232◇謎の美少女仮面
羞恥心を感じられるだけの人間は大体全員、気分が沈んでいた。
その恥の生産者である『慈愛の修道騎士』テレサはカウンター席の端に隔離されている。
「何故母にこんな仕打ちをするのですか……? はっ、これがいわゆる反抗期?」
幸助とクラウディアの『反発』によって席から離れられないようにしているのだ。
他の修道騎士達から許可を得ている。
しくしくと涙を流す妙齢の女性の姿に胸が痛まないでもないが、こうでもしなければ止められないのである。
「……上手いのね。さっき手に入れたばかりでしょう」
クラウディアが感心したように言う。『薄紅』の扱いについてだろう。
「本人程には出来ないけどな」
「せめてもの救いってわけ?」
肩を竦めて誤魔化す。
彼女は数少ない被害ゼロの人間だ。
他の者は逃げ果せた一部の者を除き、テレサが言うところの『愛の抱擁』を受けた。
気にした様子の無いライムや逆に興味津々で質問に向かうマキナなどもいるが、概ね落ち込んでいる。
「おや、思ったよりも盛り上がっていませんねー?」
「な――」
女だ。体格から少女だと分かる。紅柘榴の長髪。同色の瞳。目許だけを隠す仮面を着用している。全身を覆う程のローブ。彼女の動きに伴って見え隠れする肌には、複数の装飾具。魔法具や宝具だ。
首にはチョーカー。
招かれざる客だった。
『紅の継承者』アリスである。
「わたしならばクロさんがいるだけで大盛り上がりだというのに。分かっていないお客ばかりのようで」
幸助は彼女の出所をダルトラに認めさせた。利用価値が、あるからだ。
首のチョーカーは幸助の許可無しに魔法を使えば爆発するという仕組みの魔法具。貴族院はクウィンに対しても着用を求め、彼女がそれを了承した為に明日からクウィンも同じものを着用する予定だ。
つまり、裏切るかもしれない者専用の首輪。
仮面は宝具だ。
既に重ねがけの罪を刻まれているアリスは、逆に言えばどれだけ付けても死ぬまでは新たなペナルティが課せられない。
仮面は着用者の存在感を落とす。余程のことがなければ『通り過ぎる人』以上の関心が持てないのだ。
余程のこととは例えば、その人物以外に意識すべきものが無い時とか。
あるいは、通り過ぎた程度でも認識出来る程、その人物を知っているとか。
この場合、すぐに彼女に気付けたのは幸助とトワ、グレイとマキナ、エコナだけ。
少し遅れて、クラウディアも気づいたようだ。
「クロ、あなた正気?」
「……英雄にそれを聞くなよ」
彼女の気持ちも分かるが、使えるものはなんでも使うのが黒野幸助だ。
必要なら、妹を死に追いやった者達の仲間にだって擬態する。
憧れた英雄を焼き、最愛の妹を危うく死刑寸前まで追い込んだ大罪人だろうと、それは変わらない。
「あら、クラウディアさん。お久しぶりですねー」
「あなたみたいな小娘にリガルのジジイが殺されるわけないわ」
「あはは、実力は関係ないですよー。わたしは友人の娘で、リガルおじさまは酔われていました。それに素敵なオモチャもありましたねー。暗殺なんですから、状況さえ整えば子供でも完遂出来ます」
「…………反省は、してないようね」
「してますよー。次はクロさんの怒りを買わないように立ち回りたいと思ってるんです。前回の失策はその一点に尽きますからね」
反省してるのは罪ではなく、失敗。
「あぁそう。でも気をつけた方がいいわよ。少しでも怪しい動きをしたら、『薄紅』に挟まれて、ただでさえ細い体が紙より薄くなるかもしれないから」
クラウディアはエルフィの友だ。リガルのことも幸助より深く知っているだろう。
そんな相手を殺した犯人を前にして、殺意を抑えている彼女の精神力は驚嘆に値する。
「クラウディアさんこそお気をつけて、わたしにも正当防衛は許されているんですよ?」
「お前が誰かを傷つけたら、俺は起爆するけどな。安心しろ、お前の首だけ綺麗に飛ぶ威力だ」
魔法は脳で組むが、魔力器官は下腹部にある。
余程の魔法使いでない限り、首を刎ねれば死ぬのだ。
英雄規格の中にはその『余程の魔法使い』がゴロゴロいるわけだが……。
少なくともアリスは疑似英雄なので、その心配は無い。
