表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
243/301

233◇解読が出来ない




 給仕娘の服に身を包んだ、小柄な童女。

 エコナ・ノイズィ=ウィルエレイン。

 ギボルネ出身の元奴隷で、クロに救われ保護される。

 以後も彼の家で暮らすことを許され、アリスの母校でもある学院への入学を希望。

 入学試験はとうに過ぎている。

 そういえば、結果はどうなったのだろう。

 前に逢った時は、視点がやや使用人寄りだったものの、才能を感じたものだが。

「アリスさん、ですよね」

 この仮面は本当に優れものなのだ。

 実際英雄たちの中に紛れ込んでも、かつての自分を知る一部の者以外は気にも留めなかった。

 本来ならばアリス程度の者に貸し与えられる宝具ではないが、そこは(あるじ)がクロだけあって融通が利くということだろう。

 誤算はあの酒場に仮面の効果を越えて自分を認識する程の者が複数人いたこと。

 まぁ、呼ばれてもいない酒宴に顔を出した自分が悪いということなのかもしれないが、クロと逢えたのでよしとする。

 恋心はあらゆる事情に優先されるのだ。

「ふっふっふー。バレては仕方がありませんねー。そう、謎の仮面少女の正体とは――わたしなのでしたー」

 エコナは笑わない。

 折角大袈裟にローブをはためかせ、ポーズまでとったというのに。

「アリスさん、あの、わたし、これ……」

 そう言って彼女が紙袋を差し出してくる。

「はぁ……どうも」

 受け取ってみると、ほのかに温かい。

「オムライスです。その、他の方にお出しする予定だったんですけど……お夕飯、まだ食べていないかなと思って」

「えぇ、そういえばまだでしたけどー」

 分からない。

 アリスが食事を摂っていないからといって、どうして彼女はそれを用意してくれたのだろう。

「アリスさん、の」

 少女が自分の指と指と絡め、きゅっと握る。

「アリスさんの、したことは、とても、よくないことだと思います」

「…………はぁ、そう言われましてもー」

「でも、わたし、嬉しかったんです」

「はい?」

 意味が分からない。

「アリスさんに学院を案内してもらった時、どんな質問もちゃんと答えてくれて、わたしが理解出来るまで何度も丁寧に説明してくれて……褒めてくれて。白衣も、くれて」

 つまり、こういうことか。

 罪人だが、恩義もある。

 食事を提供するだけの価値はあると判断した?

「なるほどー。そういうことなら、いただきますね」 

 話は終わりだと思ったが、違った。

 童女は悲しげに瞳を潤ませ、唇を震わせる。

「だから、アリスさんのやったことを聞いた時、とても悲しかったです」

「悲しい?」

「あんなに優しいアリスさんが、どうしてあんなことをしたのか、分からなくて……」

 また出た。

 優しい。

 陳腐な形容だ。ヘラヘラ笑って、相手を妨げず、望みの成就を助けてやる。

 その程度のことで手に入る要素に、一体どれだけの価値があるのだろう。

 いや、英雄を殺してなお悪感情に染め上げられないということは、それなりの価値があるのか。

 優しいと思わせておけば、いざという時に役立つこともある、ということだろうか。

「エコナさんのご両親は、どんな時にあなたを抱き上げてくれましたか?」

「……え?」

「わたしの場合は、リガルおじさまが家に来た時でした」

「アリス、さん?」

 戸惑うエコナを置いて、アリスは笑う。

「理由があるとするならば、それだけですよ。ただ、それだけのことです。分からなくても気にしないでくださいなー。どうやら他の人にはわたしのことが分からない、ということは分かってきたので、」

 もう話すことは無い。

「ではでは~」

 ひらひらと手を振って、その場を後にしようとする。

「やってしまったことは、変えられません」

「……わたしは今後一生英雄殺しということですか? それならばあなたに言われるまでもなく理解していますけれど」

「悪いことだけじゃないです。いいことも、しなかったことには、ならないです」

「…………何が言いたいんですかねー?」

「あなたは、とても悪いことをしてしまった人、ですけど。あなたのおかげで、学院は楽しいところなのだと思えました。通いたいと、思えました。だから、そのことは……ありがとうございます」

 ぺこり、と童女は頭を下げる。

 分からない。なんなのだ、一体。

「それと、わたし、試験に受かりました。結果がギリギリで、レベル1からのスタート、ですけど」

 レベルの最高は7。入学試験の結果次第で、スタートのレベルは変わる。

「……それは、おめでとうございます。慰めにはならないでしょうが、わたしも最初は1でしたよ。マキナさんは4からでしたけどー」

「エコナちゃん!」

 彼女を心配したのか、酒場からトワイライツが出てきた。

 こちらを見ると、キッと睨まれる。

「こんばんわシンセンテンスドアーサー卿……いえ、敢えてトワちゃんとお呼びしましょう」

「は?」

「わたしのことは、義姉(ねえ)さんと呼んでくれていいですからね?」

「エコナちゃん。中に入ろう、冷えるよ」

 無視された。

 いずれ自分がクロの妻になれば、義理の姉妹になるというのに。冷たい。

 エコナがトワに連れられて店内に戻る。

 最後に目が合った。微笑む。

 思えばこの微笑みも、人間的価値を少しでも上げようと考えた結果貼り付けたものだったか。

 無愛想な者よりは愛想のいい者の方が好かれやすいと思って。少なくとも家族には無意味だったが。

 きゅう、と腹が鳴る。

 紙袋から漂う匂いの所為かもしれない。

 アリスは少し考えてから、生命の雫亭の屋根へ跳躍した。身体能力も底上げされているので、これくらいはなんとかなる。

 腰を下ろす。

 木製のスプーンと、使い捨ての器。そしてオムライス。

 スプーンで掬う。口許へ運ぶ。

「……美味しいですねー」

 胸が温かくなる。

 それは喉を通り胃に落ちた食べ物の所為か。

 そうでもなければ、理由は分からなかった。




いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。

ブックマーク件数がついに17000件を突破しました!

連載が滞っていたこともあり16000台の期間が長かったので、嬉しいです。

完結までなんとか書ききろうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
i433752

◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
i601647

↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
i594161


◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


共に連載中
応援していただけると嬉しいです……!
cont_access.php?citi_cont_id=491057629&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