236◇枯れ続ける大地
色彩属性『翠』が司るのは『生命』。生物が生きていく為の源に干渉出来る能力だ。
例えば、人間一人の生命力を根こそぎ奪って、枯れかけた花壇を復活させることも出来る。
生命力の再分配を可能とする魔力属性。
レイドレッド=レインズことレイドは、畑にいた。
モノクルを掛けて、常に胡散臭い笑みを浮かべる軍服姿の青年が立つには、まぁ不似合いと言える場所だろう。自覚はある。
レイドがかつて存在を隠されていた理由は旅団メンバーだからであるが、暗殺者だったからでもある。
皇帝に害する者や、超難度の悪領に住まう魔物達から搾り取った生命力を、アークスバオナの枯れた土地に注ぐのが主な役割だったのだ。
有効な生命力の再利用と言えるだろう。
最も重要な、人の生きていける大地の保持。
だが、それも長続きはしなかった。
効果が無かったわけではない。ただあまりに、成果が小さかったのだ。
そして、彼だからこそそれに気付くことが出来た。
アークスバオナの領土は枯れているのではなく、生命力を奪われている状態なのだと。
注いだ先から、まるで他の存在が『生命』を発動しているように、どこかへ生命力が消えていく。
その原因を取り除かない限り、アークスバオナが緑に恵まれることはない。
そして、大国の大地全体に生命力を吸収する根を張れる存在など、神をおいて他にない。
いくら英雄と言えど、問題の根源が神となれば対応は困難だ。
このことを団長であるグレアに報告した後、彼が『暗の英雄』となったことをレイドは知っている。
それと前後して、第一后妃が姿を消したことも。
グレアと皇帝は、悪神に手を出したのだ。
レイドはだが、それを口にしない。
団長が言わないということは、知らなくていいということ。
その判断を尊重する。
「よしっ……と。こんなもんかな」
屈んでいた姿勢から立ち上がる。
手についた土を払い、周囲を見渡す。
作物が、実っていた。レイドの力で生命力を周囲一帯に注いだのだ。
これで一時的に収穫量が上がる。
「こりゃあすげぇ。さすが英雄サンですなぁ」
畑の主である老年の男性がやってきて、感嘆の声を上げる。
「あはは。あなたがたの方が余程すごいですよ。手間暇かけて、大切に育ててくれている。国を支えているのは兵士ではなく、農家の人だと僕は思うけどね」
「よしてください。英雄サンにそんなこと言われちゃあ、照れちまいやす」
「本心だよ」
「嬉しいねぇ」
男性の影から、ひょこっと顔を覗かせる者がいた。
童女だ。
「あぁ、すいやせん。孫なんですが、人見知りで」
「ううん、いいんだ」
レイドは彼女の視線に合わせるように屈み込む。
「こんにちわ」
「……ぅん」
「いい畑だね」
そう言うと、幼女はこくこくと頷いた。
「うんっ。だから……英雄サン? ……ありがとう」
「どういたしまして」
「すてきなまほう」
「本当? それは嬉しいな」
レイドは軍服のポケットに手を入れ、握った状態で取り出す。
「嬉しいから、お礼をしよう」
手を開く。
そこには一輪の花があった。
「ふわぁっ。え、え、どうして? どういう魔法なの?」
単純だ。レイドは女性を口説く用に花の種をポケットに入れている。
そうすれば、取り出す時は種で、広げた時には花。案外ウケがいいのだ。
もちろん今回は童女へのお礼であって、口説いているわけではない。
「優しい人に笑ってもらう為の魔法だよ。そして、きみは優しい」
童女は心から湧き出た喜びを形にするように、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、魔法使いさん」
英雄サンよりも、響きがいい。気に入った。
「魔法ってのは、本当にすげぇんですねぇ」
「だね。一刻も早くこの国を救えるよう、頑張るよ」
「魔法使いさんなら、できるよっ!」
「ありがとう」
レイドはしばらく二人と話してから、迎えの馬車が来たので乗り込んだ。
籠タイプの馬車には先客がいた。
自分だった。
だがレイドは驚かない。
「……メタ、仕事が終わったなら元に戻っておくれよ」
すると、レイドの目の前に座るレイドの顔が、歪む。
出てきたのは、アークスバオナの軍服に身を包んだ女性。
とは言っても、漆黒のフェイスマスク姿で顔は見えない。
白いシミが目と口のあたりにあり、それは人が笑っているようにも見えた。
『透徹の英雄』メタだ。
『翠』のレイド、『蒼』のサファイア、『紅』のローグに続く最後の『隠色』。
旅団の副団長のようなもので、つまりそう――色彩属性保持者だ。
「おつかれ。僕になった気分はどうだった?」
こくりと頷かれる。
彼女は自分の姿である時は、喋らないのだった。
それを承知でレイドは続ける。
「きみはこの後インヴァウス将軍に協力するんだって?」
こくりと頷くメタに、忠告する。
「あの女が信用できないのは当然として、クロノには気をつけてくれよ。僕はこれ以上、仲間を失いたくない。それはきみに死んでほしくないってことだよ。伝わるかな」
メタは、しばらく反応をしなかった。
彼女は人の善意とか好意とか、そういったものに疎いようだ。
仲間の心配さえ、まだ慣れていない節がある。
「ちなみにこれは口説いているわけじゃないよ?」
冗談めかして言うと、それに関してはこくりと頷かれてしまう。
「でも、本気だ。帰ってきてほしい。頼めるかい?」
ややあって、躊躇いがちではあるものの、今度は頷いてくれた。
そのことにレイドは少し安心する。
「…………勝てるといいよね」
レイドだけは気づいていた。
悪神はアークスバオナの大地を蝕んでいる。
そして、その勢いは年々増してきているのだ。
このままでは、そう遠くない内にアークスバオナは花の一輪も咲かない枯れ地となってしまう。
時間が無いのだ。
団長や皇帝が何も考えていない筈がない。
だからきっと、これが必要なことなのだろう。
大陸の統一や、異界への侵攻はこの地の民を救うことに繋がる筈なのだ。
そう信じて、レイドは戦っていた。