「え~、そんなこと言って怖がらせないでくださいよ~」
「そもそも呼んでないのに何で来た」
彼女は幸助の至極尤もな問いに対し、頬を赤らめ手を当て、更には腰をくねらせながら恥ずかしがり屋な少女とばかりに言う。
「逢いたかったからですよ」
「帰れ」
「旦那様のいるところであれば、たとえ火の中水の中、ベッドにトイレにお風呂まで、もちろん酒宴の最中だろうと駆けつける。この愛が伝わりませんかー?」
「よく伝わったきたよ。だから起爆もしないし、監獄に戻しもしない。分かったら、帰れ」
「ぶぅ、いいじゃあないですかー。この仮面もあることですし、誰もわたしの存在になんて気にも留めないですよー」
「……お前それ、本気で言ってるのか?」
「はい? わたしはこう見えて、基本的に本気ですけれどー」
「アリスちゃん」
来て、しまった。
マキナだ。リガルの実の娘。
事前にグレイやマキナ、トワなどには話を通していたから、監獄の外にいること自体に驚くことは無い。
「はて、誰のことでしょう? わたしは謎の仮面美少女……仮面を付けているなら美少女であることは分からないですかね……? 改めまして、わたしは謎の仮面少女ですが?」
「アリスちゃんでしょ。分からないとでも思った?」
「軽い冗談じゃないですかー。お久しぶりですねマキナさん。あなたは英雄の血が濃いから、すぐにレベル7になってメレクトに特別扱いで受け入れられた。アーキナー師に見初められ、一流の魔術師街道まっしぐらー。罪人に落ちた元旧友を笑おうというならば、どうぞご自由にー」
マキナもアリスも、エコナがこれから通う学院の生徒だった。
幸助とエコナがアリスに学院を案内してもらった時には、マキナはもうメレクトに渡っていた。
英雄の子孫であり、同年代であり、同校の生徒でありながら、彼女達の道はどうしようもなく分かれてしまった。
「そんなことどうでもいいよ。ぼくはただ、直接聞いておきたかったんだ」
「わたしはあなたとお話することなんて、ないですけど」
「マキナ、よせ」
「師匠は黙ってて。どうしても信じられないんだ。だってぼく達、友達だったろう」
「今でも友達だと思っていますよ? 話すことが無いだけです。話したい相手が、他にいるというだけです」
「きみは父さんとも仲が良かったじゃないか。ちょっと変なところはあったけど、気遣い上手で、優しくて、努力家だった」
「変っていうところ以外は、えぇ、当て嵌まりますね。それクロさんにも言ってあげて下さい」
「ぼくは、きみが自分の意志で父さんを殺したとは思えない」
「……はい? いや普通に殺しましたけどー。簡単でしたよ?」
「っ。誰かに……だって、きみは、両親と折り合いが悪いって言ってたじゃないか。強制されたんじゃないの。やらなきゃ家を追い出すとか、そんなことを言われてさ」
マキナは、信じたいのだ。
自分の記憶の中の、友人であった頃のアリスを。
だがアリスは、英雄の狂気を強く継いでいる。
友情を感じられるのだとしても、それを抱えたまま友の親を殺すことが出来る。それに胸を痛めないということが出来てしまう。
「わたしは、わたしの意志でリガルおじさまを手に掛けました。もういいですか?」
目を見開き、顔を蒼白にするマキナの背をグレイが優しく撫でる。
「……機会を改めた方がいいですねー。色んな人がわたしを睨んできて、気分良くイチャイチャ出来そうにありません。というわけでクロさん、今度は二人きりで逢引しましょうね」
そう言って彼女は踵を返す。
それが、幸助には意外だった。
語れる程彼女を知っているわけではないが、それでもどことなくアリスらしくない。
彼女が他人の目なんてものを、気にするだろうか。
その背中は、飄々としている彼女にしては、どことなく沈んでいるように見えた。
錯覚かもしれないが、そう見えたのだ。
いつもお読みくださりありがとうございます、御鷹です。
ギリギリの更新で申し訳ないです。
バトルの方の新作は八話連続更新されますので、そちらも是非。
幼女の方も更新されています。
ではでは、またお逢い出来ましたらm(_ _)m