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217◇紅柘榴の投獄者

 



 王都で捕縛された犯罪者は所轄の軍警屯所へ連行・勾留される。王城に設けられた地下牢が使用されることは稀だ。王城内の者が罪を犯すか、トワの時のように英雄規格を一時勾留しておく時くらいのものだろう。

 リガル暗殺に関わった貴族達はエルフィによる『偽りの通じない尋問』によって真実を暴かれたのち、王都から東へ向かったところにあるフォークス監獄へ移送された。

 魔封石による拘束によって、魔法を使っての脱走も叶わない。

ルシフェとトワとの鼎談(ていだん)を終えた幸助は、そこを訪れていた。

 面会室だ。

 無機質な正方形の部屋は、中央を壁によって遮られている。壁の上半分は透明で、互いの姿を視認することが可能。椅子が一つずつ。面会人側の席に腰を下ろし、幸助は罪人を待った。

 しばらくして連れてこられた罪人を見て、幸助は訝しげに目を細める。

 囚人服姿なのは問題ない。魔封石の手枷と、そこから伸びる鎖が胴体と足を繋いでいるのも。

 だが現れた囚人はそれに加え目隠しをされ、口枷まで付けられていた。

「これはどういうことだ」

 幸助の問いに、彼女を連れてきた看守は顔を青くする。

「いえ、その……これには理由がありまして」

「魔法を使えない囚人から、更に視界と言葉を奪う理由?」

 酷く狼狽する看守を見て、幸助は高圧的だったかと反省。態度を改め、再度問う。

 英雄から怒りをぶつけられたわけではないと理解した看守は、ゆっくりと語り始める。

 その囚人は独房に収監されていた。看守が日に三回、格子越しに食事を届ける。人と関わる機会はそれだけ。何もしようがない。

 違った。

 囚人は極短い時間の積み重ねの中、その視線と言葉だけで看守を籠絡してみせた。

 あろうことか、看守は囚人の脱獄を手助けしようとしたのだという。

 それが幸助の耳にまで届かなかったのは、未遂に終わったからというのもあるが、監獄側の体面が損なわれるという部分が大きいだろう。

 そうして囚人には口枷が嵌められた。

 だが囚人は、次の看守を視線だけで虜にしてみせた。看守は彼女と言葉を交わしたいと思うあまり、前任者と同じ愚を犯してしまう。

 結果、彼女には目隠しまでもが施されることになった。

「……確かに、それならその対応も頷ける」 

 だがこれでは会話もままならない。

 幸助は看守に頼んで口枷を外させる。目隠しも外すよう言ったが、看守はそれを一瞬躊躇った。

 幸助が大丈夫だと念を押すと、恐る恐る目隠しと取る。

 その後、幸助を案内してくれた者含め、看守にはしばし部屋の外へ出て貰った。

 紅柘榴の瞳が、幸助を捉えて離さない。

 薄い唇が、喜びに震えながら弧を描く。

 赤みを帯びた長髪はだらりと垂れ下がっており、かつてのような艶は感じられない。

 だが、それが異様な妖しさとでもいおうか、魔性の魅力を増幅させているようにも思えた。

 アリスグライス・テンナイト=グラカラドック。

 初代『紅の英雄』の末裔にして、『霹靂の英雄』リガル暗殺犯。

 自らが英雄規格に生まれなかったことから、英雄規格を産むことを存在意義と定めた貴族。

 オリジナル魔法具、一人の英雄に一つのみとされる宝具を複数装備しての戦いでは、一時幸助を追い詰めた。

「クロさん。逢いに来て下さったんですね。とてもうれしいです。とても、とっても」

 熱のこもった声。愛する者を迎えるような、甘く温かい囁き。

「此処に来てからというもの、来る日も来る日も貴方のことばかり考えていました。もう、恋しくて恋しくて堪りませんでしたよ」

 まとわりつくような熱い吐息は、耐久性に優れた透明の仕切りを透過してこちらに届くような錯覚を覚える。

「脱獄しようとしてたみたいだが?」

「貴方にお逢いしたい一心で、つい。でももう必要ありませんね。二度としません。誓います」

「何に?」

「もちろん、貴方に。お望みとあらば、神にでも」

 王城で兵士に引き渡して以来、逢うのはこれが初めてだ。

