223◇無垢なる白き愛
「あ、主? それは真ですか?」
ヘケロメタンに行っていた間に溜まっていた仕事や、出発までにやっておくべきことを片付け、少し早いが生命の雫亭へと向かう道中。
黒髪の麗人、トウマが耳を疑うとばかりに戸惑いの声を上げる。
「真だよ。カグヤ達には言わないでくれよ?」
ルシフェがエルマーの子孫である、という件だ。
トウマはヘケロメタンの領主代理として充分に働いてくれている上、幸助の護衛も譲れぬらしい。
ルシフェと顔を合わすこともあるだろう。だから先んじて説明しておいたのだ。
の、だが……。
「……主は喫驚仰天の事実を連ねて、我らの心の臓を破るおつもりですか?」
彼らの主に起きた千年前の真実を告げたばかりか、同質の存在である幸助が助力を請い、エルマーが捜していたトワを連れていき、そして今回はエルマーの子孫の実在を知らせる。
確かにこんなもの、驚き過ぎて心臓が保たないという気持ちも分かる。
「俺だって驚いてるんだ」
「えぇ、それは、わたしも察するところではありますが……時に、主」
「なんだ?」
「件の少女ですが、トワ様に似ておられるとか」
「そっくりって程じゃないけどな。俺とアイツは双子だし、そういうこともあるだろ」
「白銀の髪をしていた?」
「だな」
「ほう……」
トウマが考え込むように腕を組む。
嫌な予感がした。
「……おい、待て。やめろ」
「はて、何のことでしょう」
トウマは端整な顔で澄まし顔をする。様になっているが、それはそれとして追及せざるを得ない。
「エルマーの恋人が誰だったか、当てようとしてるんだろ」
「滅相もございません。そも、わたしは千年前を生きてはいないのですから」
「だとしても、だ。候補についてはシュカあたりから散々聞いてるんじゃないか?」
「な、何故そこで奴の名前が出るのです……! 他の者からも聞いた話です!」
顔を赤くするトウマを見て、シュカが可愛がるのもわかるなと内心で頷く。
「主に不利になるようなことを言うのか?」
「ふっ。いけませんな主。我が主はクロ様なのですよ? エルマー様ではない」
不覚にも、ジーンときてしまう。
ヘケロメタンの者がエルマーとクロを分けて考えようとしているのは伝わってくるが、同一視している部分も少なからずある。
エルマーがこうだったから、クロもこうなのだろうと、考えている部分が彼らにはある。
それが間違っているとか、そんなことは思わない。
だがやはり、改めてクロの方を尊重されると、嬉しくなってしまうのだ。
とはいえ。
「ありがとうトウマ。だけどな? あいつは『黒野幸助』でもあるわけだ。千年越しに秘密の恋人を暴かれるなんて、可哀想でならない。というわけで、ピンとくる候補がいるんだとしても、他の奴らには言うな」
「千年間、奴らが追い求めていた情報ですよ?」
「そう言われると心苦しいが、武士の情けで頼む」
ふむ、とトウマは顎を引く。
「承知しました。いかに千年前から忠義を尽くすお相手とはいえ、色恋にまで関わろうなどというのは無粋ですね」
「よかった。分かってくれたか……」
「ところで主? 別行動の際にわたしが調べたところによると、親密な関係にある女性の数が非常に多いようですが?」
「待て待て待て、今自分が言ったこと思い出してくれるか?」
ふぅ、とトウマはため息を吐いた。
「主こそ、落ち着いてください。確かに他所様の色恋沙汰に口出しするなど無粋の極み」
「あぁ」
「ですが、わたしは伊達や酔狂で主に仕えているわけではありませぬ」
「う、ん?」
「どれだけ優秀な殿方であろうと、時に悍ましい程の醜態を晒すことがあります。それは大抵、恋情によって引き起こされるのですよ。傾城の美姫という言葉があるでしょう」
国を傾ける程の美女というのは、なるほど存在する。
一国の主さえ、その魅力で誑かし、愚行に走らせる。
確かに、忠義が本物であればこそ、口出しもまた好奇心ではなく心配によるものなのかもしれない。
「共に未来を掴み獲ると誓った御方が、色情に狂うなど看過できません。それを未然に防ぐ為にも、客観的かつ理性的な判断を下す存在が必要かと。不肖トウマ、勝手ながらその大役、務めさせていただきます」
なるほど、筋は通っている。
エルマーは死者だ。亡き主の恋人を特定するのは好奇心。
だが、今を生きる主の女性関係を調べるのは忠誠心。
「いや……でもなぁ」
「ちなみに、意中のお相手はシロ様という方でよろしいですか?」
それ、なんて答えればいいんだ?
「よろしい、ですか。だって、クロ?」
いつの間にか、クウィンが幸助の左腕に絡みついている。
くいっと腕を引き、抱きかかえるように。
「クリアベディヴィア卿でしたな。貴女に関しては誰もが口を閉ざした為、詳しい話が聞けなかったのです。主とは一体どのようなご関係で?」
突然現れたことには驚きもせず、トウマが問う。
別行動中、本当に幸助の女性関係について尋ねて回っていたらしい。
「わたしは」
「えぇ」
「クロが」
「はい」
「好き」
「なるほど」
クウィンはその特殊な生まれや呪いから、情緒面の成長が阻害されていた。
呪いから解放され、自らの意志で戦うことを選んだ最強の『白の英雄』はしかし、言うなれば素直な子供のようなもの。
「とても、とても、大好き」
「ですが、男女の関係にはない?」
「おい、トウマ」
「クロが、手を出してくれない」
しょんぼりとするクウィン。
「……クウィン、あのな」
「ふむ。周囲の女性で、主の脅威となりうる者に心当たりは?」
その質問に、クウィンの瞳が一瞬、昏くなる。
「そういう人が、いたら」
「いたら?」
「……消す」
「貴女とは仲良く出来そうだ」
妙な絆の芽生える瞬間に居合わせてしまった……。
クウィンは非業の死に絶望し、せめて幸助に殺してもらおうと敵対した。
だが、幸助が彼女を諦めず呪いを解いたことで考えを改め、自らが嫌悪してやまなかった英雄としての力を、今度は幸助を助ける為に使うと言ってくれた。
そんな彼女からすれば、男女にかかわらず幸助に害為す者は許せないのだろう。
『無かったこと』にすることを躊躇わない程。
「わたしがお側にいられない時には、主をよろしくお願い致します、クリアベディヴィア卿」
「まかせて」
……後でクウィンと話をする必要があるな。
そう考えつつ、幸助はしばらく二人の会話を間で聞いていた。




