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220◇静かなその赫怒

 



「……一体何を」

 一息に距離を詰め、彼女に顔を近づける。

「自ら進んで人造英雄になったですって? あれがどういうものか、アイツがどういう者か、分かってる?」

 エルフィは、仲間が大事だ。大好きなのだ。

 その中には当然、クウィンも含まれる。

 そして、トワの主治医だったように、問題のある英雄規格の世話は『神癒の英雄』であるエルフィに一任される。

 だから、そう。

 ――『恐怖、要らない。だから、消して』

 一番最初の成功例。

 『白の英雄』クウィンの主治医もまた、エルフィだった。

 エルフィは知っていた。彼女が毎夜毎夜恐怖に震え、悪夢に魘されていることも。

 それでも、彼女の中から恐怖は消さなかった。それはとても大事な感情で、消してしまえば彼女はすぐに魔物との戦闘で殺されていただろう。死にたくないという原初的な衝動こそが、彼女の生存を大いに扶けていたのだから。

 そして、そもそもだ。

 クウィンは全てを『無かったこと』に出来る。

 彼女がわざわざエルフィに恐怖を消してくれと頼んだのは、自分で恐怖を消すことが出来なかったから。

 消してしまいたいけど、消してしまうことさえ怖かったから。

 だからエルフィに委ねようとした。

 人造英雄創造計画を、邪法だから嫌うわけじゃない。

 そんなことは(、、、、、、)どうでもいい(、、、、、、)

 自分の友達を長年蝕んだから、怒っているのだ。

 その研究者がアークスバオナにいるのだという。エーリに処置を施し英雄に仕立てあげたのだという。

「アナタが復讐者を気取ることが出来るのはね、アタシの友達がいたからよ。よかったわね、望んで英雄になったのだものね。けど、あの子は違う。誰でもそうでしょ? 好きな子を泣かしたやつは、許せないじゃない? だから――邪魔しないでくれる?」

 エーリは故郷の為に怒っている。だから同郷のエコナの話を振った。

 彼女の意識を、戦闘用のそれから家族を想う少女に戻す為に。

 その状態で『神癒の英雄』に接近を許せば、もう終わりだ。

「貴方、まさか――」

 脳に干渉し、意識を落とす。

 他の英雄規格ならばこうはいかないだろう。エーリはあくまで後天的に能力を獲得しただけ。

 それを扱う精神性は常人のもの。

 倒れる彼女をそっと抱きとめ、人の目に触れぬあたりに運んで寝かせる。

 そう。

 エルフィの目的は、人造英雄創造者の始末。

 クウィンを苦しめた元凶へ罰を与えること。

 エルフィはルキウスと違い、連合が確実に負けるとは思わない。

 クロは『黒』の持ち主で、なによりあの精神性だ。

 目的を定めたら、その達成の為にあらゆる手段を講じ、実行する少年。

 最終的に連合が勝利する可能性は、低くないと考えている。

 それでも、だ。

 たとえば連合が勝利したとして。

 クウィンの製作者はどうなるか。

 そもそもの話として、(くだん)の研究者はどのようにしてアークスバオナへ渡ったか。

 リガルに事が露見し捕縛された後、その罪から彼は投獄された。

 現在で言えば、アリスが収容されている監獄だ。

 しかし、彼は自殺した。

 研究が否定され、死ぬまで独房暮らし。追い詰められて命を断ってもおかしくない。

 だが生きていた。

 どこかのタイミングでアークスバオナの者の介入があったのだ。

 そして研究を続けた。

 別の誰かを身代わりに死なせ、次の人造英雄を造らんとして。

 それは成功した。

 エーリを一瞬見下ろして、すぐに視線を切る。

 彼女は警護を任されていたのだろう。

 旅団に入ったおかげで男の居場所を早期に発見することが出来たが、旅団に囲われた研究者に手を出せば罰は免れないだろう。

 エルフィがいるのは帝都だ。逃げ場もない。

 しかし、この機を逃すわけにはいかなかった。

 連合が戦争に勝利すれば、男はまた姿を消すだろう。この広い大陸で、魔法使いでさえ無い者を捜し出すのは非常に困難だ。魔力反応が弱すぎて、魔力感知による捜索が出来ないのだから。