 残念なことに、彼女に変化は無い。罪の意識が無いから、後悔の念に襲われることもない。

 過ちを過ちと思えないから、反省なんてものはそもそも出来ない。

 変化の拒絶ではなく、不変の呪い。

 人の本質は変えられないのだと証明するかのように、彼女は有りの儘歪んでいる。

「それで、旦那様。本日はどのような御用件で? 手狭ですが、部屋にお招きしても? えぇ、それがいいですね。少し固いですが、寝台もありますし。夫婦の営みは充分に可能です」

「伝えていなかったことがあるんだ」

「そうですねー。私の愛の言葉に、愛を返してもらっていません。夫婦というもの、やはり相思相愛でなければいけませんものね。さぁ、どうぞ。愛の囁きというものは、後で思い返して恥ずかしくなるくらいが丁度いいと思います」

「どうして宝具は一人の英雄に一つしか下賜されないんだと思う?」

「…………何の話でしょう」

 笑顔のまま、されどどこか訝しげに、彼女は首を傾ける。

「お前は宝具を複数持って俺と戦ったよな。一度勝ったと言ってもいい」

「えぇ、今でも不思議でなりません。いいえ、違いますね。私程度の猿知恵では敵わぬ程、貴方が優れていたというだけのことでしょう。さすがです」

「宝具は御業によって鍛えられる。御業は神の力の一端だ。宝具には神の力が宿っている。だからアークレアの法則を無視した道具が存在出来るんだな」

 ダルトラ王家とアークスバオナ皇家には神の血が流れている。その内、どのような手段によるものかは不明だが、それぞれ一代に一人、御業と呼ばれる神の力を扱うことが出来る。

 ダルトラでは、英雄が銘を拝領した際、同時に一つ与えられる。

 御業を用いて創られた装備――宝具を。

「それが、なんだというのでしょう」

「色彩属性は、器を越えた能力を引き出そうとすると代償を求められる。『黒』だと精神汚染だ。これは神の用意した安全装置だと思うんだよ。人が神に近づき過ぎないように、歯止めを利かす為の」

 エルマーとの会話で出てきた、神化の防遏(ぼうあつ)だ。

「かもしれませんね。素晴らしい慧眼です」

「王家が一人の英雄に複数の宝具を与えないことと、無関係だとは思えないんだよな」

 そこまで言ってようやく、アリスは理解したようだった。

 しかし、それでもすぐには受け入れらないようで、頬を痙攣させている。

「……宝具の複数所持にもまた、神の力が働く?」

 メリットだけでは、人は増長してしまう。際限なく高みを求め、やがて神の域を侵そうとする。

 だから、強い力を与えても、自分の所まではこられないように制限を設けた。

 それが色彩属性の代償であったり、宝具の所有制限なのではないか。

 事実、古くから王家には『個人に複数の宝具を与えてはならない』と定められているらしい。

 それは今では形骸化し単なるしきたりとして伝わっているが、元はそういうことなのではないか。

 すなわち、神の定めた罪に触れるからではないのか。

 であれば、それを無視したアリスに待ち受けるものは――神の罰だ。

 そして今、幸助のグラスはそれを確認した。

 彼女はグラスを取り上げられているから、確認も出来ないのだろう。

 捕縛以前に気づけなかったのは、彼女のグラスが改造されたものだったからだ。万が一ステータスの公開を求められた時、魔法具と宝具による大幅な強化がバレることがないよう、ステータス表示が誤魔化されていた。

 彼女自身、自分のステータスを確認しても気づけなかっただろう。

 だが、彼女に宝具を持たせた者達の中には、想像出来た者もいた筈だ。


 【呪い】『盟約を違えし咎人』


 効果は奇しくもクウィンの背負っていたものと同じ――非業の死、確定。




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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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