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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第四部・群雄一拠篇】十と五振りの劔、極東にて
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200◇月光ハーフ

 



 充てがわれた和室の外へ出て、縁側へ腰掛ける。

 特別好きというわけでもないのに、また空を見上げる。

 そうして気付いた。考えるべきことはいくらでもあるが、今すぐやらなければならないことが特に無いという状況は久々ではないだろうか。

 余裕ともゆとりとも違うが、待機時間ではある。

 要するに、手持ち無沙汰なのだ。

 グラスのメッセージ機能は遠くダルトラには届かない。そもそも、ヘケロメタンは設備が無い。

「団子は要らんかねー?」

 曲がり角からひょこっと、寝間着姿の少女が現れる。

 団子の盛られた大皿を抱えたトワだった。

「やけに多いな」

 皿を置き、彼女も腰を下ろす。

「これでも最初は二皿あったんだよ」

「二人分か。お前のは?」

 トワがわざとらしく舌を出す。

「食べちゃった」

「あぁ、そうか……じゃあ」

「こうしてコウちゃんの話し相手をしてあげれば、もっとお団子が食べられるというわけですよ」

「せこいな」

「賢いと言ってくれないかな」

 彼女は細い手でひょいっと団子を掴んでは口に放り込んでいく。

「もぐもぐ」

 一度に多くの団子を含んだ姿は、まるでハムスターのようで。

 幸助はつい、その頬を指で押してしまう。

「んっ」

 トワは焦ったような声を上げて口を押さえた。それから幸助をじぃっと睨めつける。

 頬が膨らんだままなので威厳は無い。

 やがて充分な咀嚼の後に団子を嚥下し、ようやく口を開く。

「……お茶も貰ってくればよかった」

「誰かに頼んでくるよ」

「ううん、大丈夫」

 立ち上がろうとする幸助をトワが制す。

「アキハさんとの試合見てたよ。バトル漫画みたいだった」

「あはは」

 魔法無しの剣術勝負。二人の間ではとくにルールを決めていなかったが、いつの間にか増えていた観客達は判定基準を設けて、木刀が折れるまでの有効打数で勝ち負けを判定していたらしい。

「いやぁ、コウちゃんのおかげで大儲けしたよ」

「あ? お前賭けたのか?」

「夜に出る筈だったお団子をね」

「あぁ……それで大皿山盛りなわけか。確かに大勝ちだな」

「コウちゃんの分まで賭けたから、儲けも山分けにしといたよ。あむっ」

「今まさにどんどん取り分が不均等になっていってるけどな」

 見ると、山頂は既に削り取られて妹の胃に収まっている。

「細かいこと気にしちゃだめだよ」

「夜に団子食いまくって増える体重も細かい問題か」

 ぴたっとトワの手が止まり、すぐに動き出す。

「あっはっは。分かってないなぁコウちゃんは。真の美少女っていうのは概念なワケ。本当に可愛い存在っていうのは可愛くあり続けるんだよ。つまり超絶美少女であるトワは、太らないの」

 暴論だった。

 いや、身体の各種機能が転生で向上するなら、代謝も同様なのか。であれば、ただ生きているだけで消費されるエネルギーというもの常人より多く、大食いでも太りはしない?

 幸助は元々食に強いこだわりもなく、時間によっては朝や夜を抜くことさえあったが、そういえば転生後からはそういったことも少なくなったように思う。無意識に栄養摂取の必要性が高まったことを感じ取っていたのかもしれない。

 とはいえ、妹の美少女理論を受け入れる気もない。

「そりゃすげぇ。体重計に乗って一喜一憂してた日々が懐かしいな」 

 過去生のことを持ち出すと、妹の顔が羞恥に赤く染まる。

「ちょっ、それは言わないでよ!」

「『お風呂上がりだから髪とかについた水の分ちょっと重く出てるかも……』」

「ぎゃあ! なんでそういうことばっか覚えてるの! もっとあるでしょ妹のいいとこ! いい思い出!」

「あったかなぁ」

「あったよ! ほら、えぇと、そう! 友達と遊園地行った時とかお土産あげたし!」

「……あー、マスコットキャラクターの耳がついたカチューシャか? あれ土産じゃなくて要らなくなっただけだよな? すぐ捨てたわ」

「捨てるな! あぁいうの中学生が買うには高いんだからね! 女の子と遊園地なんて行ったことないだろうコウちゃんには知る由のないことかもしれませんけどっ!」

「お前はお前で的確にエグってくるよなぁ」

 お互い、突かれて困る弱点は知り尽くしている。

「あとほら! さっきなんか兄の勝利を健気に信じちゃって! 実にいい妹だねこれは。そう思わないかな? 思うべきじゃないかな?」

 彼女は特に意識せず言ったのだろうが、幸助は過去のある記憶を思い出していた。

 小学校の頃、だろうか。運動会の時だ。徒競走。四人か五人で順位を競うあれ。幸助は運動だけが得意と言えるものだったから、全力で走った。幸助のすぐ後ろを走るのが女子生徒に人気の男子で、声援と共に幸助へのブーイングを上げるものまでいた。その時だ。

 当時はまだ引っ込み思案だった妹が、周りの声を掻き消さん勢いで兄を応援した。

 今回も、もしかしたらそういうことなのかもしれない。

 アキハの実力はみなが知るところ。エルマーの話を聞いていた者でも、実際に知っているのはアキハの腕前のみ。彼に賭けることに不思議は無い。

 それで、トワは幸助に賭けた?

