233◇解読が出来ない
給仕娘の服に身を包んだ、小柄な童女。
エコナ・ノイズィ=ウィルエレイン。
ギボルネ出身の元奴隷で、クロに救われ保護される。
以後も彼の家で暮らすことを許され、アリスの母校でもある学院への入学を希望。
入学試験はとうに過ぎている。
そういえば、結果はどうなったのだろう。
前に逢った時は、視点がやや使用人寄りだったものの、才能を感じたものだが。
「アリスさん、ですよね」
この仮面は本当に優れものなのだ。
実際英雄たちの中に紛れ込んでも、かつての自分を知る一部の者以外は気にも留めなかった。
本来ならばアリス程度の者に貸し与えられる宝具ではないが、そこは主がクロだけあって融通が利くということだろう。
誤算はあの酒場に仮面の効果を越えて自分を認識する程の者が複数人いたこと。
まぁ、呼ばれてもいない酒宴に顔を出した自分が悪いということなのかもしれないが、クロと逢えたのでよしとする。
恋心はあらゆる事情に優先されるのだ。
「ふっふっふー。バレては仕方がありませんねー。そう、謎の仮面少女の正体とは――わたしなのでしたー」
エコナは笑わない。
折角大袈裟にローブをはためかせ、ポーズまでとったというのに。
「アリスさん、あの、わたし、これ……」
そう言って彼女が紙袋を差し出してくる。
「はぁ……どうも」
受け取ってみると、ほのかに温かい。
「オムライスです。その、他の方にお出しする予定だったんですけど……お夕飯、まだ食べていないかなと思って」
「えぇ、そういえばまだでしたけどー」
分からない。
アリスが食事を摂っていないからといって、どうして彼女はそれを用意してくれたのだろう。
「アリスさん、の」
少女が自分の指と指と絡め、きゅっと握る。
「アリスさんの、したことは、とても、よくないことだと思います」
「…………はぁ、そう言われましてもー」
「でも、わたし、嬉しかったんです」
「はい?」
意味が分からない。
「アリスさんに学院を案内してもらった時、どんな質問もちゃんと答えてくれて、わたしが理解出来るまで何度も丁寧に説明してくれて……褒めてくれて。白衣も、くれて」
つまり、こういうことか。
罪人だが、恩義もある。
食事を提供するだけの価値はあると判断した?
「なるほどー。そういうことなら、いただきますね」
話は終わりだと思ったが、違った。
童女は悲しげに瞳を潤ませ、唇を震わせる。
「だから、アリスさんのやったことを聞いた時、とても悲しかったです」
「悲しい?」
「あんなに優しいアリスさんが、どうしてあんなことをしたのか、分からなくて……」
また出た。
優しい。
陳腐な形容だ。ヘラヘラ笑って、相手を妨げず、望みの成就を助けてやる。
その程度のことで手に入る要素に、一体どれだけの価値があるのだろう。
いや、英雄を殺してなお悪感情に染め上げられないということは、それなりの価値があるのか。
優しいと思わせておけば、いざという時に役立つこともある、ということだろうか。
「エコナさんのご両親は、どんな時にあなたを抱き上げてくれましたか?」
「……え?」
「わたしの場合は、リガルおじさまが家に来た時でした」
「アリス、さん?」
戸惑うエコナを置いて、アリスは笑う。
「理由があるとするならば、それだけですよ。ただ、それだけのことです。分からなくても気にしないでくださいなー。どうやら他の人にはわたしのことが分からない、ということは分かってきたので、」
もう話すことは無い。
「ではでは~」
ひらひらと手を振って、その場を後にしようとする。
「やってしまったことは、変えられません」
「……わたしは今後一生英雄殺しということですか? それならばあなたに言われるまでもなく理解していますけれど」
「悪いことだけじゃないです。いいことも、しなかったことには、ならないです」
「…………何が言いたいんですかねー?」
「あなたは、とても悪いことをしてしまった人、ですけど。あなたのおかげで、学院は楽しいところなのだと思えました。通いたいと、思えました。だから、そのことは……ありがとうございます」
ぺこり、と童女は頭を下げる。
分からない。なんなのだ、一体。
「それと、わたし、試験に受かりました。結果がギリギリで、レベル1からのスタート、ですけど」
レベルの最高は7。入学試験の結果次第で、スタートのレベルは変わる。
「……それは、おめでとうございます。慰めにはならないでしょうが、わたしも最初は1でしたよ。マキナさんは4からでしたけどー」
「エコナちゃん!」
彼女を心配したのか、酒場からトワイライツが出てきた。
こちらを見ると、キッと睨まれる。
「こんばんわシンセンテンスドアーサー卿……いえ、敢えてトワちゃんとお呼びしましょう」
「は?」
「わたしのことは、義姉さんと呼んでくれていいですからね?」
「エコナちゃん。中に入ろう、冷えるよ」
無視された。
いずれ自分がクロの妻になれば、義理の姉妹になるというのに。冷たい。
エコナがトワに連れられて店内に戻る。
最後に目が合った。微笑む。
思えばこの微笑みも、人間的価値を少しでも上げようと考えた結果貼り付けたものだったか。
無愛想な者よりは愛想のいい者の方が好かれやすいと思って。少なくとも家族には無意味だったが。
きゅう、と腹が鳴る。
紙袋から漂う匂いの所為かもしれない。
アリスは少し考えてから、生命の雫亭の屋根へ跳躍した。身体能力も底上げされているので、これくらいはなんとかなる。
腰を下ろす。
木製のスプーンと、使い捨ての器。そしてオムライス。
スプーンで掬う。口許へ運ぶ。
「……美味しいですねー」
胸が温かくなる。
それは喉を通り胃に落ちた食べ物の所為か。
そうでもなければ、理由は分からなかった。
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
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連載が滞っていたこともあり16000台の期間が長かったので、嬉しいです。
完結までなんとか書ききろうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m




