23◇英雄、帰還ス
ソグルスの魔法具は、バングルだった。
『ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルートの腕輪』。
・【魔法】に
【我が瞳に燃えろ[クラレス・フィルノ]】
【我が掌に燃えろ[クラハロ・フィルノ]】
【我が息吹に燃えろ[クラブレガス・フィルノ]】
【爆裂せよと命ずる[ヴォルガルト・ウォン]】
【秘めたる声を聴け[シークス・リークスレス]】
【道を拓けと命ずる[ロドスフィレンカ・ウォン]】
【到達し、爆裂せよ[リィ・ヴォルガルト]】
【灼熱の洗礼を受けよ[スクルトア・ヴァ・サン]】
【焔槍にて火葬を執り行う[ギルク・ドボルゼア・ロ・ファオ]】
を、追加。
・後天スキルⅢに
『ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルートの抗体』自然属性無効――全ステータス極大低下。
事象属性耐性極大――事象属性発動不可(【秘めたる声を聴け[シークス・リークスレス]】を除く)
『ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルートの傀儡操術』屍の傀儡化――傀儡の活動エネルギー負担。
『ソグルス・ドゥエ・ヌメオラルートの自食』――生命力を魔力に、魔力を生命力に変換可能になる。変換レートは、双方永久に1=1。
と、今回は補正に対してマイナス効果も伴う、という魔法具だった。
しかし妙なことに、捕食によって得たスキルには、マイナス表記が無い。
つまり、幸助はリスク無しに、自然属性無効を手に入れてしまった。
傀儡操術の、活動エネルギー負担はマイナス表記扱いではないらしく、残っているが。
だが、強くなったと素直に喜べない。
『黒』の発動は控えた方がいいだろうし、『セミサイコパス』の突発的発動も恐ろしい。
特に後者は、おそらく純粋な殺意を抱いて、実行に移そうとした時に発動してしまう。
怒りで魔物に対峙すること自体を、自制しなければならない。
感情を律する。
出来る筈だ。出来ない筈はない。
だが、難しい。
行きよりも時間を掛けて、ゼストを抜けた。
統括隊長・レイスは笑顔で二人を出迎えてくれた。
他の兵士達からも、尊敬の眼差しを向けられる。
ハナの生首にギョッとする者も多かったが、説明すると涙する者が続出した。
アークレア、基本的に善人ばかりの国なのかもしれない。
それだけ、豊かということだろう。
心にゆとりが、生まれるくらい。
レイスに、攻略を祝して歓楽街に行かないかと誘われた。
娼館、元いた世界で言うところの風俗店。
要するに、金を払って女とエロイことをする店が沢山立ち並ぶエリアだ。
興味が無いと言えば嘘になるが、先約があるので謹んで辞退した。
「また誘ってくれ」
と、社交辞令で言うと、敬礼が返ってきた。
ちょっと返すのが嫌なので、苦笑だけ浮かべて帰路につく。
既に日が落ちかけていたので、判断屋へ向かうのは明日にすることにした。
しかし、ハナの頭部を持ち歩くわけにもいかないので、墓場へは寄った。
アークレアにも、埋葬の概念はあるらしい。
この世界の神が、アークレアから見た異界、つまり幸助や他の来訪者が元いた世界を創ったというのなら、人類が同じような道を辿っても不思議ではない。
魔法と科学、という生活基盤の差はあれど。
日本人としては、火葬が真っ先に思い浮かんだが、ダルトラでは土葬が一般的だという。
科学は息をしていないのに、宗教は根付いている。
アークレア神話を正史であると信奉する宗教で、宗徒全員がそう考えているわけではないだろうが、相当数の臣民が信仰しているのだと。
まぁ、幸助の元いた世界にも、親が仏教徒だからとかキリスト教徒だからと、引き摺られた者達がいた。
この世界でも、そういう“流れによる継承”があるのだろう。
アークレア神話とは、神と英雄の出てくる話だ。
英雄は、過去の来訪者であると言われている。
つまり、アークレア宗徒にとって、来訪者は現代の英雄である。
するとどうなるか。
普通の人間と、墓地の区画が変わる。
身元不明人であるというのに、来訪者墓地が作られるという高待遇だ。
死者に待遇も何もあったものではないだろうが、残された者には意味のあることだ。
自分の知己が、適切に、大切に埋葬されて、不愉快になる者はおるまい。
王都の外。
小高い丘の上に、それはあった。
墓地の運営は教会が担っているが、実際に埋葬作業を行うのは委託業者だ。
