208◇帰還(中)
ライムの件について説明が終わると、トウマは先程の取り乱しようを恥じるように頬を染めながら誤魔化すように咳払い。
「なるほど、理解致しました。しかし出逢って間もない童女にさえ実父のように慕われるとは、さすがは主です。わたしも従者として誇らしゅうございます」
「どうも……。それとトウマ、前の方が話しやすかったんだが」
「そうはいきません。クロ様を主君と定めた以上、それ以前のような振る舞いは何よりわたし自身が許せないのです」
「……まぁ、そう言うなら」
「ご寛恕に感謝致します」
「嘘はついてないですけど、そちらのおねーさんが今考えているのは、『勘違いしちゃって恥ずかしい』ということだけのような?」
ライムがぽろっと溢した言葉に、トウマの顔が更に赤みを増す。
「……娘御様。それ以上は、どうかご容赦を」
額に手を当てながら俯いてしまうトウマ。余程恥ずかしかったらしい。
「こうっ……クロさん!?」
ライムを呼びに出てきたのか、蒼氷の瞳と毛髪の童女が店外に姿を現した。
幸助とトワを見ると、その無事を喜ぶように瞳が水気を帯びる。
そのまま小さな足で一生懸命に地を蹴り、胸に飛び込んでくる。
彼女を抱きとめ、その綺麗な髪を梳くように撫でた。
「ただいまエコナ。ちゃんと帰ってきたよ」
「はいっ、おかえりなさいませ」
「……どうして二人共、最初にコウちゃんなの? こう、釈然としないものを感じるんだけど」
いまだ腕に抱いたライムに頬ずりしながら、どことなく不満げな様子のトワだった。
「おにいさん」
背筋を、冷たい何かが這い上がってくるような感覚。
「おかえりなさい。そちらの方はどちら様、ですか?」
気づけば、ぴとっと幸助の背中に少女がくっついている。
抑揚に乏しい、けれど僅かに感情の滲んだ声。桃色の毛髪と瞳。華奢な身体と、狐耳。
どこか不安げで、幸助に恋慕に似た感情を抱いているらしき少女。
宗教国家ゲドゥンドラ所属・『天恵の修道騎士』イヴ。
「あ、あぁ、ただいま。こっちはヘケロメタン領主代理のトウマだ。トウマ、こちらゲドゥンドラの修道騎士……大稀人だ」
ヘケロメタンでは英雄規格を大稀人と言う。
「ほう……貴嬢、亜人か」
亜人差別に怯えるイヴが、ビクッと震えた。幸助の服を掴む手に力が入る。
「……はい」
「何故連合に手を貸す。何かと生き辛かろうに」
「え、と」
トウマの視線から、彼女が自分のような存在を蔑視しているわけではないとわかったのだろう、イヴはたどたどしくではあるが、答えた。
「イヴは、亜人です。亜人は、気味悪がられます。でも、もし亜人が正しいことをしたら。それが世に知れれば、亜人は間違った生き物ではないのだと、思って、もらえる、かも、しれない、から……でしょうか」
ヘケロメタンはそもそも亜人の興した国だ。差別された者達の、居場所無き者達の国だ。
そこで育ったトウマだからこそ、イヴの言葉の重みを理解出来るのだろう。
「そうか」
トウマが優しく微笑む。
「凄いな。わたしは貴女を尊敬する」
「そんな……いえ、その、ありがと……ぅ、ございます」
嬉しいのか、イヴの声も上擦っている。
「それはそれとしてだ――主とのご関係を伺おうか」
「……まだ出逢ったばかりですが。トウマ様の方こそ、おにいさんを主だなんて……どういう経緯が?」
一瞬前までの温かな空気が即座に冷却された。
「クロたす~!」
空から美少女が降ってきた。
違う。
下着同然の恰好をした美少女が、屋根伝いに疾走し、建物の途切れ目に跳躍。
幸助の丁度真上に落下してきたというのが正しい。
ウェーブしたクリーム色の長髪が風に巻き上げられ、花弁のように空中に広がる。
技術国家所属・『神速の英雄』フィオ。
エコナをそっと移動させ、落ちてきた少女を抱きとめる。
天真爛漫が人の形をとったような明るい少女は、幸助と目が合うと顔全体でにぱっと笑う。
「やっぱりクロたすだ! 迎えにきたよ!」
「あぁ、ありがとう。今戻ったんだ」
彼女は先の戦いで『蒼』の『途絶』によって両足が動かなくなってしまった。自身の銘の象徴でもある『神速』の動きを失ったフィオはいたく憔悴していたが、幸助がそれを治したことで復帰。
治した幸助に仲間以上の好意を抱くようになった。
「トワたんもおかえり!」
「ただいま。どうでもいいけど、お姫様抱っこから下りたら?」
咄嗟に受け止めただけなので、幸助はすぐに彼女を下ろす。
「あー、楽しかったのに……」
と、フィオは悲しげに目を伏せてしまう。
彼女が地に足をつけたのと同時、どしんっと音がした。
フィオではない。
「ったくお前さんなぁ、仮にも他所様の国に滞在してんだから勝手な行動は……って、『黒』の旦那に『紅』の嬢ちゃんじゃねぇか。なるほど、帰ってたのか。いや、おれぁ魔力感知なんざ滅多に使わねぇもんだから気づかなかったわ。ご苦労サン」
逆立った灰色の髪、生気の感じられない黒い瞳。無地のシャツの上に丈の短いジャケットを羽織った巨漢。相変わらずの無精髭と、それを撫でる癖。
「キッス、下手だもんね」
「ふんっ、まどろっこしいのは苦手でね」
同技術国家所属・『干戈の英雄』キースだった。
どうやら抜け出したフィオを追いかけてきたらしい。
「アルヴァート。本当にイヴはこちらの方にいるのですね?」
「さっきからそう言ってるじゃないの~。団長サンもサラちゃんも、俺ちゃん程とは言わないから魔力感知範囲を広げる努力した方がいいよ。俺ちゃん天才だから努力したことないけど」
「アリエル様に生意気な口を効かないようにと、いつも言ってるわよね? 懺悔させるわよ?」
「懺悔って強制させるものだっけ……。あ、ほら見えてきた。おーいクロちゃんやーい」
そうなると、イヴもまた無許可で抜け出したことになるのか。
金色の長髪、翠玉の瞳に白磁の肌、思わず目を奪われる美貌の女性。
灰を被ったような白髪と橙色の瞳をした、二枚目な男性。
肩まで伸びた白銀の毛髪と同色の瞳が美しく眩い、どこか無機質な印象を受ける女性。
宗教国家所属・『剣戟の修道騎士』アリエル、『神罰の修道騎士』アル、『祓魔の修道騎士』サラだ。
「あ、アリエルさん!」
トワが嬉しそうに微笑むと、冷たい雰囲気を纏っていたアリエルが、まるで雪解けのように破顔。
「シンセンテンスドアーサー卿。お帰りになられたのですね。ご無事で何よりです」
アリエルはエルフだ。今も隠されているが、その尖った耳は差別の対象。それを気にせず接するトワに、堅物の彼女も心を開いているようだった。
続々と英雄が集まる中で、人々の注目を集めてしまっている。
だが、英雄の魔力反応はこれで終わりではなかった。




