235◇お布団に入ろう
あれよこれという内に、一緒に寝るという話が決定してしまった。
そして寝室。
家に入ってきた時にトウマは手狭だと言ったが、幸助基準だと充分に広い。
それは寝室も同じで、ベッドも無駄に広かった。
幸助が縦ではなく横を使って寝転んでも、まだ頭二つ分の程のゆとりがあるので余程だ。
「それぞれの位置を決めましょう。位置取りはひじょうに大切ですからね。わたしは新顔なので、お父さんの隣は今日のところはお譲りします。偉いですね。誰か褒めてください」
ベッドの上には幸助、エコナ、ライム、シロが座っている。
部屋にいるという意味では、トウマやトワもだ。あとは魔物たちも。
「……トワは自分の部屋で寝るよ。だけどその……エコナちゃんかライムちゃんのどちらかはご一緒お願いしたいのだがっ」
家で寝る時は大体いつもエコナを抱きまくらにしているのだった。
本人は可愛いからと言っているが、まだ一人では不安なのだろう。記憶を取り戻してそう日が経っていない。元々は封印しなければ日常生活を送れないとの判断で封じられたもの。向き合う強さがあっても、それは苦しみと無縁でいられるということではないのだから。
きゅっ、と幸助の袖を掴む手があった。
エコナだ。
パジャマに着替えた未来の魔術師は、水気を帯びた瞳でこちらを見上げる。
それの意味するところが分からない程、幸助は鈍感ではないつもりだった。
「残念だったな、エコナは俺の隣で決まりだ」
ぱぁっと表情を輝かせるエコナ。可愛い。
「くっ……なんて可愛い笑顔……悔しいっ」
自分より兄を選ばれたことを本気で悔しがるトワだった。
「トワお姉ちゃん。今日のところはわたしで我慢してくださいな」
瞳をキランッと輝かせるトワ。
「我慢も何も最高だよ……! じゃあトワの部屋にいこっか」
「いえ」
「え?」
ライムがトワと、ついでにトウマの腕を引き、ベッドの縁まで連れてくる。
「ら、ライムちゃん、えぇと、まさか」
「娘御様……わたしはあくまで従者ですから」
「そんなことを言って、お二人とも嫌ではないと分かっていますよ」
「ちがっ」
「……くぅ、娘御様。どうかその特殊な才でわたしの心を暴くのはよしていただけると」
「お父さんもいいですよね?」
ライムに見られる。
嘘をつけば感情とのズレで見抜かれるだろう。
「あー、隣同士とかでなければ。トワは妹だし、トウマは本人が言う通り、あれだし」
「だ、そうですよ?」
しばらく顔を赤くして俯く二人。
先に顔を上げたのはトワの方だった。覚悟を決めたような顔をしてる。
「ライムちゃんが隣で寝てくれるなら!」
「もちろん、おっけー、です」
ライムは最近覚えたのか、慣れない手つきで輪っかを作る。
なるべく兄と離れようという考えなのか、端に座る幸助の反対側に上がるトワ。
彼女の隣はライムで、幸助の隣はエコナに決定。
「わ、わたしにはどうしても出来ません……! このような団欒の和に加えていただけるなど光栄の極みですが、従者としての分は弁えなければなりませぬ」
トウマが絞り出すように言った。
耳まで赤くしている彼女に無理強いは出来ない。
「ライム。トウマはあぁ言ってるしさ」
「ひじょうに残念ですが、仕方がありませんね」
「御慈悲に感謝します。せめてもの謝罪として、この不届き者を追い出しますゆえ」
そう言うとトウマは屈み込んでベッドの下を覗き、腕を伸ばして何かを引き摺り出した。
「わっ」「ひゃあ」
シロとエコナが声を上げて驚く。
英雄規格達は声を上げなかったが、表情を歪めた。
「な、何をするんですか、トウマさん。い、イヴはただおにいさんの安眠をお守りしようと自主的にお邪魔していただけです」
『天恵の修道騎士』イヴだった。
桃色の毛髪と狐耳が特徴的な少女は、ぱたぱたと手足を振って抵抗している。
……いつの間に入りこんだんだ?
「殊勝な心がけだ。だが安心しろ、その任はわたしがこなす」
「一人より二人の方がいいと、思います」
「そもそも貴方は主の従者ではあるまい。招かれざる客だ」
「時間の問題です。今はまだそういう関係でないというだけで」
「いや意味が分からぬ。現時点では紛れもなく侵入者だろう」
「……おうぼうです」
「これが国に知れれば、貴方の行いで亜人への評価が低下すると思われるが? 貴方の志は素晴らしい。なればこそ、その達成を妨げるような愚行を犯すべきではないだろう」
「愛は止められない、のです」
「そうだな。想いを止めることは誰にも出来ない。だが想いの発露、すなわち行動は止められる。このようにな」
ずるずるずる、と引っ張れていくイヴ。
「ま、待ってください。おにいさん、聞いてください。イヴはただおにいさんを――」
「では失礼します。よい夜を」
パタン、とドアが閉められた。
「び、びっくりしたぁ。てゆーか侵入はともかく、トウマさん以外気づかなかったって怖くない?」
「魔力反応も気配も感じられなかったからな……」
「コウちゃん、刺されないようにね」
「またそれかよ……」
気づくと、シロが呆れたように睨んでいる。
「あぁ、っと。シロはどうする? 場所とかさ」
「真ん中。エコナちゃんとライムちゃんに挟まれて寝る」
「そ、そうか」
「お母さんは、実はお父さんと――むぐぐ」
シロが慌ててライムの口を塞いでいた。
「ライムちゃん、ごめんね。少し静かにしててね」
幸助とエコナは顔を見合わせる。
エコナはこくりと頷いて、ベッドの端に移動した。
「あ、ちょっ」
つまり位置は、端からエコナ、幸助、シロ、ライム、トワとなる。
「さっきライムが言ってたもんな。寂しい想いをしたんだろ?」
からかうように笑うと、胸板をぽこんと叩かれる。
「……このっ、こっちは心配してあげたのに」
何度も叩くその手を掴む。
「分かってるよ」
「…………なら、からかわないで」
「悪かった」
しばし視線が絡み合う。
「あ、あのさ……そういうのはその、子供と妹の目が無いところでやってもらえるかな?」
トワの言葉で、二人は視線を逸した。
「ね、寝よっか。明日も忙しいんでしょ」
「そうだな。そうしよう」
そうして、五人で床につく。