 詰めかけていたのは男ばかりだったろうに、兄の勝利を信じて?

 想像出来てしまう。それをやるやつなのだ、黒野永遠という人間は。

「……あぁ、お前はいい妹だよ」

 そこを否定するつもりなんてない。

 ただ、自分はそれに相応しくない兄だったというだけだ。

「うっ……素直なコウちゃんは気持ち悪いなぁ。熱でもあるんじゃない?」

 そう言って彼女が幸助の額に手を伸ばす。

「うぅん、これは……よくわからない」

「な。手を当てたくらいじゃよくわかんねぇよなぁ」

「ほんとに大丈夫?」

 妹の視線が心配するものになっていて、はて、彼女は一体いつからこの目をしていただろうかと幸助は気になってしまう。

 あぁ、そうだ。

 意識したのは今だが、おそらく、ずっと前から――。

「大丈夫だよ。十つ国の領主はそれぞれエルマーの知り合いらしいし、鎖国したってみんな感づいてる。どこかで戦わなきゃダメだって。それが今だって、きっと分かってくれるさ」

「戦争に勝つ為に、この人達の力を借りる……んだよね」 

「あぁ、俺が協力を頼んで、それで死ぬ兵士は一人二人じゃないだろうな」

 今までだって死人は出ていた。幸助が直接知らない戦場でならもっと大勢の。

 しかしこれから明確に、幸助が前面に立つことになる。

 妹はその重荷に兄が押し潰されてしまわないか心配なのだろう。

「……俺は正直、お前が戦いの場に出るのは、嫌だよ」

 万が一にでも戦場で妹が命を落としたらと考えると、正気でいられる自信が無い。

 兄のそんな気持ちを知らないわけではないだろうが、妹はこう言った。

「トワも同じだよ」

「――――」

 なんということだろうか。

 妹は英雄規格だ。とても、とても強いのだ。

 それでも、幸助は心配で心配でならない。

 じゃあ、どうして逆も同じであると考えられなかった?

 妹も同様に兄の死を恐れているなんて、そんな気付いて当たり前のことに。

 トワは、どれだけ掛ける言葉を考えていたのか。

 用意していたものを、意を決して差し出すように口を開く。

「確かに、コウちゃんの方がお兄ちゃんだけど、トワ達――双子でしょ」

 特別でもなんでもない、その言葉で、充分に過ぎた。

「…………あぁ」

 だから、相手の痛みは自分の痛みのようで。相手の苦しみは自分の苦しみのようで。相手が馬鹿にされるのは自分が馬鹿にされるようで。相手の死は、自分の半身が裂かれるようなもの。

 この世から奪われたことに、ついぞ幸助が納得出来ず復讐に走り、挙句自殺を選んだのも。

 もしかすると、半身が失われたことに耐えられなかっただけなのかもしれない。

「お母さんもよく言ってたよね」

 顔を見合わせて、口を合わせる。

「『仲良く半分こ』」

 一字違わず言葉が揃い、笑い合う。

「食いもんはいつもお前の方が多く喰ってた」

「ゲームの時間とかはコウちゃんの方が長かった」

「女の子だからっつって服はお前の方が買ってもらってたろ」

「お兄ちゃんだからってお年玉とかはコウちゃんの方が沢山貰ってた」

「……思ったより半分に出来てないな」

 幸助がわざとらしく神妙な顔をすると、トワが誤魔化しは許さないとばかりに言う。

「今もね」

 拗ねるように肩を押される。

「コウちゃんばかり、大変だ」

「半分より多めに、分けてやろうか?」

「本当にくれる?」

 言葉は滑らかに、けれど表情から笑みは消して。

「ねぇ、クロ(、、)。『紅の英雄』は足手まとい?」

 確かに、トワは幸助の妹だ。過去の負い目もあって、過保護になっていると言われれば反論は出来ない。でも、そのことで彼女を不当に評価する権利は、兄と言えどない筈だ。

 問。トワイライツ・クロイシス=シンセンテンスドアーサーは足手まといか。

 解。否、重要な戦力である。

 反対意見は、いくらでも用意出来る。

 だが、それで彼女を黙らせることは出来ないだろう。

 なによりも彼女の気持ちが、もう、分かってしまったから。

「……半分だけな」

 ぼそっと呟き、彼女から目を逸らす。

 視線の先に映った団子へ手を伸ばし、口へ放り込む。

「うまい」

 確かに茶が欲しくなる。

「聞いたからね」

「あぁ、うまい」

「そっちじゃない! 半分って、聞いたから!」

 トワが子供みたいに破顔する。

 それから思い出したように団子をパクパク口に運んでいく。

「団子も半分こ」

「お前、既に自分の分は喰ったんだろ」

「お団子さんも、美少女に食べられた方が嬉しいと思うんだ」

「……本当にむかつく奴だよ」

 だが、これで平常運転。

 元に戻った。少なくとも、そう装うだけの余裕は取り戻している。

 じゃあ、それでいいかと思ってしまう。

 シスコンだなんだと言われるのは明白なので、口には出さないでおいた。



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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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