 故に、男の居場所が確かである『戦争中』というタイミングでなければならなかった。

 エーリに止められた先にあるのは、研究施設。

 途中何人かとすれ違うが、堂々と歩いていく。

 たまにエルフィを呼び止める者がいれば、『この女性がいることは自然なことだ』と調律して進んだ。

 そして。

「…………見つけた」

 個人の研究室。

 たった一人でクウィンを創り出した男だ、群れる必要はないとでも思っているのか。

 入る。

「おい、入室前はノックをしろ。僕の許可より前に入ってくるな。何度もそう言っただろう!」

 男はこちらを見ることもなく叫んだ。

「ごめんなさいね。慣れていなくて」

「……何? 貴様所属は……待て、どこかで見たことがある顔だぞ」

「奇遇ね。アタシもアナタを見たことがあるわ。死んだ筈じゃなかった?」

 無精髭に蓬髪の白衣姿。そんな男が、何かを思い出したように目を丸くする。

「……ローゼングライス卿? 何故……いや、そうか、ダルトラを裏切った英雄というのは君か。なるほどね、君も僕と同じなんだろう? 理解無き愚者から不当な扱いを受けた! 君は英雄かつ狂人だが、野蛮ではないあたりに好感が持てる。研究者肌というのかな、僕が魂魄のエキスパートだとすれば、君は肉体のエキスパートだ。互いにプロフェッショナル。どうして此処に? 手伝いたいというなら、許可しよう。僕は英雄嫌いだが、目的のために手を取り合うことは出来る」

 それはそうだろう。

 英雄嫌いを自称しながら、彼は英雄の魂を無断で採取し、クウィン創生に利用した。

 利用することに躊躇いはなく、また心を痛めない。

 だが分かっていないようだ。彼に魂を利用された英雄達も、生前はエルフィの友だったことを。

「ずっと、考えていたのよね。他の人は、クウィンの方に目を向けてあまり考えていなかったようだけれど」

「……なんだ? 何を言っている。英雄は話が分かりにくくて困るんだよな」

「アナタ程度の人間が、どうやって人の魂に干渉出来たのか」

「僕が天才だからだ。なんだ君、手伝いに来たわけじゃないなら帰ってくれ。僕は忙しい」

「宝具でしょう」

「――――」

「あら? ごめんなさい、わかりやすいように結論から話してみたんだけど、通じなかった?」 

 簡単な話だ。

 結局この男も、貴族という英雄の血脈が持つ狂気にあてられただけ。

 アリスの時のように、再び自分達が英雄となれるようにと考えた者達に目をつけられた。

 そして彼の理論を現実にする為に必要なものを用意した。

 御業が神の力の一端なら、魂に干渉する宝具があってもおかしくない。

 なんてことはないのだ。

 この男はなるほど、天才ではあるのかもしれない。

 世界のルールを守れば、机上の空論にしかならないものを捏ね上げる才覚はあった。

 その実現に貴族の力を借りて、英雄の魂を利用して、それでもなお言うのだ。

 自分は英雄が嫌いだと。自分の力だけで、現地人の英雄を創り出すのだと。

 その都合の良さに、冷笑がこぼれる。

「よかったわね、自分の妄想を現実に変えられる、そんな玩具を貰えて」

「黙れ! 僕の実験は成功した! 成功したんだ! クウィンティはどうだ! ダルトラ最強の英雄となっただろう! 僕が創った! 僕の功績なのに! 貴様らはその事実を隠して! すごいのは僕なのに!」

「うるさい」

「っ! っ!」

 パクパクと口を開閉するが、男は喋れない。

 エルフィは『神癒の英雄』だ。

 彼女の魔力操作能力は『統御の英雄』オーレリアに勝るとも劣らない。

 精神――つまり脳への干渉も、常人に対してならば触れずとも行える。

 言語野を麻痺させ、言語機能を制限することさえ、彼女には可能。

「アタシ、アナタの言う通り野蛮ではないわ。だから、殺したりはしない。血なんて、あまり見たくないもの。パルフェに言わせれば、そういうところがつまらないらしいんだけどね。そこらへんはやっぱり、主義ってものがあるじゃない? だから、アタシはアタシらしくいこうと思うの」

 男が後ずさる。

 もう遅い。

「リガルに捕まった日が、アナタにとって人生最悪の日よね? 理解無き愚者に不当な扱いを受ける。それが屈辱だったのよね? だから、アナタへの罰はそれよ。これから死ぬまで、永遠にその記憶の中で生きるの」

 顔が真っ青になる。入り口にエルフィが立っており、逃げ場はない。

 必死に首を横に振って何かを伝えようとしている。言いたいことは理解出来たが、エルフィは敢えて首を傾げた。

「ごめんなさい、何を言っているかわからないわ。それじゃあ――さようなら。アタシの友達が感じた苦痛の少しでも、アナタが味わってくれると嬉しいわ」

 干渉はすぐに済んだ。

 男が突如として蹲り、暴れだす。

 精神があの日に行ったらしい。固定してあるので、屈辱のシーンを延々とループすることになる。

 部屋を出ると、エーリや兵士がいた。他の英雄も何人かいる。

「あら、遅かったわね」

 微笑む。

 笑っているのはエルフィだけだった。




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