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225◇黒と白と薄紅と

 



「色彩属性保持者……」

「言いたいことは分かるわ。記録には残ってないし、銘は『擯斥(ひんせき)』だものね。英雄になる時に出した条件みたいなものだったのよ。少しでも目立たなくする為のね。わたし、しつこく説得されて渋々英雄になったクチだから」

 英雄規格。それも色彩属性保持者。

 幸助は彼女の発言と状態から、彼女の身に起きている現象に説明がつけられてしまう。

 神化の防遏(ぼうあつ)

 人が神にならぬように設けられたルール。

 色彩属性保持者の場合、力量を超える能力発動による代償という形で発生・蓄積・進行する。

 『黒』は『精神汚染』、『白』は『記憶落丁』、『紅』は『抑制弛緩』、『蒼』は『変容拒否』、『翠』は『感情剥奪』。

 人格が豹変する、記憶が無くなる、理性がきかなくなる、見た目が老いなくなる、心が揺れなくなる。

 どれもこれも間接的に他者を遠ざける要因となり、行き過ぎれば恐怖の対象となる。

 そうなれば、誰も神聖視しないだろう。

 『薄紅』――能力はおそらく『反発』――にも、あるのだ。

 『接触不能』とでも言おうか、『反発』の常時強制展開。

「それは嘘だ」

「……どういうこと?」

 クラウディアがゆったりと首を傾げ、試すような視線を向けてくる。

「仕方なくで英雄になるような人間が、そんなことになるわけない」

「あぁ、これ」

 彼女が睫毛を伏せ、皮肉げに微笑む。

「恥ずかしいわね。これは確かに、必死になってた証だわ」

 一部の英雄規格には神の魔力と繋がる権利が与えられる。

 幸助の【黒迯夜】が、無限に等しい魔力を供給してくれるように。

 彼女は六年前、多くの仲間を失いながらも戦い続け、それによって触れられることも、触れることも出来なくなってしまった。誰にも、何にも。

 恥じるようなことではない。

 ただ、彼女を襲う孤独を思うと胸が痛んだ。

「それで、クウィンティ。何を待ってほしかったの?」

 クウィンはすぐさま反応した。

「さ、さっきの、言葉」

「本心よ」

「でもっ」

 食い下がるクウィンを見て、クラウディアはやりにくそうに目線を下に向けた。

 悩んだ素振りを見せてから、仕方なさそうに口を開く。

「えぇ、そうね。わたしの言葉はもう六年早く言えたかも。でも正直当時はとてもそんな心境ではなかったのよ。そのあたりは、察してね。それに、当時のあなたにわたしの言葉が響いたかどうかも、怪しいし」

「そ、れは……」

 クウィンも自覚があるのか、否定しなかった。

 いまだ店内の視線はこちらに集中していた。

 酒場に不似合いな沈黙が流れる。

「……あぁ、もう。わかった、わかったわよ。白状するわ。あの淫乱ヤブ医者の影響なのよ。エルフィね。あいつはわたしが田舎に引っ込んでからもちょくちょく逢いに来ては、カウンセリングとかいって居座ってたの。知ってた?」

 ふるふる、とクウィンが首を横に振る。幸助も知らなかった。

 だが彼女は優秀な精神魔法医だ。加えて交友関係があったなら、彼女が友人の許を定期的に訪れていても驚かない。

「でもあいつアークスバオナについたでしょう? それを聞いたら、文句の一つも言いたくなってね。良い機会だから、あなたにもわたしの言葉を伝えておこうって思ったの。どう受け取ってもいいけど、今のわたしの本音を口にしたつもり」

「……わ、わたし、は」

 彼女は、自分が創られた存在であることを酷く気にしていた。

 自分の存在を最も恨んでいる筈の人間に幸福になってもいいのだと言われ、戸惑っているのが分かる。

 クウィンが縋るような視線で幸助を見る。雨に濡れた子犬を思わせる、寄る辺なきものの目。

 誰かの苦しみを完全に理解することは出来ない。

 けれど、幸助とクウィンは友達だ。だから、思ったことを素直に口にした。

「俺もクラウディアの意見に賛成だよ」

「……クロ」

「だってさ」

 そこで一度言葉を区切った。

 クウィンがごくりと喉を鳴らす。

「不幸にさせる為に救けたんじゃない」

「あ……」

 敢えて明るく笑った。

「折角呪いを解いたんだから、幸せになってもらわないとな」

 じわっ、と。

 クウィンの瞳が潤んだ。

 彼女はそのままクラウディアに向き直り、薄い唇を動かす。

「あ、ありが、とう」

 クウィンの言葉に、クラウディアは驚いたように目を見開く。

 それから冗談を言うように笑った。

「よしてよ。思ったことを言っただけ」

「それでも、ありがとうって、思った、から」

「わかった。わかったわ。もういいでしょう。苦手なのよ、こういうノリ」

 パタパタと手を団扇にして顔を扇ぐクラウディア。照れているのかもしれない。

「さて、今度こそクロに話があるのだけれど」

「あぁ」

 頷く幸助の横に、すすすと寄ってきたクウィンが絡まる。

 やんわりと引き剥がそうとすると、クウィンはショックを受けたような顔をした。

「……クロから離れるのは、不幸なのに」

「うっ」

 先程の会話の直後だ、そう言われると弱い。

「大丈夫。わたしは若者が目の前で発情してても気にしないわ」

「してないからな」

「あら、それはそれはクウィンティに失礼というものじゃない? 魅力的な女性と腕を組んで何も感じないだなんて正気?」

 クウィンの紅の瞳が窺うようにこちらを見上げてくる。

「……いいから、本題とやらを頼むよ」

 からかうように笑っていたクラウディアが、肩を竦める。

「それじゃあ、一つ目なんだけど。エルフィが裏切った理由に、あなたは納得してる?」




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