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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
【第四部・群雄一拠篇】十と五振りの劔、極東にて
208/301

199◇複製ブレイド

 



 呼気を整える。

 納刀状態のゴーストシミター、その柄に手を掛け、力を込めずに浅く握る。

 木板の床を、音もなく跳躍する。

 既に幾本もの巻藁が床に倒れていた。

 刻まれているのは、全て一閃。

 トライアンドエラーを繰り返し、何度目のことか。

 刃を奔らせる瞬間、確かに視えた(、、、)

 未来の可能性を先んじて覗くように、三つの軌跡が。

 どれを斬る、ということは考えない。

 全て斬る。全て斬れる。全て――斬れた。

 まるで残心のように、意識を途切らせることなく繋いでおく。

 不思議な感覚だった。

 自転車に乗れるようになった途端、乗れなかった頃の不安が不思議になるように。

 あぁ、どうして今まで気付けなかったのか、至れなかったのかという思いに襲われる。

 スゥッと、鼻から息を吸い込む動作と共に身体から力を抜く。

 落ちた巻藁の残骸は三つ。

 これ(、、)が世界に認知されていない理由は簡単に想像がつく。

 魔法が在るから。

 此処までの境地まで至ろうと考える者自体が極めて稀なのだ。

 魔法使いに武力で勝てるのは、基本的に魔法戦士くらいのもの。

 天地程に離れた資質、厳然と立ちはだかる実力差。

 そんな現実を前にして、塵を積み上げて天を衝こうなどと考える酔狂者など、いなくて当たり前。

 けれど、いたから。現れたから。至ったから。

 神はその境地の先に、特別を許可した。

「…………奥義をそう簡単に習得されては叶わんのだがな」

 道場を借り切っていた。

 ヘケロメタンの者に借りた着物姿の幸助の前に、トウマが現れる。彼女は和装に袴姿。黒セーラー風の服装とはまた違った趣だが、女学生風の装いというのは共通しているのかもしれない。

