205◇魂が耀く
あと一歩のところでダルトラの援軍が到着した。
簡単に言えばそういうことか。
「『孤軍連隊』よ、貴様は何故最初から十四の『導き手』適正者を用いなかった」
助勢を確認し冷静さを取り戻したのか、オズが言う。
「…………急に威勢がよくなったわね」
「人形遊びにも限度はあるということか?」
「知りたがりは嫌われる。淑女に秘密はつきもの。死で遊ぶのはよくても、秘密を暴くのは罪よ」
「……外道が」
「正道を進んで、あなたは何処に辿りついた? 少なくともお仲間は、穴に落ちたでしょう? 二度と這い上がれない、深い穴に。身体だけを、現し世に遺して」
降伏を促すつもりだったが、こうなっては上手くはいかないだろう。
占領するにも、ダルトラをどうにかせねばならない。
城壁前で、敵を阻む死兵の壁は灼かれて消えた。
オズの言う通り、全ての死徒を手足のように動かすのは難しい。
撤退。
「逃がすと思うか?」
「あなたの意見は求めてないの」
『導き手』の四体をオズに差し向け、駆け出す。
一つの死徒を残し、後は『紺藍』に戻した。
残った死兵に簡易命令を下す。
「同胞の仇、討たせてもらうッ!」
「無理よ」
準有資格者が迫るが、死兵に返り討ちにされる。
有資格者が特別扱いに難儀するだけで、リリスの周囲には依然として大勢の魔法使い死兵が残っていた。
「リリス様!」
副官のヘイが近づいてくる。
「誰」
言葉少なに尋ねると、ヘイはすぐに答えた。
「敵将はダルトラ軍のグランタグル将軍かと。しかし奴は現地人です。魔法の遣い手は副将と思しき女兵士より発せられたものと思われます」
「だから、それは誰」
「魔力反応から見るに――疑似英雄でしょう。ですがあの規模は」
「戦略級魔法」
「耳にしたことがあります。ダルトラが『黒の英雄』クロノは、『燿の英雄』が末裔の育成に取り組んでいると」
「……育成」
クロノの考えていることなど分からないが、今のが本当に『燿の英雄』の末裔なら厄介だ。
人は偶像に弱い。
新たな導き手が現れた際、過去の偉人○○の再来など呼び称えることが多々あるように。
自分達が直接知らずとも、過去に確かにあった強い燿を忘れず継承し、ことあるごとに引き出しては縋るのだ。
闇を祓う『燿の英雄』の再来なんてことになったら、敵の士気が上がってしまう。
そしてそれは、この戦場に限ったことではない。
ダルトラが『白の英雄』『黒の英雄』の二頭が揃ったことを高らかに宣言したように、『紅』と『蒼』を偽英雄に騙らせたように、クロノが『霹靂の英雄』の力を継いだと喧伝したように、強大な存在だからこそ、民衆や兵士の心に気を遣う必要があるのだ。
人を殺す魔物を、来訪者は殺してのける。
それを人々が恐れないのは、怪物と分けて考えてくれるのは、信頼を積み上げてきたから。
戦場の武功は瞬く間に広がり、人々に伝わる。
その影響力は決して軽視出来ない。
『燿の英雄』の偉業なんて、成し遂げさせてはならない。
「魔法使いが邪魔」
オズが死ねば、操作可能な死徒を全て疑似英雄抹殺に運用することが出来る。
『燿の英雄』もどきが支えから、折ってしまえばいい。象徴が破壊されれば、それに縋る心も全て折れよう。
あちこちで喊声が上がる。
「……うるさい」
うるさくて堪らない。騒がしいのは嫌いだというのに。
「わたしが行く」
「っ、ですがそれは」
勘違いする者もいるが、色彩属性保持者はそれを獲得するにあたり何の対価も求められない。
定められた介入限界を越えようとでもしない限り、悪影響はない。
つまり、色彩属性を手に入れる代わりに、その他の能力が通常の有資格者に劣るということはないのだ。
「わたしには出来ないと?」
リリスは部下にいくらかの魔法具を与えているが、疑似英雄に迫る程ではない。直接戦うのは死兵の役目で、生きた部下に求めるのは指揮と、後は生き続けることだ。
「い、いえ、ですが」
「所定のポイントまで撤退。人形は幾ら使い捨てても構わない。分かったら、行って」
「承服しかねます」
「あなたの意見は求めてないの。これは命令」
「リリス様を置いて、我らだけで撤退せよと仰せですか!」
「? そう言ったけど」
ヘイは苦しげに表情を歪め、首を横に振る。
「我らは幾らでも換えが利きます。ですが貴方は違う。撤退は貴方がするべきだ」
「それを決めるのはわたし」
「死徒をお貸しください。一体であれば操ってみせます」
確かに、それならばリリスの撤退も叶うだろう。
「だめ」
「何故ですか!」
「わたしが指揮官だから」
敗北寸前で『燿の英雄』が現れ、敵将の英雄は部下を囮に逃亡。
物語として、出来すぎている。のちの歴史書に華々しく書かれることだろう。
命大事に、そんな無様を晒すわけにはいかない。
せめてオズだけでも殺さねば。それをするには、自分の方が確実だ。
「それに、あなたは間違っている」
「……間違い?」
「わたしの部下に、別の何かで代用可能な者はいないわ」
リリスは事実を述べただけだったが、ヘイは驚くように目を見開く。
「分かったら行って。……喋り過ぎて、顎が痛くなってきた」
ヘイが歯を軋らせ、リリスに背を向けようとしたその時。
空から、一条の燿が降ってきた。
違う。
落ちてきたのは、人だ。
星を鏤めたような金の髪。ダルトラ国軍の軍服。
右手には国章の刻まれた旗を持ち、それを地面に突き刺す。
「我が名はプラス・ラプラティクス=ガンオルゲリューズッ! 連合を代表し、同盟国たるエルソドシャラルを救いに参った……! 貴官がアークスバオナの指揮官に相違ないか!」
思わず言葉を失う。
ガンオルゲリューズという名には聞き覚えがある。知らない者などいないだろう。だが現在の当主が誰かとなると途端に多くの者が首を傾げる筈だ。
燿の継承者は、最早覚えるに値しない。ダルトラの者ならともかく、リリスは記憶の片隅で商会を営んでいたかと曖昧な情報が引っかかる程度。
そんな当代のガンオルゲリューズが、敵将の眼前に単身落ちてきた?
正気とは思えない。
彼女が擬似英雄なのだとしても、本物の英雄の前に身を晒すなど自殺行為。
だが、驚愕はそれに留まらない。
「だったら、なに」
「我らは貴部隊へ――停戦を申し入れる!」
「――――」
リリスの表情は変わらない。
だがその怒りは、傘の柄を握る手に表れていた。
ギリ、と柄が軋む。
どうやら燿の継承者はリリスが考えているよりずっと、厄介な相手らしい。




