22◇英雄、混濁ス
「平気か、クロ」
クロ。
黒?
●●は、それが色以外に何かを指す言葉であったと知っている。
知っているが、思い出せない。
大男が、生首を持っている。
心配げに、こちらを見ている。
生首!?
何故!?
この男が殺したのか!?
「どうした、クロ。やはり先程の魔法、何か悪影響が」
先程の魔法?
魔法。
そうだ。
黒い魔法を、自分は使った。
黒い魔法を、自分は使える。
何故使える?
何故使った?
「お前、馴れ馴れしいんだよ。……誰だ」
男は、驚いたような顔をした。
それから、しばらく悩ましげな顔をしたのち、名乗る。
「タイガだ。友よ」
タイガ?
…………タイガ。
聞いたことは、あるような?
「色彩魔法、やはり、力に見合うだけの、対価を求められるか。済まない、クロ。オレは、その可能性を、知っていた。『白の英雄』は、戦うごとに過去を忘却するという、噂を聞いていた。お前の、魔法行使にも、何かしら弊害があるのだろうと、知っていた。済まない……。オレは、お前を、利用した…………」
「利用?」
違う。
「俺は、俺の意志でしか動かない。利用だと? 偉そうなことを抜かすな」
「済まない、クロ……。シロや、エコナという名の童女に、なんと言えば」
シロ。
エコナ。
その名に、何故か胸が温かくなる。
ピキっ、と、何かに罅が入った。
そこから、何かが、漏れてくる。
――【状態】が『精神汚染2.468』となりました。
瞬間、刺すような頭痛が、突き抜けていく。
そして、幸助は、地面に膝をつく。
「クロ……!」
タイガが叫んだ。
「ちょっと、うるさいよタイガ。今少し頭痛いんだ、声抑えてくれ」
「…………クロ?」
「あ、そういやタイガ、ハナはどうした。お前がやったのか」
「お前、平気なのか」
「は? 何が? あぁ、さっきの魔法? まぁちょっと頭痛くなったくらいだし、平気だろ。ステータスに精神汚染ってのが掛かったが、これ何か分かるか?」
「…………あぁ、精神汚染。ある程度上昇すると、判断基準が変質し、自我境界が揺らぐ」
「なんだか危ない感じだな。それ、治す方法無いのか?」
「魔法では不可能だ。幸福によって、ある程度緩和されると、聞いたことがある」
「漠然としてるな……。っていうか、なんでお前、昏い顔してるんだ」
タイガは、急に土下座した。
そして、語り出す。
幸助は【黒迯夜】使用後、まさしく自我境界が揺らいでいたのだと。
タイガはその危険性を知った上で、ソグルス討伐を頼んだのだと。
友と騙り、利用したのだと。
「え、別にいいよ」
タイガは、咄嗟に顔を上げ、目を見開く。
「し、しかし」
「っていうかだな、お前、傲慢。利用も何も、俺は最初から倒すつもりだったんだよ。勝手に利用とか抜かすな。それにな、考えてもみろ? お前無しでソグルスを殺すとしても、とるべき方法は同じだよな? んで? お前の言うとおり俺の自我境界が揺らいじゃうとする。そこから戻ってこれたのは、誰のおかげだ? お前がいたからだろう」
「それは、だが、結果論に過ぎない」
「俺の中の、友達の定義を教えてやるよ。利用されても、裏切られても、まぁこいつならいいかって、思える奴のことだ。仲間の魂を救うために、使えるもん使っただけだろ? ならお前は悪くないよ。それでも申し訳ないって気持ちが消えないなら、今度俺に利用されろ、問答無用でな」
タイガは、俯き、肩を震わせる。
「…………済まない……済まない、クロ…………。いくら感謝しても、謝罪しても、足りない」
「おうおう好きなだけ泣け。それより、ハナだよハナ。どうなった」
数分、涙声を聴いただろうか。
ようやく泣き止んだタイガが、言う。
「俺の手で、解放した。この頭部は、持ち帰る。クルスやミオのものも、可能なら取り戻したかったが」
「あぁ、一応全員分残してあるぞ」
タイガは、どういう意味かわからない、という顔をした。
「捕食したものは、全て吸収するわけじゃなくて、選り分けることが出来るんだ。ドラグニクの肉体は魔力に変えるけど、湾刀は取っておく、みたいな感じにな。それで、傀儡は全員、頭部はそのまま変換せずに残してある。ただ、これは喰ってから気づいたんだが、炎で出来た肉体部分も、本人のものだったらしい。そっちは戻せない。だから、此処を出たら、生首をどうにかしなきゃいけない。クルスとミオの分はお前に託すとして、他は、どうしよう」
「…………守護者の間に辿り着ける攻略者の大半は、来訪者だ。そしてこの街に現れた来訪者は全員、生命の雫亭と繋がりがある。声を掛け、探そう」
「そうか、じゃあ、それは任せる」
「クロ」
立ち上がり、腕にハナの頭部を抱えたタイガが、真剣な面差しでこちらを見る。
「今回、お前に不義理を働いた。その事実は、変えられない。オレはこれを、永劫、罪として背負うだろう」
「大げさなやつだ」
「聞いてくれ。お前は、良い奴なんて言葉で収まらない。英雄だ。世界にとってのでなくても、オレにとっての。そんなお前が、オレを今後も友と呼ぶなら、俺はそれに応えよう。罪滅ぼしなどお前は望まないだろう。だから、ただ友誼に尽くす者として、オレを覚えていてくれ」
幸助は、それを、鼻で笑った。
彼の真似をして、フッと、笑う。
「そんなんいいから、酒奢れ」
タイガは、目を丸くした。
それが面白くて、幸助は更に笑う。
そんな幸助を見て、タイガも笑った。
フッ、ではなく、綻ぶような笑顔だ。
「承知した。樽で頼むといい」
「呑めねぇよ」
「大丈夫だ、オレが呑む」
「んだそりゃ、奢りはどこいった」
しばし二人は、くだらない話で笑い合った。