201◇極東デイブレイク
ポカポカする。
自分一人布団にくるまったのではこうはいかない。電気敷毛布とも違う。
もっとこう、別の人間の体温のようだ。相手がいる側だけ他より温かく、しっとりと汗を掻くくらいの……。
でも、と幸助は夢現の中で考える。
シロはダルトラだ。エコナだって。トワと一緒に寝るなんて有り得ない。
自分は今ヘケロメタンにいて……そう、ヘケロメタンに。
「っ。じゃあ誰だ……」
ハッとして目を開けると、上手く身体が動かない。
右腕の上に誰かの頭が載っているようだ。
咄嗟に退かそうと左手で押すと、ふにゅんと柔らかい感触に包まれる。
「やんっ……あら、クロ様ったら。いけませんわ、朝から……いえ、でも、クロ様がどうしても仰られるなら」
シュカだった。白い長襦袢姿。彼女は幸助の布団に忍び込んでいて、幸助は彼女の豊満な乳房を揉む形になっていた。
急いで手を離す。
「いや、悪い、そんな気は――じゃなくて、なんで此処に?」
「覚えていらっしゃらない? ……そう、ですか。クロ様がそういうことにしろと言うのであれば……」
彼女は悲しげに目を伏せ、袖で目許を拭う。
「いやいやいや……何もしてないよな?」
「えぇ、クロ様ですもの」
冗談だったらしく、彼女はすぐにニッコリと微笑む。
彼女が上体を起こし、髪を整え始める。
どうやら、幸助とトワを賓客として護衛することになり、それを五劔が務めたのだと。
トワの護衛はハルヤで、幸助の護衛がシュカというわけだ。
「申し訳ありません。寝ずの番をするつもりだったのですが……」
「いや、いいよ」
「ハルヤが寝てしまってから話相手もおらず、どうしても眠くなってしまい」
「きゃあっ! ……は、ハルヤ、さんっ!?」
隣の部屋から妹の悲鳴が聞こえる。
「……ハルヤが寝たのって、トワの布団でって意味?」
「気配を消すのは、淑女の嗜みです」
気が抜けていたというのもあるだろうが、確かに気づかなかった。
「怖い嗜みだなぁ」
口許に曲げた人差し指を当て、シュカが嫣然と微笑む。首を微かに傾けた際、それが見えた。
「なぁ、シュカ。それって」
彼女はどこからどう見ても、麗しい人間の女性にしか見えない。
だが、そうだ。確かこう聞いた筈だ。彼女は鬼という種族だったと。
見えたのは、白い突起……というより、その断面のように見えた。
彼女はすぐに「あぁ……」と懐かしそうに笑い、それがある箇所に手を伸ばし、撫でる。
「わたくしは、人としても、鬼としても半端者だったので」
「半端?」
すぐに失礼なことを尋ねてしまったかと悔いるが、彼女は微かに笑うだけで続ける。
「鬼はこう……両の側頭部から一対の角が生えるものなのですが、わたくしは左に一本しか生えなかったのです。母が人間の男と作った子供らしく、わたくしも母も村落を追放されました。鬼は罪人と分かるよう角を折ってから放逐するのですが、わたくしは一本しか無かったものですから」
表面上は人と変わらぬ姿になった、ということか。
「昔は……もう、思い出すのも難しいくらい昔ですが、辛い思いもしました。ですが、それを後から嘆くことはしていません。ある時から」
そのある時が、どの時期を指すかは言われなくても分かる。
「追放されたから皆と逢えたと思えば、嘆く気持ちなんて湧いてこないんです」
「そっか」
「はっ、まさか! コウちゃんのところにも誰かいるんじゃ!」
彼女の言葉に笑みを漏らしたのも束の間、妹の声が急速に近づいてきて――戸が開いた。
「……やっぱり!」
「ノックくらいしろよ」
「障子が破れちゃうでしょ――じゃ、なくて! これは浮気現場だなっ!」
「やましいことはしてない」
「言い訳はシロさんにするといいよ」
「あら、シロさんというのですね、クロ様の想い人の名は。きっと、とてもお優しく、とても美しく、とても気高い方なのでしょう。一度お逢いしたいものです」
「シュカさん! 服、服! はだけてます!」
「着こなしです」
そう、肩が丸出しで、ともすれば胸が溢れてしまいそうな状態だった。
「も、もう少し、こう、隠した方が」
「お目汚しでしたでしょうか? 申し訳ありません」
「いえ、シュカさんは綺麗な人だと思いますけど、兄の教育に悪いので!」
「妹に教育の心配をされるとはな」
「クロ様。トワ様は御身を思い遣っておられるのですよ。尊い愛ではないですか」
「ブラコンだったか」
「変な言いがかりはやめてくれるかな?」
「顔が赤いぞ、『紅の英雄』殿」
「赤くない!」
「お取り込み中のところ失礼します。カグヤ様がお呼びです」
現れたのは、出会った時の衣装に身を包んだトウマ。
片手に眠ったハルヤを引き摺っている。
「……人選ミスをお詫びします。よりによって、護衛が二人揃って寝るとはな」
「トウマはわたくしが一緒に寝てあげられなかったから拗ねているのね」
「シュカ! 誤解を招くような発言は控えろ! 普段から寝ていませんからね! 断じて!」
後半は幸助とトワの顔を交互に見ながら焦った様子で言うトウマ。
「大丈夫だ。そういうのは気にしない」
「いえ、そういうことではなく!」
「トワも、偏見とかないですよ」
「本当に違うのですが!?」
困り顔のトウマを、シュカが微笑ましげに眺めている。
「ええい、シュカ! 貴様もはやく誤解を解くよう言葉を尽くせ!」
「こう見えて、夜は甘えん坊なんですよ?」
「シュカ!?」
シュカの語り方は冗談とも本当もつかない絶妙な加減で、真偽が見抜けない。
「え~、じゃあぼくとのことは遊びだったの~? トウマは酷いなぁ」
ようやく目を覚ましたのか、ハルヤが会話に加わる。こちらは明確に冗談と分かった。
「ハルヤ殿までそんな!」
結局、後からシキが来て五劔の三人は叱られた。
カグヤの用件とは、十つ国のことだろう。
返答が届いたのだ。




