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229◇変幻自在の穿孔

 



 それは一瞬の攻防。

 ミアは『穿孔の英雄』だ。これは『貫通』属性を極めし者という意味で付けられた銘。

 彼女の槍は必ず刺さると言われている。

 それは極限まで研ぎ澄まされた貫通力だけが成立させている――わけではない。

 彼女は強さの信奉者だ。そしてオーレリアに憧れている。自分がその域に達していないことも。

 だからオーレリアのように万能性を求めることはしなかったが、その強さを自分もどうにか取り入れられないかと試行錯誤した。模倣ではなく吸収を、彼女は誰に言われるでもなく出来る努力家だった。

 『貫通』『囲繞』『延伸』『減縮』『歪曲』。彼女の魔法に使われている属性だ。槍の創造も含めれば『土』も加わる。

 『貫通』を穂先に纏わせる。『囲繞』で魔力の露出を防ぐ。感知されないようにだ。次に槍を構える。穂先で狙いを付ける。瞬間、『延伸』で槍の柄を延ばす。そして即座に『減縮』で引き戻すのだ。 英雄規格のスペックと彼女の努力によって、それは瞬きの刹那で完了する。

 一瞬で対象に孔が穿たれ、動かずして穂先は血で濡れる。

 不動の一突き。

 だが、彼女の魔法の恐ろしさはそれだけではない。

 距離を無視する刺突というだけで驚異的だが、今回のように敵に自分が見えている状態では狙いがバレる。ただでさえクロは英雄規格。一瞬であろうと反応するだろう。

 しかし、彼女の槍はただでさえ刹那を駆け抜ける神速であるにもかかわらず、相手の反応を見てから更に狙いを変えることが出来るのだ。

 『歪曲』によって時に穂先、時に柄の形を歪めるのである。

 それによって目の前にいた少女の一突きが、正面以外の方向から自分を襲うという事態に陥る。

 不動にして刹那にして変幻自在の一突き。

 分かっていたところで、英雄規格だろうと、反応するのは極めて困難。

 オーレリアも実際、少なくとも最初の一突きは彼に通じるものと思っていた。

「リアっちの目、ミアが覚まさせるんだから」

「俺には、オーレリアの目が何かで曇っているようには見えないけどな」

「なにその持って回った言い方、ウザっ」

「…………」

「行くよ。わんわん泣いても、笑わないであげる」

 奔った。

 槍はクロの心臓へ向かって伸びる。

 クロが即応、『黒』を纏った左手が槍を掴もうと動く。

 それでも、ミアの槍は後から軌道を変更可能。

 軌道は容易にズレを見せ、彼の下腹部――魔力器官へと向かう。

 初見ではまず対応不可能な神業。

 だというのに。

「――――ッ」

 クロは素手(、、)で穂先を掴んでいた。

 咄嗟に反応した?

 違う。反射にしても反応にしても速すぎる。

 予想していた?

 もしそうなら、何故素手なのだ。

 『黒』で掴めば傷を負うことなく無力化出来た筈――いや、まさか。

「あっ」

 そのまさかだった。

 ミアの魔法には『減縮』が組み込まれている。伸びた後、槍は元の長さに縮むのだ。

 もしその時、槍が対象から抜けなかったら?

