずに済むかもしれないよ」




