215◇刃と刃の交錯点
戦妖精と対峙する青年は、名をマステマといった。
彼は、戦うことが好きだった。争うことが、ではない。互いに欲しいものがあって、どちらもそれを手に入れようと動いた結果起きる諍いを、マステマは好まなかった。
それはつまらないからだ。
だから、連合とアークスバオナの戦争も、正直言って退屈の極みだ。
彼が求めるのは、勝敗以外の何も必要としない、純然たる武力の衝突だ。生死さえどうでもいい。
強者と強者が相対し、互いに死力を尽くし、どちらかが敗北を迎えるまで戦い続ける。
相手が死んだならそれでもいい。立ち上がれなくなったならそれでも構わない。
どちらが上で、どちらが下か。
それを明瞭にする為の、戦いこそが彼の望み。
言うなれば、一対一の本気と本気のぶつかりあいと、その果てにどちらか一方が迎える「敵わなかった」という自覚こそが、求めるものなのだ。
マステマは過去生からずっと、そういう戦いのみを追い求めていた。
世界を放浪し、純粋な戦いを求めた。
何もかもが気に食わなかった。関わる者全てに敵意が湧いて仕方がなかった。
強者を見ると潰したくて堪らなくなる。
そうして戦い、勝ち、戦い、勝ち、戦い、勝ち続けた。
だが、そんなマステマの最期はというと。
毒死だ。
戦いでマステマに勝てぬことを悟った何者かが、戦わずしてマステマを亡き者にした。
――ふざけるな! こんな終わり、認められるかッ……!
マステマの魂の叫びが届いたのか、神の声が聞こえた。
『可哀想に。あまりにも可哀想だから、祝福をあげる』
純粋な武力の衝突以外で死ぬことは認められない。
奇跡的に、その望みは叶えられた。
「『銀』……いえ、『銀灰』とでも言うべきかしら。美しい色ですわね。まるで、わたくしみたい」
鈍色の戦妖精が、凄惨に笑う。
ひとまずは、合格だ。
色彩属性というだけで絶望する輩があまりに多い為、マステマはそれを極力悟らせぬようにと発動を刹那に絞っている。
だが目の前の女は、そうと知ってなお闘志を絶やさないどころか、燃え上がらせている。
「あァ、『銀灰』に違いねェよ。ところでだ、女」
「ダルトラ国軍名誉将軍――『斫断の英雄』パルフェンディ・フィラティカプラティカ=メラガウェインですわ。あなたを倒す、女の名前でしてよ」
「これから殺す奴の名なんざ覚えるだけ無駄だろう。使い途もねぇんだからよ」
「ささやかな気遣いですわ。あの世で死因について話す時、自分を殺した人間の名前を知らないのでは困るでしょう。盛り上がりに欠けるもの」
「ハッ。ご配慮痛み入るね。なら、テメェの流儀に合わせよう。マステマヴォイス=フェルドノートだ。地獄があんなら、この名を持ってけ。盛り上がるかは、これからのテメェ次第だがな」
「あら、『銀灰の英雄』ではなくて?」
「くだらねぇ。肩書きで敵を斬れるか? 要らねぇんだよ、邪魔なだけだ」
「なにかと便利でしてよ。このように、単騎で敵に突撃することも出来るのですから」
「んで、友軍のお手伝いってか? なぁ、オイ。つまんねぇことをすんじゃねぇよ」
そう。ところでだ、女。の続きとして言おうとしていたこと。
彼女はマステマの部下が戦場に立てた無数の土壁を破壊していた。
それにより、再び砦に陣取るダルトラ軍の射線が通る。
正しい。軍人として、あまりに。
だが、つまらない。
「軍人の仮面なんざ被ってんなよ。テメェはオレと同じ側の人間だろう。ただ目の前の、ただ一人の敵を殺す為だけに、昂る獣だろう」
「乙女に獣だなどと、失礼にも程があってよ」
「着飾るのは構わねぇよ。戦乙女も女には違いねぇ。だが、本質を誤魔化すな。期待したこっちが馬鹿みてぇだろ」
「勝手に期待して勝手に失望するだなんて、男って本当に勝手ですわね」
「オレは此処に、殺し合いに来てんだ。テメェはそこに現れた。なら、目の前の敵以外に意識を傾けるんじゃねぇよ、興が冷めんだろうが」
「あらあら、わたくしは軍人として此処に立っているのだから、そのように振る舞うことの何処に問題があって?」
そう言いながらも、女の表情は喜悦に歪んでいる。感情面ではむしろ、青年に賛意を示している。
「むしろ、他に意識を向けられるような状態を許す方に問題があるのではなくて? 何一つアプローチを仕掛けず、それでいて女に振り向けなどと――情けない男ですこと」
つまり、戦いたいなら自分をマステマだけに集中せざるを得ない状況を用意しろということか。
「ハッ、振り向かせるだけの価値がありゃあいいがな」
「いつから男は女の価値を決める権利を手に入れたんですの?」
「チッ。そうだな、つまらねぇことを言った。撤回するぜ」
「殊勝なこと。二ポイント差し上げます」
「オイ、いつから女は男に点数つける権利を手に入れたんだよ」
「最初からに決まっているでしょう」
女は当たり前のように言う。
「そうかよ。口程に力量が伴ってることを祈るぜ」
「神を捨てたアークスバオナの軍人が、一体何に祈るんですの?」
「……あぁ、そんな話もあったか。じゃあ、テメェらの神でいい」
戦いをくれるなら、誰にだって祈ろう。
世界を創った神だろうが、世界を蝕む悪神だろうが構わない。
マステマは背後の女性らに告げる。
「下がってろ」
「四人全員で掛かってきても構いませんことよ? 卑怯などとは、言わないであげますとも」
「そんなつまらねぇことが出来るかよ」
争いに勝ちたいのではない。戦い、勝ちたいのだ。
「振り向かせろ、だったな――これでどうだ」
全てが。
友軍が敵を狙いやすくする為、敵の進軍を滞らせる為、ひしめく土壁を破壊し続けていた『斫断』の刃の全てが。
弾けて消えた。
戦妖精の瞳が驚愕に彩られ、こちらを向く。
「見た目に似合わず、器用ですのね」
「テメェはどうだ? 見た目通りの夢見るクソガキじゃねぇことを祈るぜ。どっかの神にな」
「不遜」
殺意がこちらに向けられる。
全身が総毛立つ。マステマは恐怖を感じる機能が嫌いではない。自分程の強者が恐怖を感じるということは、敵もまた強者であることの証明。物差しとして使えるのだ。
恐怖は感じる。だが竦みはしない。それどころか、逆だ。
愉しい。
奇しくも、マステマとパルフェンディの戦闘スタイルは酷似していた。
切れ味を研ぎすませた風刃と、『斫断』の刃。
無色透明のそれらを、互いに魔力反応を頼りにして迎撃。
圧縮された空気の弾ける音が連続する。
此処が戦場で無かったなら、まるで砲撃音のような音で空間が満ち、見るものを驚かせただろう。
だが生憎と、此処は戦場。このような音は、珍しくもなかった。
「何故『銀灰』を使わない!」
マステマは唇が笑みの形に上がるのを抑えられない。
パルフェンディは最早、わざとらしい口調も忘れて戦いに没頭している。
「使わせてみろよ」