だから、墓を掘り返して、空っぽの棺に頭部を入れることは、出来ないとタイガは言った。
明日以降でないと、とのことだ。
幸助はそんな必要は無いと笑い、適当に『地』魔法を組み上げ、発動。
土が退く。
『風』魔法で棺を引き上げる。
「今まで、オレは墓参りに来なかった。三人は此処にいないと、知っていたからだ」
「これからは、来放題だな。全員、きっと此処に寄るだろうし」
絵面は恐ろしかったが、一度生首を全て出す。
クルスとミオのものをタイガが見つけ、ハナにしたのと同じ手順で棺に入れる。
それから三十分程、タイガは祈りを捧げた。
幸助は、それを見ていた。
「……待たせた。行こう、エコナという名の童女の、料理が冷める」
「どうでもいいけど、エコナという名の童女、って長いだろ。普通にエコナって呼べよ。嫌がりはしないさ」
「…………オレは、子供に好かれた試しがない」
幸助は爆笑した。
「あはは! 顔だ、顔怖いからだ」
「……自覚はしている」
「ちょ……お前、不意打ち過ぎるぞ……くっ、くくっ、確かに、言われてみれば子供に泣かれそうな顔……ふっ、してる……あははは……!」
腹を抱えて笑う幸助を見て、さすがにタイガも顔を顰める。
「そこまで、面白いか」
「だって……ふひっ」
「声が裏返る程か」
「待てっ、ちょっと黙ってくれ……ふふっ……ツボに入った……」
それから五分程、幸助は笑い続けた。
タイガは困ったような顔をしながらも、機嫌を悪くはしなかった。
二人して、街へ戻る。
生命の雫亭の、戸を開く。
待っていたのは、歓声だった。
客――来訪者達が、何事か叫んでいる。
ともかく、空気は明るい。
「クロ!」
と、シロが抱きついてきた。
巨乳が押し付けられ、彼女の匂いが吸い込む空気に混じる。
「ごめん、クロ!」
「え、何が」
「あたし、神話の魔法に詳しくなくて、でも、今日、聞いたの。『白の英雄』は記憶を失い、『黒の英雄』は己を失うって。ねぇ、大丈夫だった!? クロはクロだよね?」
「あー………………クロだよ。お前がそう名乗れって言った時から、俺はクロだ」
迷宮内でのことを話すにしても、後が良いだろう。
それより、目に涙を溜めたシロが、可愛すぎるのが問題だった。
「なぁシロ、キスしていいか」
「へ?」
返事を待たず、幸助はシロの唇に自分のそれを重ねた。
押し付け、吸う。
「んっぅ~~~」
彼女の顔が真っ赤になる。
十秒くらい堪能してから、口を離す。
「な、な、な、な――」
――【状態】が『精神汚染1.998』となりました。
と、そこで厨房からエコナが現れる。
トレイの上に、肉料理を載せていた。
「エコナ!」
叫び、近づく。
彼女はビクッと震えた後、それが幸助だとわかると、慌ててトレイを近くのテーブルに起き、制服と髪型を整えてから、小走りで駆け寄ってくる。
「ご主人様! おかえりなさいませ、ぇえっ!?」
「あぁ、ただいま! 早くお前の料理が食いたいよ!」
幸助は彼女の両脇に腕を入れて、持ち上げた。
そのまま、その場でくるくる回る。
「ご、ご主人様、さま? ……あの、は、恥ずかしい……です」
幸助はエコナを降ろしてから、抱きしめる。
やはり、彼女は甘い匂いがした。
――【状態】が『精神汚染0.665』となりました。
「おいタイガ! 幸福って、結構簡単なもんだな!」
タイガは意味を悟ったのだろう、首の裏を撫で、嘆息する。
「違う。お前が獲得したのだ。安易ではない道のりと選択の末に」
「かもな!」
幸助は、アークレアに来てから、体感的には少しずつ、経過時間的には急速に、変化していた。
それはしかし、どちらかというと、元に戻った、という方が正しい。
妹の仇を討つために、それ以前の己を殺していた幸助。
そこで終わる筈だったのに、終わらなかった人生。
そして、彼は、失った筈の少年らしさを取り戻していたのだ。
人との、交流を通して。
魔物との、戦いを通して。
「キャラ、大分変わってない……?」
シロが、キスされた衝撃も忘れて、苦笑している。
「ご主人様、少し、苦しい、ですっ」
喘ぐように、エコナが艶っぽい声を出す。
幸助は、くだらない虚飾を剥いで喋る。
「シロ、エコナ。お前たちが、俺の幸福みたいだ」
二人は一瞬固まり、同時に赤面した。
周囲の客が、囃し立てる。
「よう皆! 今日は俺とタイガの奢りだ! 好きなもんを飲み食いしろ!」
小樽ジョッキを持った奴らが、大声と共にそれを持ち上げる。
「俺とタイガでソグルスをぶっ殺してきた! 話を聞きたい奴は――耳かっぽじっとけ!」