「奥義か……流派とかあるのか?」

 納刀を済ませ、幸助は何気なく尋ねる。

水霧(みずきり)一刀流だ。控えめに言って、大陸最高峰の剣術だろうな」

 彼女はどこか自慢げに言う。

 これまでのやりとりで、幸助なりにトウマという人物が見えてきていた。

 彼女はとても、仲間が好きなのだ。

 大好きだから、シュカの言葉は重んじる。大好きだから、アキハの腕を我が事のように誇る。

 そして、みんなが大好きだからこそ――。

「謝罪ならしなくていいぞ」

 感覚を手放さないよう、再度集中しながら幸助は言う。

 斬る。

 刻まれたのは、四つの斬撃。

 視える線の増減は、自身が剣戟を放つ瞬間の『実現する可能性』に左右されるらしい。

 選択肢が一つしかなければ一つ、二つあれば二つ、三つあれば三つ……ということだ。

「……後は戦いの中で自然に出せるかどうかかな」

 ぼそりと呟いてから、思い出したようにトウマに視線を転じると、彼女は訝しげにこちらを見つめている。

「なんだよ。あ、それより暇なら竹刀とかでちょっと相手してくれないか」

「何故わたしが謝罪すると思った」

「他に用無いだろ。それに、他の奴らが来るよりお前の方が早いのはちょっと変だ。大方、話しておきたいことがあるとか言って来たんだろ」

 当たっていたのか、トウマは眉間にしわを寄せた。

「……シキ殿とカグヤ様はご多忙だ。他は……まぁ……貴方の言う通りだ」

 シュカも言っていたが、彼女は素直なのだ。

 初対面時の言動を、無礼と思い直し謝罪しに来たのだろう。

 少し面白くて、笑ってしまう。

「何故笑う」

「別に? 片付け手伝ってくれるか?」

「……まぁ、いいだろう」

 散らばった巻藁の残骸を二人で拾っていく。

 しばらく無言が続いたが、やがてぽつりと彼女は溢した。

「正直に言えば、わたしは……貴方が恐ろしかったのだ」

 それは、敵として恐怖を感じた、ということでは無い。

 彼女は仲間が大好きで、とても大事で、だから侵入者が単なる侵入者でなく、シュカ達の待ち望んでいた黒野幸助だと判明して、恐怖した。

「貴方が、みんなを……死地へと連れて行ってしまうと思った」

 千年前の戦士がどれだけ生存しているかは分からない。だが、ヘケロメタンから外へ出る者は、皆無と言えるまでに少ない。此処へ来る途中の光景も平和そのものだった。

 この国は、民にとって居心地のいいところなのだと思う。

 それを築いたのはカグヤ達だ。彼女が元首として認められていることからも、いまだに尊重されていることが窺える。

 だが、平和な国を築いた彼女達には生きる目的があった。

 全員で無いにしろ、終わる場所を求めて生きていた。

 永遠に黒野幸助を待つ人生。続く限りは平和を享受し、待ち人が来れば終わりへ(ひた)走る。

 どれだけ恐ろしかったろう。

 黒野幸助の登場とはすなわち、彼女達が全員失われるに等しい。

 それこそあの時までは、カグヤは死をこそ望んでいたのだから。

 さながら、父親を徴兵される幼子のような気持ちだったに違いない。

 大切な者が、帰ってくるかも分からない場所へ、誰かの為に行ってしまう。

 嫌だと思って当たり前だ。

 そのことには、早い段階で気付いていた。

 トウマは、トワへの敬意は怠らなかった。

 他の者からエルマーの話を何度も聞いていたのだろう。仲間の主、その妹は丁重に扱った。けれど、主と同質の存在だけを否定するのは? そう考えた時、気づいたのだ。

 幸助が怖いのではなく、幸助を認めることで起こる何かが怖いのだろう、と。

 だからこそ、あの時トウマは他の者と同じく幸助を認めてくれた。

 彼女の懸念が、払拭されたから。

「貴方は言ったな。千年前から生きる者達に、生きる場所を、与えると」

「あぁ、確かに口にした」

 それから彼女は一瞬目を伏せ、幸助に視線を合わせると、不器用に笑った。

「わたしの目的も、同じなんだ」

「あぁ、だと思ったよ」

 ニカッと微笑み返すと、彼女は目を丸くして、それから今度は自然に、小さく笑う。

「手伝ってもらっても、いいか?」

 先程の幸助を真似るように、彼女が言うので。

「もちろん、これ拾うの手伝ってもらったしな」

 と戯けるように肩を竦める。

 彼女は唇をむっと歪めたが、目許は柔らかく緩められていた。

「……試合がしたいのだったな。木刀でよければお相手するが?」

「あぁ、頼む」


「ちょーっとまったぁ! そこまでだよトウマ! クロ様のお相手は僕がしよう! 君の師匠である僕が務めようとも!」


 道場に駆け込んできたアキハが胸に手を当ててそんなことを言う。

「師匠……いつから……いえ、承知。わたしはこちら、片付けておきますので」

 トウマは僅かに困ったような顔をするも、弟子らしく素直に彼の言葉に従う。

「ふっふっふ。いくらクロ様と言えど、手加減は出来ませんよ?」

「いいね」

 風呂上がりということも気にせずに、二人は全力の試合を始めた。

 いつの間にか観戦者が増え、賭けにまで発展していたが、戦いに集中する二人にはそんな喧騒は届かず、その夜だけで何本もの木刀が折れてしまうこととなった。




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◇書籍版(GCノベルズより1~4巻)
◇書籍版特設サイト◇
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◇ライドコミックスより1~4巻◇
◇コミックライド作品ページ◇
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↓他連載作です。よろしければどうぞ↓ ◇朝のこない世界で兄妹が最強と太陽奪還を目指す話(オーバーラップ文庫にて書籍化予定)◇
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても
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◇勇者パーティを追い出された黒魔導士が魔王軍に入る話(GAノベルにて書籍化&コミカライズ)◇
難攻不落の魔王城へようこそ


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