213◇神様のシノプシス
ルシフェとその兄は、きっとエルマーの子孫だ。
『黒野幸助』より他に、同質の人間の複数回にわたる転生は確認されていない。
幸助はエルマーの真実を極親しい人間には話していた。
その内の一人、亡き『霹靂の英雄』の朋友でもある魔術師・グレイはある仮説を話してくれた。
これまで確認されている事実から、同質の存在を複数回転生させることを神がしない、とする。
出来ないと表現しないのは、幸助という例外があるから。つまり、不可能事なのではなく、理由があってそれをしないのだ。デメリットがあるのかもしれない。
その場合、今回の件は黒野幸助という少年そのものが例外扱いされているのではなく、エルマーが千年以上もの間生きていたことが例外的な処理を許す要因となったのではないかとのこと。
その通りなのだとしても、幸助には疑問があった。
神は、幸助に何かしらの役目を求めている節がある。
それは呪いを掛けられたことによって、より明確に悪神の討伐であると判明。
グレイの弟子であり『霹靂の英雄』が遺児でもあるマキナの言葉によって、更に幸助を悪神に仕立てあげるつもりという可能性も浮上。
それでもやはり、疑問があった。
何故この時代なのか。
エルマーは分かる。偶然転生し、『黒』保持者となった。
でも、クロの場合は神の意図が絡んでいる筈なのだ。
どうしてこの時代だったのか。エルマーから千年の開きがあるのか。
悪神を倒すだけなら、この時代である必要性は無い。
あったとしたら?
黒野幸助は、転生直後に自殺を試みるような人間だ。
エルマーにもきっと、それを止めてくれた人間がいたのだろう。
エルマーはその後、妹も転生しているのではと考え、捜し始める。
やがて悪神との戦いに身を投じるが、彼は何故そんなことをした?
クロと違い、妹と再会出来たわけではないのに。命を懸けてまで戦場に赴いたのは何故だ。
愛する者が出来たのだろう。
だから、神は知っているのだ。黒野幸助がどういう人間に恋をするか。
神は知っているのだ。黒野幸助が、大切な者の為ならあらゆる苦難をものともしない人間だと。
だから、シロのいる神殿に、シロが現れる時間帯を選んで転生させた。
だから、今回はトワを事前に転生させていた。
幸助を死なせず、戦いの渦へと徐々に巻き込んでいこうと。
そして、この時代を選んだ理由の一つが、新たに明かされる。
ルシフェラーゼとルキフェル。
いくら子孫とはいえ、血が千年分薄まってなお面影を感じるのは珍しい。
それも双子で、幸助とトワに似ているときている。
それ自体は偶然だろう。この千年に一度あるかないかの、偶然なのだろう。
でも、神は知っているのだ。
幸助とトワが、この双子の真実に気づけば見捨てられないということを。
エルマーの子孫が、兄妹で殺し合いをするなんて状況を捨て置けないということを。
ダメ押しの理由づけ。
全ては幸助を悪神の元まで誘導する為の作為。
神の描くシナリオ。
幸助が気付いていないもの、またこれから判明するものも数多くあるかもしれない。
神は自身が求める結末への誘導を行っている。
それでも。
「ナノランスロット卿?」
心配するように、ルシフェが幸助を見上げる。
幸助の目尻に涙でも残っていたのか、あわあわと目を泳がせながら必死に言葉を探しているようだ。
「だ、大丈夫ですか!? あ、あの、お時間改めた方がよいようでしたら、わたしまた後程お伺い致しますがっ」
妹にどこか似た顔で純粋に気遣うような表情をされると、少し戸惑ってしまう。
「あぁ、いや、大丈夫。いきなり笑って悪かったな」
安心させるように微笑むと、彼女は困惑した様子で曖昧に頷く。
「は、はぁ……。ナノランスロット卿がそう仰るなら」
彼女からすれば幸助の言動は奇妙に思えたろうが、それに関して追及してくる様子は無い。
どうにも遠慮を感じる。無論彼女と幸助の立場や初対面であることを考えれば当然のことなのだが、やはりどうにもやりにくい。
かといって即座に打ち解けられるわけもなく。
と、そこで幸助の頭に閃光が走る。
――そうだ、あいつを呼んでみよう。
グラスで連絡をとり、しばしルシフェと真剣な話題に入っていると、来た。
「あのさコウちゃん、グラスで『執務室』ってだけ送ってくるのはどうかと思うよ? そりゃあ確かに半分背負わせてとは言ったけど、コウちゃんはもっと事前説明ってものを――って、あ」
ノックも無しに入室したトワは、文句の途中で先客に気付く。
来客用のソファーに腰掛けていたルシフェがバッと立ち上がった。
普通の人間が見た目だけで英雄を見分けるのは難しい。だがダルトラの場合、軍服の胸元とコートの肩に付けられたパッチで判別が可能。ルシフェの視線が、礼装の飾りにも用いられている剣の意匠に留まる。
突然の入室者に対しても機嫌を損ねるということはなく、むしろ恐縮した様子で居住まいを整えるルシフェ。
二人の目が合う。
トワとルシフェ。
鏡写しと言うには遠い。だが、鏡面が歪んでいても自分の顔をそうと認識出来るように、彼女達も似ているのだと気付いたようだ。
「えっ、あれ、え」
ただし反応は別。
ルシフェが先程同様純粋に困惑している前で、トワは驚いた様子で幸助を見た。
「うそ……」
可能性に思い至ったのか、うわごとのように小さく声を漏らす。
「兄貴の方は俺に似てるらしい」
トワの反応は概ね幸助と同じだった。亡きエルマーを思い、こみ上げてくるものを堪え、代わりに笑みを浮かべようとする。そしてその後に、現状に作為めいたものを感じる。
妹の場合そこから更に、兄に危険が降りかかることへの不安や、増える重圧を思って表情が歪んだ。
しかしそれについて妹と話し合う前に、やることがあった。
「あの、あのっ……? えぇと、ナノランスロット卿? これは一体……えぇと、わたしの気の所為でなければ、こちらの方とわたしの顔の造形が、どことなく似ているような。あっ、不快に思われましたら申し訳ございません」
謝罪はトワへ向けて。
さて、と考える。幸助とトワは、どうしてもこの子に肩入れしてしまうだろう。出来ることなら兄と彼女の結末が悲劇に終わらぬよう力を尽くすだろう。
だが、ルシフェにはその理由が分からない。
かつてトワを死に至らしめた少年グループのリーダー・リュウセイはアークスバオナ側に転生した。
旅団に所属した彼の口から幸助の過去生やトワについての情報は流出している。
漏洩した以上、以前のように隠し立てする意味は薄れる。
だから、幸助とトワの関係までは説明出来るのだが。
エルマーの件まで含めて話したとして、果たして理解が得られるものか。
英雄規格は思考力・精神力まで含めて補正がかかっている為に事の理解や対応が素早いが、普通の人間はそうもいかないだろう。
そのようなことを考えつつ、幸助はもうどうするかを決めていた。
トワも同じようで、幸助に向かって一つ頷いてから、ルシフェに向き直って自己紹介を始めた。
ルシフェの持ってきた本題からは大分ズレてしまうが、しばし付き合ってもらうとしよう。




