202◇抜刀フロント
エルマーの仲間で、現在まで生きているのは三十七名。
エルマーに関する物語は、遥か昔から連綿と受け継がれている。ヘケロメタンという国家に伝わる民間伝承のようなものとでも考えればいい。
老人だろうと、幼子だろうと、その知識量や捉え方に差はあれど、知ってはいるということだ。
その再来も当然、本気で信じているものとそうでないものに分かれ、後者が大半を占める。
戦力に関しては悪領攻略や、半ば伝統と化した『エルマー再来の際に協力出来るように』という名目で行われている戦力育成によってある程度は確保出来る。
英雄規格――ヘケロメタンでは大稀人――十数名。国防に不可欠な人数以外は投入されるとのこと。
幸助がエルマーと同じ人間であるというだけでは、国を動かすのは難しかっただろう。
心情的に協力したいと考える過去の人物たちがいくらいても、それだけで国家は傾けられない。
だが、今まさに国家の危機に瀕しているのだ。
連合が滅びれば、次は自国なのは明白。ダルトラを始めとする外の国に協力するのは御免だが、それでは自国も護れない。
彼らは雁字搦めになって身動きがとれない状態にあった。
幸助の存在は、きっかけなのだ。
国の在り方から、連合に自ら協力することなど出来ない。
だが、それでは大切な国民を護れない。
でも、再来した『黒の英雄』に助力を請われたら?
国の在り方に矛盾することなく、また国を護る為に戦うことも出来る。
それを理解出来ぬ十つ国では無かった。
「とはいえ、残り十四日ですか……。余程の強行軍で……精鋭を応援に出すのが精々かと」
『黒』で作ったワイバーンは、飛行機のようなものと考えれば楽だろうか。
普通の人間は馬で大地を駆けるのが、今のところの最速。その馬だって休憩や交代が必要だし、目的地はダルトラすら越えてロエルビナフ。今から軍を編成し期日までに送り込めというのは無理な話。
トウマとシュカが乗っていたような魔獣も、速度はともかく生物だ。また数もそう多くない。
カグヤは困り顔で唸る。
「主は、休戦は成就しないとお考えですか?」
シキの言葉に、迷わず頷く。
「無理だろ。というか、普通に俺を殺すつもりだな」
「だが、無視すればセツナ殿が処刑されるばかりか、敵に『休戦の意思無し』と判断される」
トウマは苦々しい表情だ。
「敵の建前に乗り、暗殺されずにセツナを奪還する。暗殺出来なけりゃ次に向こうが選ぶのはどうせ実力行使だ」
「正義の側が守らねばならぬ全てを、悪の側は破ることが出来ますものね」
微笑は優美に、けれどどこか力無げにシュカは呟く。
「クロ様のことだから考えてるでしょ~。それよりさぁ、そろそろ決めようよ~。」
ハルヤの声に、五劔全員がぴくりと肩を揺らす。
「僕しかいませんね」
真っ先に声を上げたのはアキハだ。
ダルトラに戻るにあたり、先んじて五劔の誰かが幸助につくというのだ。
「師匠、それはなりません。都の精鋭となれば水霧流門下となりましょう。師匠には奴らを率いていただかねば」
「正論ね。アキハは無しだわ」
トウマの言葉に、カグヤが頷く。
「そんなぁ!」
アキハは頽れる。
「じゃあやっぱりぼくかなぁ。他の子と違って五劔と言っても責任ある役職なんてないし~」
「問題外だ。貴様は何時如何なる時だろうと睡眠欲を優先するだろう」
「兄様の言うとおりだわ。緊張感と責任感という点で、ハルヤは領主代理に相応しくないわ」
「ここは私が行こう」
「いえ……シキ殿がいなければ、その……カグヤ様の手綱を握れる方が……」
シキがキリッとした表情で立候補したが、困り顔のトウマに言われると「……そうだな」と納得した。落ち込んでいた。
「そうなると、わたくしになるかしら」
「貴様こそ問題外だ」
「どうして? トウマが寂しくなるから?」
「まだ言うか! 貴様が問題外なのは、存在が風紀を紊乱するからだ!」
「あらあら、酷いことを言うのね、悲しいわ。確かにわたくしは仲間のみんなを平等に愛しているけれど、誰彼構わずなんて節度の無い女ではないのよ?」
「なら、領主代理として相応しい振る舞いが可能だと?」
「えぇ」
「肩を隠し、その男を惑わすような微笑を仕舞っておけると?」
「あら、わたくしの微笑みは男を惑わす程麗しいと思ってくれているのね、嬉しいわ」
「……話を逸らすな」
「無理よ、これは、なんていうのかしら、拠り所なの。ある人が褒めてくれたものだから」
シュカは嬉しそうに語っているが、トワの視線が冷めたものとなって突き刺さる。
「コウちゃん、巨乳好きだもんね」
「俺じゃない! エルマーだ!」
「黒野幸助は巨乳好きだもんね」
「言い換えるな! ……言い返せないだろ」
兄妹の会話をクスクスと笑いながら、シュカは付け加える。
「褒めてもらったのは、笑顔ですよ。肩を出しているのは、別の理由」
「そうね、トウマの言葉は尤もだわ。ヘケロメタンの者が全員おっぱい零れそうな恰好をしていると思われるのは心外だもの!」
「カグヤ様まで、酷いわ」
「満を持して、ここはカグヤが!」
「この火急の時に領主が国を空けてどうするのだ、うつけ者」
「うつけ! 最愛の妹に対してうつけと言ったの!? 酷すぎるのだわ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出すカグヤを眺めながら、幸助は小声で漏らす。
「妹ってのはみんなあぁなのか?」
「兄の心無い一言に傷ついてしまうような繊細な心の持ち主で、かつ純情可憐ってこと? だとしたら、うん、そうだと思うよ」
「そのポジティブさが羨ましいよ」
トワの戯言に皮肉を返して、事の推移を見守る。
「わたしが行きましょう」
トウマの一言で、みんなピタリと黙る。
「わたしであれば問題もないでしょう。五劔としては新参ですが、水霧流の副師範を務めていますし、大稀人を連れていけば主の話の信憑性も増す。ヘケロメタンが協力をすることを信じさせるには充分かと」
反論は上がらなかった。
幸助とトワとしても異論は無い。
「でもトウマ、わたくしがいなくても平気なの?」
「貴様はわたしをなんだと思ってる」
「修行が辛くてわたくしの胸で泣いていた、可愛いトウマだと思っているけれど」
「な、何年前の話だ! わたしが幼かった頃の話を持ち出すのはやめろ!」
顔を赤くしたトウマだが、気を取り直すようにこほんと咳払い。
「問題が無ければ、すぐにでも発つべきかと考えますが?」
周囲を見渡すトウマに、反対する者はいない。
「えぇ、ではトウマ、貴方に領主代理を命じます」
「承知」
その後、幸助は事前に用意していた幾らかのものを渡し、今後の動きと連絡法を相談したのち、ヘケロメタンを発った。