 槍の側が、そちらへ引き寄せられる結果となる。

 そしてミアが手を離すのが一瞬でも遅れたら、少女の身体もそちらへ引き摺られる。

 こういうことだ。

 ミアは槍を伸ばし、掴まれ、縮んだ槍ごとクロの眼前まで一瞬で移動してしまった。

 体勢は崩れ、両手は槍に。

 そして、クロの左手には『黒』。

「ひゃっ」

 首を掴まれ、地面に叩きつけられる。

 槍は奪われ床に転がる。

 まるで押し倒されるような体勢。

 決着だ。

 ミアはまだ理解が追いついていないのか、目を白黒させている。

 オーレリアも驚いていた。

 彼の一連の行動はまるで予定通り動いただけとばかりに流麗で、完璧だった。

 有り得るだろうか、そんなことが。

「なんで……あ、有り得ないしっ」

「あー、どう言えばいいかな」

 クロが言う。ミアはまずオーレリアのクモの巣状の『糸』を取り除いた。そして後退した。

 ミアの周囲から発動する魔法でない限り『糸』を取り除く必要は無く、距離が無関係ならば移動する必要が無い。

 更にはあからさまに構えた槍だ。

 本来距離が離れている方が都合がよく、かつオーレリアの魔法が障害物となるような攻撃手段であると予想がついたわけだ。

 槍だけならばブラフの可能性もあるが、ミアはオーレリアを慕っている。正面から勝負を吹っ掛けた以上、卓越した技術による攻撃方法は用いても姑息な手段は使わないと判断。

 槍が伸びるものと判断し、ただ伸びてくるだけならば『黒』で消せるよう左腕を用意。

 曲がるようなら、予め魔法式に組まれているだろう『減縮』を逆に利用しようと右腕は素手のままにした。『黒』で触れば魔力を『併呑』してしまうからだ。

「……そんな、そんなの」

「わんわん泣いても、笑わないでやるよ」

 もらった皮肉を返すのも、彼らしい。

 だがミアに対してそのセリフは良くなかった。

「う、」

 ぶわり、と彼女の瞳が潤み、すぐに雫が溢れる。

「うああああああああん!」

 ボロボロと泣き出すミアに、クロは驚いたように手を離した。

「あ、いや、悪い」

「うあああぁぁああああ……!」

 起き上がったミアは涙を溢れた先から手で拭うが、次から次へと出てくるので間に合っていない。

 そう。彼女は自分の強さが通じないと、あまりのショックに泣いてしまうのだ。

 オーレリアが懐かれたのも、調子に乗った彼女を毎度あしらい、泣かし――その後渋々泣き止むまで側にいてやったことが原因だろう。

 『黒の英雄』ともあろうものが少女の涙一つでオロオロしているのが、少し面白い。

「なんとかしてやれ」

 シオンの言葉に、オーレリアは唇を歪める。

「面白いから、もう少し見ていましょう」

「後悔しても知らねぇぞ」

 その言葉の意味を、オーレリアはすぐに知ることになる。

「泣かなくてもいいだろ。悪かったよ。ごめんな。それに、えぇと、ミア? お前の魔法も凄かった。事前のやりとりが無かったら、避けられなかったと思う」

「……………………ぅう? ほんと?」

「本当だ」

「ミアの魔法、『黒の英雄』にも通じる?」

「あぁ、もちろん」

「ミア強い?」

「頼りになる仲間だって、今ので充分分かったよ」

 シオンの言っていたのはこれか。

 そうだ。

 自分は強く、自立し、彼女の相手をしていたから懐かれた。

 今のクロの状況は、その時と回数以外は同じではないか。

 ミアは涙を止め、くしゃくしゃになった顔でにぱーっと笑った。

「クロくん、良い人だねぇ」

「そこまでよ」

 オーレリアは慌てて二人の間に割って入り、彼女の顔をハンカチで拭いてやりながらさりげなくクロを引き剥がす。

「あ、リアっち。あのね、ミア、負けちゃった」

「えぇ、見てたわ。顔ぐしゃぐしゃじゃない」

「リアっちが負けたって聞いた時は有り得ないって思ったけど、クロくんなら仕方ないかもだね」

「……負けてないわ」

「ふふ、ミア、強いって」

「言ってたわね、そんなこと」

「リアっちより強くなる日も近いかも」

「すぐ調子に乗るのはアンタの悪いクセよ」  

「いいとこはー?」

「立ち直りが早いとこと、顔。それだけ」

「リアっちに褒められた! うーれしーなー」

 にへへ、と笑う。

 強さを求めるくせして、心を許した相手には無防備な姿を見せる。

 このちぐはぐなところが、彼女を苦手な理由だった。

 嫌いなのに、憎めない。

 心の中の何処に置いておけばいいか分からなくて、困る。

「クロくん。いいね。勝ったのに、あの目で見なかった。負けたら、あの目で見られると思ったのに。リアっち以来だよー」

 ミアは過去生について語らないが、おそらく見下す視線を知っている。

 失敗した者を嗤うあの目、負けた者を嗤うあの目、傲慢な目。

 それに怯える彼女は強くなり、その目に晒されることは少なくなった。

 でも、そうか。

 彼女が負けたオーレリアは興味の無さから見下すことは無く、クロは怒ることはあっても見下すことはしないように思える。少なくともミアや他の英雄を見下したことは無い。

 なるほど、ミアの基準で彼が『良い人』なのも頷ける。

「好きかもー」

「はぁ!?」

「あ、もちろん一番はリアっちだよ?」

「そんな心配はしてないっ!」

 会話を聞いていたのかいないのか、クロが後ろから声を掛けてる。

「シロがめっちゃ怒ってるから、さっさと店を直そう」

 確かに、床板は剥がれたままだ。

「はーい、ミアが壊しちゃったからミアが直しまーす。クロくん手伝ってくれる?」

「ん? まぁ、俺も戦ったわけだしな」

「やーさしーねー」

「やめなさい」

 彼に抱きつこうとするミアの首根っこを『糸』で掴む。

「うっ、リアっちのジェラし――く、くるしっ、首絞めないでリアっち!」

 心の内で舌打ちする。

 まったく厄介な人間が送られてきたものだ、と。


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